その表情の意味を、見つめるその先にあるモノを知りたかった








荒野の上に立つ君と 4













雲雀が中学へと進学してから一年の月日が経過した。
そして、今は桜の季節。別れと旅立ちの季節だ。


「委員長、どうされました?」


窓越しから見える桜に目を細めた雲雀に草壁が声をかける。
どこか不思議そうな声音なのは雲雀が機嫌がいいからだろう。


「なんでもないよ。桜を見ていただけ」
「もう満開ですね」
「うん。宴会だって群れる草食動物が増殖するシーズンだ。お陰で忙しくて仕方が無い」


校庭に咲く桜は見頃を迎えていて、雲雀が占領する応接室からはその光景がよく見えるのだ。
書類整理のつかの間の休息の時を眺めて過ごすのがここ数日の雲雀の楽しみだった。
桜は好きだ。
幼い頃はそれほど好きだったわけではないが、彼との出会いを齎してくれたきっかけが桜の木だったから好きになったのだ。
――不思議なものだ。
雲雀にとってそれまで興味を惹くことと言えばこの並盛と強者と闘うことだけだったのに、そこに一つ増えただけで雲雀の世界は一変してしまった。
不本意なぐらいに。
沢田綱吉、彼の存在は出逢った時から雲雀の心を掻っ攫っていった。
不思議な存在だった、彼は。

蜜茶色の髪に光の加減によっては金にも見える琥珀色の瞳、舶来の血が混じっているというように、極めつけは白磁器のような白く滑らかな肌をしていた。
その唇は桜桃色に色づいていて、自分と変わらぬ年頃に見えるのに艶やかさを感じる。
そして何より、雲雀はツナのその表情に惹かれたのだ。
彼の足元に転がる数人の黒服の男、彼らを一瞬にして跪かせたその瞬間も雲雀はその目でしかと見ていた。
子供がうっすらと炎のような陽炎と重なった。
目の錯覚か幻かと思ったその瞬間、子供は彼らを倒していた。神速だ。
雲雀と互角か、もしくはそれ以上か。
大人相手でハンデがあるなんて微塵にも感じさせない程の圧倒的な強さなのは間違いない。
好戦的な雲雀の心をうずうずと掻き立てる。
冷ややかで、そして負ける事など知らないような強者の傲慢にも似た笑みを浮かべる様は酷く美しかった。
その時、目が会ったのだ。
大きく見開かれた目。動揺を隠せないままに、どうしてか互いに互いの視線から瞳を外す事ができなかった。
桜の花びらがざざざっと木々を揺らす強い風に飛ばされて、吹雪のようにひらりと舞う。
美しい、心を揺さぶるような光景なのに、雲雀は邪魔だと思ったのだ。
視界をほんの少しでも遮る事が、姿を、その瞳を隠す事が気に入らなかった。
それからは、どうしてこうなったのか今でも謎なのだが、闘おうと思っていたはずなのに何故か友人となっていて、今では幼馴染と言えるほどの長い付き合いだった。

けれど、雲雀にとって彼という存在は未だによく分からない生き物だ。
出合った時の状況が状況だったので彼の実力の一片を知ってはいるが、何故か彼はそのことを直隠しにするのだ。
しかも、生半可なものではなく、周囲に『ダメツナ』と面と向かって言われる程のダメっぷりを演じているのだ。
その対象は近所の人や学校関係者のみならず、親しい友人、更には彼の母親にまで隠しているようなのだ。
…まったく理解できない。
いくら雲雀が自身が規格はずれの生き物だとしても、それを踏まえて考えてみたって理解できないのだ。
恐らく、誰でもわからないだろう。
ダメな振りをする彼にダメだからという理由ではなく、自分を蔑むように演じるその事に苛々する。
とりわけ、彼の知人が彼を見下す視線を向ける時など我慢できなかった。
そもそも、そこまで興味を持つはずは無いのだけれど、きっとこれが彼ではない人間だったら強制的に辞めさせただろう。
けれど、己だけには見せてくれる表情に、態度に、特別を感じて、そして何より、彼の断固とした固い意思の前にして折れてしまったのだ。
結局、あの後もどうして隠しているのか聞き出すことはできなくて、時折懐かしむようにほんの少しだけ漏らしてくれる雲雀と出会う前の彼の過去の、その時に愛しげにけれど哀しく切なさに満ちた眼差しを伴うような彼の生活が要因なのだろうと、霧のようにぼんやりとしたことしかわからなかった。
それが酷く気に入らなかった。


「これが今日入学する生徒の名簿と要注意人物リストです」
「…そうか、騒がしいと思ったら今日だったね」


いつもは若干ずれるこの桜のシーズンも今年は桜の盛りで、大抵の人が想像する入学式の図に当てはまるようだ。
――危ないところだった。
もう少しで桜を観賞する際に視界に入る目障りな群れを狩にいくところだったが止めておいて正解だったようだ。
今日は雲雀が楽しみにしていた入学式当日なのだから。
小学校と中学校はそれほど離れた場所に建っているわけではないが、やはりこの差は大きく、以前より互いの時間がずれて前より気軽に会えなかったのが気に入らなかったのだ。
ようやく経った一年という歳月。この日を前々から楽しみにしていたのに、最近、人々が浮かれる春という事もあって雲雀が風紀委員の事で忙しくしていた為にうっかりと正確な日程を失念していたようだった。
確かに昨日の彼の母親が作った夕食は彼の好物ばかりが並んでいた気がする。
つまりはそのご馳走は中学進学の前祝だったという意味だろう。
彼女は普段から腕によりをかけた料理を振舞ってくれるので、微かに違和感を感じたのにも関わらず、然程重要な事でもないと思ってそのサインを見逃していた。
いくら忙しかったからといって、よりにもよって彼に関することで楽しみにしていた事を忘れるなんて酷い失態だ。
流石に入学式を邪魔すれば、後でツナに奈々をがっかりさせたと怒られる事間違いないし、それは雲雀にとっても本意ではないのだから。

ぱらぱらと名簿を捲って、ツナの履歴書までたどり着くと捲る手を止めた。
写真上の彼はふにゃりとした情けない顔をしている。
添えられた成績や素行なども底辺を這っていて、事情を知らない人が見れば、本当にこんなに何をやってもダメな奴はいるんだなと感嘆する程だった。
書かれている事を一瞥して、もうこの書類の束には興味がなくなったと言う様に閉じた。
ここに書かれている事は偽りだらけで、雲雀が知りたいと思う事なんて書かれていない。
僅かに含まれているだろう真実も、雲雀が知っているものばかりだ。
写真だって、もっといいものを何枚も持っていた。
故に、まったく役に立たない、というのが評価だ。


「何か気になる者でも?」
「ちょっと、ね」


本当はちょっとどころではなく、大分気になる人物なのだがそれをまだ草壁に告げる気は今はない。
満開の桜を眺めながら、式を終えた彼を迎えに行こうと決め、急ぎの書類にペンを走らせる。
事前に何度もツナに言われた「目立ちたくないから当分は知らない人の振りをして」なんていう願いは、結局のところ同じ校下の生徒達もこの並盛中学校多く入ってくるのだから意味はない行為だろうと判断して無視することに決めた。
そもそも、人に指図されるのは嫌いなのだ。
本当は校内ではツナは雲雀の傍に自ら寄ってくる事が少なかったので殆どの者が雲雀がツナと仲がいいと聞くと「どんな手間なんだ。バレたら咬み殺されるぜ?」と端から噂だと思われている為に意外と実害を被ったツナに近しい人間や過去にツナに因縁をつけて咬み殺された人間しかその事が本当なのだと思っていないかった。
ツナとしては、出切るものならこのまま噂で終わって、初志を忘れず目立つ事無くダメツナライフを!と燃えているのにも関わらず、その思惑は初っ端から挫かれる事になるのだった。














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*****あとがき。*****
こんにちは。四話目です。あぁ、なんで二人の会話がこんなにないのさ…!そう地団駄を踏みたくなります。うううっ。
小学生から中学生へ。原作開始より少し前ぐらいの彼らです。まぁ、原作設定関係ないですが一応。
隠そうとするツナ隠したくない雲雀。ツナさん、どうやら堂々といちゃつきたいらしいよ、雲雀さんは!

08.4.25 「月華の庭」みなみ朱木



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