青空の下で君はきれいな笑みを浮かべた









荒野の上に立つ君と













「綱吉」
「なぁに、おじい様?」


柔らかな己の名を呼ぶ老人の声を聞き、綱吉ことツナはそれまで広げていた本のページ数をちらりと確認して記憶するとぱたりと音を立てて本を閉じ、彼の元へと駆け寄った。
本の内容はとても興味深いもので一気に読んでしまいたかったという多少の未練があったが仕方がない。
彼はこの屋敷では絶対の君臨者だ。
まだ幼いツナに抵抗する力などないに等しい…というわけではないが、適度に機嫌を取っておくことも必要なのも確かで、大人しくその声に従った。
とてとてと駆け寄ったツナにロマンスグレーの髪をした全体的に温厚そうで上品な空気を漂わせる老人はにこにこと柔和な笑みを零しながら、ツナの柔らかな鳶色の髪を撫でる。
主にツナに対しては始終こんな感じの(むしろ、にこにこというよりにまにまという表現が正しいのかもしれない)笑みを浮かべる老人を初めて見る人は彼がイタリアン・マフィアの大御所であるドン・ボンゴレである事など気づきはしないだろう。
もし、彼を知っている人物がそれを見ても一瞬己の目を疑うかもしれない。
しかし、彼にとって幸いだったことに、今はボディーガードも控えておりその顔を誰かに目撃されることはなく、威厳は何とか保たれていた。


「読書中だったのかい?それは悪かったね。そんなに何を熱心に読んでたんだい?」
「毒殺のススメ!すっごく為になって面白いの!!」


きらきらと琥珀色の瞳を輝かせるツナに老人――九代目のドン・ボンゴレはこれまた常の彼らしくなくひくりと顔を引き攣らせた。
まだ綱吉は6つ程の子供だ。
そんなまだ幼い子供の読む内容でもないし、ましてやそれを理解し、面白いと評価するとは驚愕を通り越して恐ろしいものがある。
しかも、その瞳の輝かせ方からするに放っておけばその内にその本に書かれた内容の事を実行しそうだ。
何しろ、以前にツナは経済の本を読んでいたかと思えば、いつの間にかお小遣いで株を購入していた。
知識として収めるだけでなく実践してこそ身になるかららしい。
まだ、それで済めば神童だという感想で終わったかもしれないが、最終的に株価操作までやってのけたのだ、この子は。
いくつかのボンゴレの敵対ファミリーと懇意にしている会社が潰れたが、その件に関してはツナが上手いことやってのけ、証拠も残らなかったという事と、そこまでやってのけて満足したらしく関心が別の事に移ったことで真実は闇の中へと葬られたのだった。


「…綱吉、ちょっと聞きたいんだがそれをどこで手に入れたんだい?」
「んと、この前ザンザスのお兄ちゃんが役立つから読むといいってくれたの」
「…ザンザスか。ほほう、そうかそうか。それはまた…、あの子がしそうなことだね」


鋭く不穏な笑みを一瞬だけ九代目は浮かべたが、直ぐにそれを引っ込め、好々爺のような表情をツナに向けた。
無粋な感情でツナとの時間を無駄にしたくなかったのだ。
彼にとってツナは直接の孫ではないが、本当の孫以上に可愛い存在だった。
そして、誰よりも濃く、血に流れる力を継承した人物でもある。
だから、日本人でありながらも安全にその身を守れるよう、彼の地より遠く離れたこの国、己の監視下にあるこのイタリアの地で暖かく見守っていたのだ。


「おじい様、ツナに何のご用なの?」
「あぁ、そうだった。…ツナにプレゼントを贈ろうと思ってね」
「なぁに?」


プレゼントそれ自体は珍しい事ではない。
ツナを目に入れても痛くないというほど可愛がる九代目は頻繁に服や宝飾、食べ物、様々な物を「気に入るだろうと思ったから」「似合うと思ったから」といった理由だけで買っては与えるのだ。
おかげでツナの部屋は彼の贈り物で埋め尽くされていて時折ウンザリするのだが、しかし、彼のセンスの良さはツナを満足させてくれる事が多く、何だろうかと期待に胸をときめかせた。
ただ、彼の静かな口調と凪ぎのような気配が同時にツナを不安にさせた。
嫌な予感と言えばそうかもしれない。
けれど、そうとははっきりと言い切れないような気持ちに襲われる。
そう、一番近い表現としては何か新たに始める時の不安や期待が入り乱れた気持ちに近いかもしれない。
そんな気持ちに事に気づいたのか
九代目はそれまで腰掛けていた椅子から降り、ツナの前へと膝を折って視線の高さを合わしながらまるで宥めるように愛しげにツナの頭を撫で、柔らかな頬と己の頬とを刷り合わせ、最後に体をぎゅっと抱きしめた。


「おじい様?」
「――ツナ、私はお前とお別れするのは辛いよ。お前の成長を近くで見守るのがこの年寄りの唯一の楽しみといっても過言ではなかったのに」
「お別れ…?」


予想外の言葉に事態が把握できずツナは抱きしめられたまま大きな琥珀色の双眸が収まる瞼をぱちぱちと数度瞬きをした。
どこかへしばらく出掛けるから、という別れという意味ではなさそうだった。
つまり、この言葉が意味する事は己自身がこの屋敷を出てどこかへと行く事を意味している。
どこへ行けというのか?
――ツナがこれまで生きていた世界はとても狭いものだったというのに。
生まれて直ぐは日本に住んでいたらしいが、その記憶など殆ど無いに等しい。
己に超直感が備わっていると判明して直ぐにイタリアのボンゴレの屋敷へと一人連れられて、以来ずっとこの屋敷からほぼ出ることなく過ごしている。
敷地外へと出る事など年に片手ほどで、しかもその際には大勢の腕の立つボディーガードに囲まれての移動を必要とされる。
広い屋敷に広大な敷地、大勢の使用人達、贅沢な暮らしは不便さを感じさせないが時折息が詰まる。
ツナにとって自分は鳥かごの中の鳥のような存在だった。
箱庭のようなこの小さな世界と、外部媒体装置から得る世界しか知らない、知ることができない。
けれど、それが己の命を保障する一番よい方法だという事を知っているからこそ、その状況を大人しく受け入れていた。
いくらツナが同年代の子供達より数段強く、それどころかある程度のレベルならば大人でも簡単に倒す事ができるという脅威の子供だとしてもさすがに集団や手誰に襲い掛かられては対処仕様がないし、息苦しいと感じるだけで、それ以外にこの生活に然程不満など無いのだから。
もう直ぐ始まる小学教育も既に前倒しで家庭教師から教育を受けており、知識と理解力は並の大人以上であるという太鼓判を貰っているぐらいで問題はない。
…それに、ずっとこのままでいるわけではない。
いつか成長し、己一人で敵を薙ぎ払える力を十分に身につけた時、ツナは九代目の跡を継ぎ、このファミリーを背負う事になるだろうと、そう思っていた。
なのに、どうして?見切りをつけられたのだろうか?己は必要ないと。傍に置く価値もないのだと。


「あぁ、私の可愛いツナ。それは誤解だよ。最初に言っただろう、ツナへのプレゼントだと」


今度は予感によるものではなく、本当に困惑と不安、悲しみに満ちた表情を和らげるように九代目は優しくツナへ言い聞かせた。
こんなツナの表情を見るのは久しくなかっただけに、まるで屋敷に来た当初を思い出すようで九代目の胸を酷く痛ませる。
ツナは九代目が予想していた以上に可愛く、そして聡い子供だった。
連れられてきた当初は始終泣いていたというのに、いつの間にか涙を見せなくなり、大人びた表情を垣間見せるようになった。
いくら命を狙われるかもしれないとは言え、平穏に満ちた日本という幼い子供を生まれ育った国から、そしてまだ母親恋しい時期でもあるのに彼女から引き離し、ある意味どころか実の意味で最悪に子供の教育環境としては向かないどころではないマフィアの屋敷でツナを育てる事になってしまった事に己が決定したとはいえ、心を痛めていたのだ。
だから、安心したのだ、笑えるようになり、楽しげに過ごすツナの姿を見て。
…けれど、少しも子供らしくなく、無意識にだろうか急くように大人になろうとする彼に気づいた時に九代目は彼を手放す事を決断した。


「ツナは日本へ帰れるんだよ」
「…日本に?」
「そう、お前の生まれた国だ。奈々がもう準備万全でお前の帰りを待っているそうだよ」
「お母さんが…?」


一瞬、ツナは嬉しそうな表情を浮かべるが、しかし、それでも不安や戸惑いが消えないのだというように表情を直ぐに曇らせた。
無理も無い、と九代目は思う。
そして、なんて勝手なのだろうと。
彼を無理に連れてきたのは己たちで、遊びたい盛りの子供をこの屋敷から殆ど出すことなく何年も過ごさせた上で急に手放すなどと。
まだ幼い身であるが故の彼のまだ短い人生の殆どがこの屋敷の中で終えているのだというのに。
何か彼自身に至らなかった点があるのかと疑われても仕方が無いし、そして急に開放されてもどうすればいいのか分からないだろう


「決して、お前を見放したわけではないんだよ。今も、そしてこれからもお前は私の可愛い家族であり、将来が楽しみな後継者だ。…けれど、お前に後何年もこの屋敷でじっとしてろというのはあまりにも不憫だ。だから、ツナ、――日本へ行きなさい」
「お母さんに会えるも、一緒に暮らせるのも嬉しいの。なかなか会えないんだもの。でも、いくら日本が平和ボケしてるって有名でも、ツナがお外に出る事は…」
「平和ボケかね。まぁ、そうかもしれないが、それでも彼の国が世界的にも安全な国に部類されるのは本当のことなのは間違いないよ。それに、危険はマフィアじゃなくても誰でもいつだってどこでだって付き物だよ、ツナ。それに、お前はここ何年とほぼ外出することなくここで過ごしていて、信頼できる少数の者とこの屋敷の者とお前の存在は知られていないのだし、ボンゴレとの関わりが知らせるような危険なものは全て綺麗に抹消済みだよ。何かバレるような事をしでかさなければツナが何者かなどと悟れる者などいないだろう」
「…でも」
「それに…」
「それに?」
「私は私の超直感とツナの超直感を信じてるんだよ。その感がツナを日本へ行かせるべきだと告げているのだよ。…人生は一度きりだ。ツナが子供の時ぐらい子供らしくのびのびと暮らしてみることも必要だろう。跡を継げば嫌でも今の私のように、そしてお前のように自由に過ごすことなどできないのだから。思うが侭に子供の時を過ごし、そして、いつか然るべき時が来たときにここへ帰ってきなさい。ツナ、お前は私の言葉や感を信じられないかい?」
「おじい様…。ううん、ツナはおじい様の直感を信じてるの…」


既にその為の手配は万全に整えてある。
ツナの母である奈々も日本でもっとも安全だろうと九代目が判断した並盛という町へと引越し、ボンゴレとの繋がりなど少しも想像させないようにしてある。
平穏な町で取り立てて目立つことなく過ごせば平凡な人生を送る人々のように問題なくすごせるはずだ。
もしも、その身体にボンゴレの血が流れず覚醒しなかった時送る予定だったはずの時間を。


「この時間をどう過ごすかはお前次第だよ。――これが、私からツナへの贈り物。気に入ってくれたかい?」
「…うん。ありがとう、おじい様。大好き!」


子供の成長はあっという間だ。
日本はイタリアから遠く容易に会うことは適わない上、会う機会をつくるという事はツナに関する情報の流出にも繋がりかねない為にそんな危険は彼の為にも起こせない。
己ができる事は彼の成長の報告を届く事を楽しみにするという事と、そしてそっと裏から誰にも気づかれぬように手を貸してあげるだけだ。
けれど、彼はここへ必ず帰ってくるだろう。
――だから、久方ぶりに目にするツナの子供らしい無邪気な満面の笑みに九代目は、これでよかったのだと、愛しい子供と離れがたくこのまま閉じ込めて己の手で守っていきたいという気持ちを押さえ慰めながら、愛しげに笑みを返したのだった。







――この別れが永遠の別れになることなど誰も夢にも思わなかった












next... <2>










*****あとがき。*****
こんにちは。オンでは初めての復活小説。長編の予定です。…予定です(笑)
思いつきでなんとなくで書き始めたので未来が見えません。ははは(蒼白)
今回は序章の過去イタリア編。次回は日本編開始です。
ちまツナとおじいさま。なんか書いていて癒されました。決して九代目×十代目なCPの話ではないのであしからず(笑)相手(予定)が次回登場してくれるといいなー。なー。

08.2.2 「月華の庭」みなみ朱木



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送