安息の地 癒しの時 宝石のような日々を君と 荒野の上に立つ君と 3 夕暮れ時、美しい緋色をした太陽がゆっくりとその身を地平線の向こうへと姿を消そうとしていた。 カァカァと群れだって鳴きながら飛んでいくカラスの声も昼間耳にするより寂しさを感じるのは不思議だと思いながらツナはとてとてと学校からの帰り道を友人と歩いていた。 放課後、校庭で遊んでいたらすっかり遅くなってしまったようだ。 まもなく、夕焼けの空は漆黒の色を纏う。 まだ子供が帰らないというには不味い時間帯になろうとしている。 奈々が心配してしまうと思うと自然と早足になった。 真剣にツナが走ればものの数分で家へとたどり着けるのだが、こういう時ダメツナを演じていると不便だ。 途中で転ぶとか、つまずくとか、そういう動作が必要だなんて、なんて無駄な動きをする奴なんだと、己で設定した自分なのに憤慨したくなった。 もう日本へと来て五年もの月日が経過していた。 背負うというより背負われている観が正直拭えなかったランドセルも今では少し小さく見えるようになった。 母親以外の知っている者がいない地での生活は苦労も多いがそれ以上に楽しい事が多い。 今までは誰かに任せっきりにしていた事も奈々に手伝ってもらいながら少しずつ覚えた。 イタリア育ちのツナから見れば変わった風習を持つ日本独特のものも、未だ時折とんちんかんな勘違いからの行動をする事はあっても、今は大分慣れて楽しんでいる。 そして、友人も。 当初から望んでいた通りに、決して多い数ではないが友人ができた。 他愛の無い馬鹿みたいな、かつてのツナだったら気にも留めなかっただろう些細な事で共に喜び笑って、怒って、悲しんで、楽しんで…。 ツナが演じる、自分でもやりすぎなんじゃないの?と思う程にダメダメな己にも呆れずに手を差し伸べ一緒に居てくれる優しい友人達だ。 ――そして、一番大切な幼馴染とも言える存在もできた。 「綱吉」 「あ、恭ちゃん!」 背後から己の名を呼ぶ、聞き覚えのある声にツナは満面の笑みを湛えて振り返った。 淡々とした、子供にしては落ち着きのありすぎる、美しい声だ。 けれど、殆どの者にとっては何時ものように不機嫌そうなものにしか聞こえないらしい声でもある。 本当は、ツナの名を呼ぶその声音は、判る人には判る程に優しいものであるのだが他人には判らないらしい。 …己だけが知っていればそれでいいのだけれど。 黄昏時の眩しい緋色の光を背に彼は道の真ん中に立っていた。 日本人より尚も日本人らしい闇色の色彩を纏った彼は、ツナが日本に来たばかりの頃に桜の木の下で出逢った時と同じ漆黒色の服に身を纏っていて、そこに緋色の光が当たってほんのりと淡く茜色に染まる姿はやはりその声と同様に美しかった。眼福だ。 そんな雲雀に大きな黒いランドセルを揺らしながら、ツナは彼の元へと友人の存在をけろりと忘れて駆け寄った。 友人達は雲雀の登場にびくりと過剰に反応した後、雲雀にぎろりと睨まれて慌てて「またな!」と叫びながら走って帰っていってしまった。 なんというか、相変わらずすごい反応だなと思わずにはいられない。 そう、確か日本の諺に上手い表現があったはずだ。ええっと、なんと言ったか…。 「…ヒツジの子をちらす…?」 「違う。それを言うなら蜂の子だろ。――綱吉、君、判っていてワザと言ってるね?」 何を言っているのかわからないというように体を装い、ちょこんと小首を傾げるツナに雲雀の秀麗な表情が僅かに歪む。 事情を知らなければ純粋に可愛いと思えるようなそれは、しかし長年一緒に過ごしてきた雲雀には通じなかった。 否、可愛いなとは思ってはいるようなのだが、騙されてくれないのだ。 もちろん、ツナが雲雀相手に自分を偽るなど、出会った当初から失敗しているので意味などないのだけれど。 相変わらず冗談の通じない人だ。 第一、雲雀の場合、蜘蛛よりも羊の方が適切な表現だろう。 何しろ、草食動物と肉食動物。駆られる者の立場から逃れられない彼等は牙の鋭い生き物から殺されるように脱兎というように逃げるしかないのだから。 「通じなくて結構だよ。大体、笑えやしない冗談じゃないか。…何度も僕の前ではダメツナなんて呼ばれてる草食動物の振りはするなって言ってるだろう?それに、僕の前で群れてる方が悪いんだ。咬み殺されたって仕方が無い」 物騒だ。 ――そして、なんという自己中心的な考え方だろうか。 雲雀らしいと言えば大変雲雀らしいのだが。 時折、遠く離れた地に住む従兄弟を思い出す。自分を可愛がってくれた彼は元気だろうか。 彼も九代目と同じく、ツナが日本へと旅立ってから連絡を一度取ってきたのだが、ツナが冷ややかに「これ以上邪魔するなら嫌いになる」という一言に未だ大人しくしているようで、今はどうしているのか知らない。 けれど、強くしぶとい彼の事だ。元気にしているだろう。 「――綱吉」 「ん?なぁに、恭ちゃん?」 「…いくら君だっていい加減にしないと咬み殺すよ」 何かが彼の気に障ったのか一層機嫌を悪くした雲雀にツナはこの態度以外に何かあっただろうかと思いながらも、これ以上は不味いと判断してゴメンと謝った。 そして、そっと雲雀の手を取り、ぎゅっと握って、行こう?と問いかければ、常の雲雀の状態(むしろそれより機嫌がよさそうだ)に戻ったことにホッとする。 握り返された手はツナより大きくて、ひんやりと己よりも体温の低い為に心地よい冷たさなのに、それと反して心は満たされたように暖かく感じた。 手が空かないというのは酷く危険な事だ。 それが利き手ならば尚更。 いつだって、危険と隣り合わせだったツナにとってはそれは常識で、襲われても大丈夫なように、何かが起きても対処できるように、いつだって直ぐに戦闘態勢を取れるようにしていた。 けれど、ツナは雲雀とならばそれも厭わなかった。 安心して一緒にいられるのだ。 彼ならば、己に危害を加えない、窮地の時は助けてくれるのだと信じている。 「恭ちゃん」 「何?」 「――なんでもない。ただ…ただ、確認したかっただけ」 満たされるような温もりだからこそ、余計に不安になる事がある。 だから時折、どうしようもなく確認したくなるのだ。 今、この時をあの豪奢な檻の中で見ている夢ではないのだと。 この夕闇時のように、昼と夜の狭間、刹那と呼ぶに相応しい僅かな時間でしかないのだけれど、決して夢ではなく確かに自分はこの場所、この時、彼の傍に居るのだと。 「相変わらず変な子だね」 「あ、酷い!第一、相変わらずってなんなのさ?失礼だ。恭ちゃんだけには言われたくない」 「君の方がよっぽど失礼だ。…あぁ、言いたいのはそういう意味じゃなくて…。この群れる事なんて大嫌いな僕が綱吉のこうして隣にいる。これからだってそれは変わらない。それなのに何の確認が必要だと言うの。それとも、僕が信じられない?」 その雲雀の言葉にツナは家路へと向かっていた足を止めた。 この感情をどう言い表せばいいのだろうか。 嬉しいのに哀しかった。 酷く泣きたいような気持ちで心は満たされる。 五年もの月日。 その決して短くは無い時間を一緒に過ごしてきた。 彼の人となりを知るには十分だった。 だからこそ、彼が嘘を言わない人だと知っている。わかっている。 そして、ツナは雲雀の事を信じている。 ――けれど、もう五年も経過したのだ。 殺される事なく済めば、まだ先は長い人生の中の五年と単純に考えれば短い期間ではあるが、しかし期限付きだと考えれば変わってくる。 大学まで日本で終了させる事はさすがの九代目も許しはできないだろう。 だから、期限は約十八歳まで。 今、十一歳であるツナにはもう七年程しか残っていない。 こうしていられるのももう長くはない。 それは覆ることのない事実。 でも、未だその事をツナは雲雀に言えなかった。 これからも、と永遠を口にする雲雀に、それは叶うことのない事だなんて。 「――ううん。信じてるよ」 夕日が地平線の向こうへと姿を消した。 空を茜色に染めているのはその光の残滓で、それもまもなく消え、夜の帳が下ろされるだろう。 大空と称される己の属性と皮肉にも似ている事に思わず内心では苦笑せざるにえなかった。 その感情を悟られないように、隠すように、更に雲雀を握る手に力を入れる。 「帰ろう。奈々が夕食を作って待ってる」 「うん」 出来ることなんて少ない。 今はただ、この期限付きの時を愛しむように過ごすだけだ。 この空のように夜が訪れ、決して綺麗ではないマフィアという世界に身を落としても、いつだって思い出す度にきらきらと光り輝く宝石のような想い出となるように。 next... <4> *****あとがき。***** こんにちは。三話目です。お、遅くなってすみません…! ようやく雲雀さんが出てきてくれました小学生編。恭ちゃんか、きょーちゃんか、ツナかツナヨシか、綱吉かですごい葛藤がありましたがこんな感じで! ちなみに、この雲雀さんはわざわざツナのお迎えに来たんですね、遅いよって。むふv 08.4.06 「月華の庭」みなみ朱木 |
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