目的の為ならなんだって受け入れる事ができた








荒野の上に立つ君と 2













ツナは生まれも国籍も日本だ。
けれど、これまでの育ちはほとんどイタリアだと言っていい。
日本と言えばおぼろげに記憶している家と母親と会話をする為に覚えた日本語、そしてテレビで時折垣間見る風景ぐらいだ。
突然の祖父のような人からの日本行きに戸惑いと不安を覚えたが、しかし、よくよく考えれば然程不安を覚える必要もないことがわかった。
確かに、日本のことはよく知らない。
けれど、己はイタリアの事だってよく知りはしないのだ、何を不安がるというのだ。
大きな、けれど小さな世界に押し込まれたツナにとって、屋敷の外は等しく異世界のようなものなのだから。
大きく変わるのは使用言語がイタリア語から日本語へという事と、己の傍にいてくれる人の存在ぐらいだ。
決して屋敷の使用人達やおじい様、ザンザスお兄ちゃんやスクアーロ達が嫌いなわけではないけれど、それでも、母親と暮らせるというのはとても魅力的だった。
――それに、自由に己が意思で外を歩けることも。
だから、あっさりと文句もなく、抵抗することもなく、うしろウキウキと荷物を纏めて別れの挨拶も「ま、永遠のお別れじゃないんだし、いいよね?」とろくにせぬままにツナは長年暮らした屋敷を後にしたのだった。
九代目と従兄弟の己を呼び止める声に気にも留めずに。





初めて、ではないが、感覚として初めて己自身の身体で日本を強く感じとった時の四季は春だった。
大地は甘やかな香りに満ち、パステルカラーに染まっている。
それを美しい、と感じたのは己に流れる日本人の血がそうさせたのだろうか、それとも、純粋にこれが誰の目から見ても美しい光景だからだろうか。
否、単純に、己に与えられた自由の翼が見るもの全てを新鮮に、そしてより美しくみせているのだろう。
どう脚色して己に見せようが、春が過ぎれば夏の新緑が、そして秋には紅蓮の野山、冬には真っ白に世界は染まるという四季豊かなこの国で過ごせる事が単純にとても嬉しいのだから構わなかった。

「ツッ君、おかえりなさい」
「うん、ただいま」

一児の母親とは思えない童顔っぷりをみせるいつまでも若々しい母親である奈々がトントンとリズミカルに包丁でまな板を叩く音を響かせながらツナの名を呼ぶ。
母親の声と近所を行き交う人々の喧騒の音、微かに香る夕食の香り。
かつてしていたような豪勢で贅沢な暮らしぶりではないが、これを普通の幸せな家庭だというのだろう。
悔いや未練などなく、むしろ幸せだった。

「今日はどこへ行ってきたの?」
「公園だよ。さくらがキレイだったの」
「そう、よかったわね。そうだわ、今度、お弁当を持ってお花見に行きましょう!」
「ほんとう?やったぁ!!」

にこにこと笑みを絶やさない母親は実はツナがイタリアでどう育っていたかをよくは知らない。
時折イタリアで会えるような時も、奈々の身の安全の為に別の小さな屋敷で行われていたし、周囲もボンゴレがどういったものかなど奈々には一切言わない。
その時はツナもその年齢に相応しい対応で接していた為に普通の子供となんら変わらない(むしろまだまだ甘えたがりの子供)と思っているのだ。
ちなみに、奈々は未だにボンゴレを父親の親戚であり、自分には分からないがツナを日本で育てるには色々と体に問題があるらしいと家光に言われ、そうなのかと納得してツナをボンゴレの元に預けたのだと思っていたりする。
…正直、己の生んだ子供に関してここまで大らかなのもどうかと思うが、それが母の魅力の一つであり、また彼女の己に対する愛情は嘘偽りないものだと知っているので、ツナとしては文句は言えなかった。

「夏はプールに行こうね。…それとも、海かしら?川もいいわね。秋は、山へ行きましょう。紅葉がとても綺麗よ。あぁ、そしたらツッ君の誕生日ね。初めて日本で一緒にお祝いするんだから、いっぱいご馳走を用意しなくっちゃね。もちろん、大きなケーキも。冬は雪が降ったら一緒に雪だるまをつくりましょうか。パパぐらい大きな雪だるまをつくって写真を撮って帰ってきた時にみせてあげましょう?」
「やることいっぱいだね」
「そうね。お母さん、ツッ君とやりたいこといっぱいあったのにできなかったもの。今までできなかった分、これからいっぱいやるのよ!」
「うん!」

愛情深い母親の姿に、ツナの顔に作りものではない笑顔が自然と浮かんだ。
本人であるツナにはわかっていないが、他の者から見れば花のような美しいその笑顔は人攫いにあいそうなぐらい性別や年齢という垣根を越えて他者を魅了する力があり、大変に可愛らしかった。
しかし、その笑みも直ぐに引っ込み、先ほどの笑みは錯覚かと思わせるほどに見慣れた子供らしいにこにことした笑顔へと変わった。
母親が知る、ツナらしい笑顔へと。
本当は、これは本来のツナらしい笑みではない。
彼女に対する態度すらも、本来のツナを知るものから見れば、何を企んでいるんだと訝しむほどに普通の子供と何ら変わらぬしおらしいものだ。
――彼女に対して嘘偽りない態度で接した方が本当はいいのだろう。
きっと彼女ならばツナを奇異の目で見ない、拒まない、それこそなんら普通の子供と変わる事無く接してくれるだろう。
しかし、ツナは己が一般という枠から外れているという事をその年齢にしてよく理解していたし、何より、いずれ訪れる襲名の日の事を考えても絶対に彼女を己の危険極まりない人生に巻き込みたくなどなかった。
いつかの日は、父親を己の変わりに日本へと返して、母親を己たちの業から遠ざけるように守ってもらうつもりだった。
父親が己の職業に対するとんでもない嘘八百を奈々へと吹き込んだ気持ちが今はよく分かる。
愛しているからこそ、例え一時であっても、それが杞憂であっても、彼女の満面の笑みを曇らせることなどしたくないのだ。
そうさせない為ならば、性格の一つや二つ、いくらだって偽ってみせる。

「そういえばツッ君。どうしてお母さんの事、ママンって呼ばないの?確かイタリアではお母さんはママンって呼ぶのよね?」
「そうだけど、ツナ、もう日本に帰ってきたんだもん。学校もこっちなの。だから、ママンじゃなくて、お母さんでしょ?」
「そうね。…でも、ママンて呼ばれるのもなんだかステキだから、時々はお母さんの事そう呼んでみてね?」
「はーい」

それは同時に己の心も傷つけるような行為ではあるが、ツナは一向に構わなかった。
どの道、いつかくる日まで本来の己の姿は隠さねばならないのだから。
年齢から考えれば倍ほどあるこの長いようで、けれどあっという間に過ぎてしまうだろうモラトリアムを、いつか再びくる別れまで、彼女にとってまだまだ手のかかる、けれど駄目なところも愛しい子供であろうと思う。

「ツッ君、こっちで早くお友達ができるといいわね」
「うん」

それに、己という人間を別の人間のように演出させるという以外、ツナはツナであって他の誰かになるわけでもなく、また本質が変わるわけではない。
多少性格が違うというぐらいだ。
たったそれだけの違いだけで期限付きではあるけれど、望むままに生きられるのだ。
これまで友人を作ることも儘ならなかったツナではあるが、好きなだけ友人を作ることができる。
嫌な思考は止めて、今はこの時を謳歌しようとツナはこれから体験するだろう様々な愉しげな行事に思いを馳せた。
とりあえずは、桜の美しい内に花見だろう。
そして、




「君、誰?」
「キミこそだれ?」



淡い臼紅色に色づいた桜並木の下でツナは彼と出会った。
ツナがそれまでに目にしたどんな日本人よりも美しい漆黒の烏の濡れ羽色をした、冷たい白皙の美貌を持つ子供。
それは喪を表す不吉な色のようにも見えるが、けれど、ツナの心を魅せるように囚える桜よりも目を挽きつけられずにはいられない存在だった。
美しいものは、好きだ。
けれど、美しいものは見慣れているツナの心を惹くそれ以上の何かを感じていた。
ツナだけではなく、彼もだろう。
互いに、舞うように散りゆく美しい桜の花びらさえも視界を遮る邪魔だというように、ツナは奈々に、彼は彼の家の者に声をかけられるまでじっと見つめあっていた。
それが日本で最初にできたツナにとって大切な存在との出会いと始まりであり、互いにとって忘れる事のできない美しい春の出来事だった。












next... <3>










*****あとがき。*****
こんにちは。予定より遅くなったけれどなんとか続いてくれた二話目です。ほっ。)
日本編、はじまりはじまりーという感じですが、あまり始まってません。…えへ?(殴)
うーん、でも欠片でもあの方が出てきてくれたので頑張れそうです。次回。負けない、私!!
とりあえず、下準備は大体おわったぜーという感じなので頑張って進めたいです。ふぁいとー

08.2.23 「月華の庭」みなみ朱木



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