近くて遠い存在 手を離してしまえばそれでお仕舞なのだと無意識に怯えていた 荒野の上に立つ君と 5 式を無事に終え、運よく同じクラスになった中学からの友人数人とツナは教室へと向かうべく廊下を歩いていた。 朝から雲雀と同じ学校に通うかと思うだけで胸がどきどきとしていたのだが、ようやく少し落ち着いてくれたようだった。 純粋に雲雀と一緒というのが楽しみというどきどきもあるのだが、大半は不安のどきどきだ。 とりあえず、奈々が楽しみにしていた入学式は無事に終えてくれホッとした。 「――あ」 ヤバイというような友人の声に思考を飛ばしていたツナは面を上げた。 軽い足取りでこちらへと真っ直ぐに向かってくる男の姿を視界に納めると、友人と同じような声を上げた。 新入生の、彼を知らない人間は皆、きょとんとした表情を浮かべていたが、在校生は一斉に口を瞑り、彼に道を開け、素早く互い互いの距離を置くと一目散に逃げた。 雲雀を通す為に道を開ける姿はモーセが海を開くような光景にも重なる。 いや、どちらかというと水戸黄門の印籠を持つご老公一行と庶民の方が表現として適切か。 …まぁ、どっちにしてもスゴイ光景だという事だ。 ツナも他に漏れず、怯えた表情を浮かべて友人と共にその場から逃げようとした。 雲雀をよく知るものから見ればそれは自然で当然な行動だ。 群れていて、逃げ遅れた場合は咬み殺されるだけなのだから。 しかし。 「綱吉」 その前に名指しで己の名を呼ばれた。 ざわりとした空気に周囲が騒いだのが分かった。 小声で運が悪い奴だという声やどんな関係なんだと伺うような声が聞こえた。 確かに、入ったばかりの新入生に対しあの雲雀が明らかに苗字ではなく名前で呼ぶ生徒がいればそれは正体が気になるというものだ。 ここは一刻も早くダメツナで逃げるべきだと判断し、にへらっと笑みを浮かべながら後退しようとするが、逃げるなんて許さないよ、と言う様に己のしかと目を縫いとめるように雲雀は綱吉を見つめた。 ずるい。 さっそく約束を破ってくれた事もだが、それ以上に。 その瞳がいつも彼がしているような獰猛な獣のようなものから少し緩み、嬉しそうなものへと変わっていて、そんな光景を見れば逃げるなんて難しい事をわかっていてやる彼を、表情には浮かべないものも内心で非難した。 周囲も、雲雀のその表情が決定打のように何事だといった衝撃を受けた表情になる。 かなりの震撼が走ったようだった。 分かってはいたが、彼はやはり彼のままで過ごしていたのだろう。 でなければこんな光景は生まれないはずだ。 さて、どちらで返事をするべきか。 己と雲雀との関係を知らない者がいないわけではない。 けれど、このような不特定多数の注目を浴びている中で呼んだ事はなかった。 春という始まりの季節、しかもツナは入学したてほやほや。 三年間注目を浴びること間違いなしだ。 ここで妥協すれば目立たぬようにという誓いが無駄になってしまう事を瞬時に悟って、妥当な案を選び取った。 無視はできないのだから。 「雲雀、さん…」 まだ互いに数歩ある距離でツナは立ち止まって、雲雀が寄ってくるのを待ちながら、ちょっと困ったように笑った。 少しだけ雲雀の表情が苛立たしげに曇ったのが分かった。 いつものように呼ばない自分に苛立っているのだろう。 けれど、これがツナにできる最大限の譲歩だ。 ――そう、最大限の… 雲雀の事が好きなツナだから、演技を辞める事はできないが、親しい仲である事がばれる事も、「恭ちゃん」と人前で親しげに呼ぶ事も本当は、もういいかと思っていた。 むしろ堂々と仲がいいのだとみんなに言い張れるのは自分が嬉しいぐらいだ。 雲雀は畏怖される存在ではあるが、同時に、憧れの対象として見られることもある。 風紀委員が良い例だ。 一緒にいられる時間が減って不満を抱いていたのはツナもで、彼らに嫉妬さえしていた。 俺の方が雲雀の事をよく知っているんだからねと宣言したいくらいに。 だから、あの日から雲雀以外に素の己なんて見せたことはない。 それこそ、これでもかというぐらいにダメツナを演じてきたけれど、そのダメツナを演じたままならば雲雀と親しげな姿を見られたって、その事で注目を浴びたって構わないじゃないかとそう考えていたのだ。 けれど、その考えは入学前に早くも棄却される事になった。 なんてことは無い。唯、己の立場を再確認しただけだ。 ボンゴレ十世になる立場であり、それ故に常に死の危険を隣り合わせだったという事を。 それ故に、己はかつて閉じ込められるようにあの鉄壁の守りを施された屋敷に住んでいた事を。 ――つまり、簡単にそうなった原因を説明すれば、狙われて殺されかけたのだ。 それも、明らかにイタリア系の殺し屋に。 雲雀と一緒にいるのを見かけられて、復讐の為にと一見弱そうな己を標的にしたなんていう落ちでは決して無い。 その時は危ないと超直感が告げてとっさに避け、序とばかりに容赦なく反撃し難なくやり返したが、この件で奇しくもツナが日本へと来る際に九代目へと言ったように、ぬるま湯につかって油断していた事を思い知らされたのだ。 冷水を浴びせられたような気分だった。 どんなに隠してもそれでもどこからか情報が漏れ出る事はある。 例えば、ザンザスの部下であるマーモンのような特殊能力を盛っていたら場所なんて簡単にばれてしまうのだから。 これまでも襲われた事がないわけではない。 けれど、短い期間で二度は初めてだった。 自分がこの場所から動かない事を悟ったのかどうなのか。 もしくは、期限が序所に迫ってきた事に向こうも焦りを感じてきたのだろうか。 どちらにしても、危ない状況になってきた事には変わりなかった。 油断していたのだろうか。 きっと、この生活が余りにも楽しすぎて、分かっていた事なのに、態と己の意識の外に置いていたのだ。 それは酷く危険な事だ。 きっと、他の人が今まで被害にあわなかったのは幸運だったからだ。 その幸運がこれから先も続くとは限らない ――だから、決めたのだ。 残された月日は長くて後六年。 もう少なくなってしまったその時間を慎重に過ごそうと。 己の油断が原因で誰かに被害が出たらきっと酷く後悔するだろうから。 その為にも、これ以上目立つ真似はできなかった。 小さく、雲雀にだけ聞こえるような声を刻む。 『後で会いに行く』 その台詞に、雲雀は不満そうに渋々と頷いたのを確認すると、ツナは何時ものにへらっとした表情に怯えを若干滲ませてその場を去った。 ごめん、と心の中で何度も謝罪しながら。 ――もう、忘れはしない。 本来の己の立場を。 あの荒涼とした血と硝煙の臭いがする力あるものだけが生き残れる世界、その世界の空に近い場所の天辺に位置するトコロに何れ孤高に立つ存在だという事を。 「…何があったの…?」 雲雀がツナに微かに感じた違和感。 綺麗に覆い隠したつもりでも、長年の付き合いが、雲雀の野生の勘が、そして何より好きという好意が彼の変化を感じ取っていた。 それは、厳密に言えば今回だけの事ではなく、そう、数週間前の桜の蕾が膨らんできたころだった。 初めは気のせいかもしれないと思った。 けれど、今回の対峙ではっきりと彼に何かあった事を確信した。 問い詰めても、彼は最後まで理由を口にはしないだろう。 近づいては遠のく漣のように、一番傍にいるのにも関わらず時折遠く感じる彼に雲雀は苛立ちを隠さず、己の癇に障る群れを咬み殺した。 next... <6> *****あとがき。***** こんにちは。五話目です。 入学式です。ツナさん側のお話です。 きっと雲雀さんの存在をしる人達はびくびくしながら式典に参加してたに違いない…!実際危なかったけれど…!!(笑) あ、ママンは不満がってそうだ。「せっかく同じ学校なんだからツッ君と恭弥君が一緒に並んだ写真撮りたかったわ」って。きっと自宅に帰ってから一緒に撮るに違いない。恭ちゃんもママンには甘そうだしね。 08.5.17 「月華の庭」みなみ朱木 |
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