花は眠りて








 逸れてしまった思考と落ち込んでしまった気分を入れ替えるように、いのは香りから意図的に意識を離した。そして意識を目の前のナルトへと集中させ、もうあと一歩で触れられそうなぐらいにまで近づいたが、しかし、そこで不用意に触れることはしなかった。

 これが家族やただの友人ならばこんな気遣いをいのは見せない。ナルトだから、だ。
でなければ気遣いなど無縁とばかりに効率のみを考えて容赦なく耳元で大きな声を上げて叩き起こすか、外からの強い刺激を与えていただろう。
そこには深い愛情があるはもちろんの事だが、しかし、それ以外にも理由はあった。

 ナルトに近づくには一定の事項を守らなければならなかった。
そういったものがあるといのが知ってからどれほど時間が経過したのだろうか。
存在を受け入れられても直ぐに教えられなかったその事項は、実は忍として成長すればするほど必要となるものだった。
それを初めて知った時はそんな大切な事を知らされていなかったという苛立ちと、けれども今は認められたのだと嬉しい気分にもなったが、同時に、教えられた相手がシカマルで、至極面倒くさそうに説明されたのには酷く腹が立って複雑極まりないものだった。

 ともかく、守らなければいけないのは、彼の傍に不用意に近づかないということだ。
不用意、というのはナルトがこちらの存在に気づかない時に気配を消さない。触らないというものだ。
それを守らなければ命を落としても文句は言えない。
無意識の、反射のようなもので攻撃してしまうらしいのだ。

 といっても、彼がこちらの存在に気づかないという事は滅多にない。
ナルトは人の気配にとても敏感で、大抵すぐに気づいてしまうからだ。
ただ、嫌味な事にシカマルに言わせれば、「お前はまだ修行が足りないから気を使う面倒がなくていいな」だそうだ。

 …思い出すだけで腸が煮えくりかえり、叩きのめしてやりたい気分になるのだが、これまた残念な事にそれができない実力差があるのも、実際に彼がいのとは違ってそこに気遣っているのも事実だ。
というか、暗部に入れるまでに成長したいのでこうなのならば、対象はどれほど限定されるのか。
シカマルが《黒月》の名で築き上げた地位は《蒼輝》――里の最強の名――の傍らに立つことを許された次点なのだから。

 お陰で今は拳を握ってリベンジを誓い、腕を磨く日々である。
元よりいのにとって高い目標はやる気を削がれるどころか誘発させてくれるありがたい存在である。
そこにナルトが関われば尚更だ。話がそれてしまったが、つまりは、いのが用心する時があるとすれば、こうして寝ている時ぐらいなものだろう。



「…ナルト…?」



 初めて見る眠った姿だった。
いつもならば寝ていてもこの場所に踏み入れた時点で身を起こしているはずだ。だからそれは、彼が何時も以上に深い眠りに陥っていることを示していた。

 そして、想像以上に美しい光景だった。
生気を感じさせる、こちらを惹きこむような深い蒼の瞳が今は伏せられているせいか、彼の精巧な容姿は無機質な美しい人形のように見せる。
もちろん、嫣然と微笑む彼の方がいのにとっては魅力的ではあるが、これを美しいと思うのとはそれはまた別の話だ。
これを美しい光景だと思えないのならば一度医者に行って目を見てもらうべきだろう。――そういう光景だった。

 初めて垣間見た寝顔と、その美しい様に起こすのは酷く忍びなくて躊躇われたが、けれどもそうは言っていられないのが現状だった。
告げられた刻限まで時間はない。
一瞬だけ躊躇ったが、心を決めると、いのは不快さを与えないように、囁くようにナルトの名前を呼んだ。

 普段出す声よりも、少し高く、柔らかなものになったのは特に意識したものではないが、恋心の成せる技だろう。
好きな人にはいつだって最高の自分を見てほしいものだ。
うげっと嫌そうに顔を歪ませたシカマルが視界の隅をちらついたが綺麗に黙殺した。
いつもならば言い争いになっているところだが、今はそんなのに構っている場合ではなかった。
いのの声に反応し、ううん、と唸るような声を零しながら体を更に丸めたナルトの姿はまるで陽だまりでまるまる猫のようで愛らしかった。

 どんな夢を見ているのだろうか?
一度目の声かけでは起きなかった事に珍しいと驚愕しながら気になった。
格好だけをみれば穏やかで幸せそうな光景。
それなのに、その浮かべた表情は硬かった。
安らかとは無縁のそれが、ナルトを人形めいてみせるのだと気づいた。








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