神でもなく、聖者でもなく

ただひとり、愛しい人の為に…





Amazing Grace









「うー…寒っ!」
皮膚を刺すような寒さの中、コートのポケットに手を突っ込んで歩く。
凍りつくような空は灰色で、重苦しささえ感じてしまう。
視界に入る自分の吐いた息の白さが、余計に寒さを倍増させていた。

いつもなら絶対出かけるものかと家に竦んでいるような日だけど。
今日ばかりはそうはいかない。
クリスマスイヴ、しかも恋人の誕生日にひとり家でじっとしているなんて。
こんな日はやっぱり一緒に過ごしたいって思うのが当たり前だろ?

「葵ー。明後日さ、どっか行こう?」
性格上、行きたいと思っても葵からは言ってこないような気がする。
そう思って2日前、葵にデートの誘いをかけた。
「う、うん…あの、あのね…俺、行きたいところ…あるんだけど…いい?」
「行きたいところ?」
なんだ…ちゃんと俺と過ごすって事、考えてくれてたのか。
何だか少し嬉しくなって、つい顔がほころぶ。
「え、えっと…近くの教会なんだけど…」
「ん、いいよ。葵がいきたいとこなら俺もそこがいい」
断る理由なんかあるはずが無い。嬉しさを隠す気もなく、葵に返事を返した。


腕時計を見ると、約束の時間までまだ随分ある。
楽しみだったことは確かだけど、少し早く出すぎたみたいだ。
「ま、いいか…教会好きだし。久しぶりだし」

知らないヤツも多いけど、俺は昔少しアメリカにいた。
そのおかげで英語は実は得意教科だったりする。
教会にも割と馴染みがあって、聖歌なんかも歌ったりしたこともあるし。
今日も歌うんだろうな〜…少し楽しみだ。

少し歩くと、葵に訊いた教会についた。
クリスマスだからか飾り付けられているけど、変に華美じゃなくて質素な感じのする教会。
俺、あまり派手なのは好きじゃないから落ちつく…
葵もこの場所、好きなのかな…だったら、何か嬉しい。
好きな人と、好きな場所で居たいから。


明るい茶色の扉を開くと、ちょうど聖書の朗読が始まったところだった。
入ってすぐの席に座って朗読を聴く。
しんと静まりかえった室内に響く聖書の一節。


 求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、
  見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。


自然と葵の顔が浮かんだ。
葵は、とても優しい。俺が馬鹿やっても、無茶しても受けとめてくれる。
それが当たり前、って顔をして。

「俺って…恵まれてんなぁ…」

自然と口を突いて出た言葉。それは紛れも無く俺の本心。
グラサン越しの優しい目も、躊躇いがちに紡がれる言葉も。
俺だけに向けられたもの。
今…すげぇ幸せかも。

考えに入っていると、後ろから小さな声が聞こえた。
俺の待っていた、優しい声。

「…さ、猿野?」

少し赤らんだ頬は寒さのせいだろうか。
そうでもそうじゃなくても、なんか可愛く思えて。
俺は葵に微笑みかけた。
「早かったな。約束の時間までまだあるのに」
「さ、猿野の方こそ・・・、早いじゃない」
「んー。ちょっとな。教会にくるのは久しぶりだから、つい、早く来すぎた」

本心半分誤魔化し半分。楽しみだったのは、教会に来る事だけじゃないから。
葵に、早く会いたい。

「ここ、いい感じだな。俺、あんまり華美なのとか好きじゃないから、ここは落ち着く。好きかも」
俺がそう伝えると、葵は照れたように笑った。
葵の事だ、自分が好きだといわれたように思えたんだろうな。
間違ってなんかいないけど。葵のこういうところが楽しい。
自然と顔がほころんだ。



(…ん?)
いつのまにか聖書の朗読は終わっていて、聖歌隊が入ってきた。
聞き覚えのある荘厳なメロディーが流れる。

(…『Amazing Grace』だ…)

聴きたいと思っていた曲。そして…聴いて欲しいと思っていた曲。
まさか葵と一緒に聴けるなんて。
不意に葵が口を開いた。

「これ、俺のね、好きな歌なんだ・・・」

俺…さっきの葵の気持ち、わかったかも。
自分が好きなものを、好きな人に気に入ってもらえる嬉しさ。
俺はコートのポケットで一枚のディスクを握り締めた。

2日前。俺は葵に電話をかけた後、一枚のディスクを探し出した。
深い青色に、銀と黒で十字をモチーフにした模様がついている。
前に店で見て一目惚れして、衝動買いしてしまったものだ。
「あー…上手く声出っかなー…」

「Amazing Grace」
この曲を、葵の誕生日プレゼントにしたい。
自分の好きな曲を自分の声で聴いて欲しい。

…なんて、妙なプレゼントだったかな…?
葵の言葉を聞くまで迷っていたけど。
余計な心配だったらしい。よかった。


Amazing grace! how sweet the sound(驚くほどの恵み、なんと優しい響きか)
That saved a wretch like me(私のようなならず者さえも救われた)
I once was lost, but now am found(かつて私は失われ、いま見出された)
was blind, but now I see.(盲目だったが、今は見える)


聞き入っていると、葵に手を握られた。
まさか葵がそんな行動に出るなんて思ってもみなかった。
おい…なんか、嬉しいじゃんか。
俺もその手を握り返す。葵の手は、大きくてあったかい。
安心する…


Through many dangers, toils, and snares(多くの危険、苦労、誘惑を)
I have already come(私は通ってきた)
'Tis grace hath brought me safe thus far(ここまで私を無事に導いてくれたのは恵み)
And grace will lead me home(そして恵みは私を天国に導いてくれる)


葵に会えたのが恵みだとすると。
俺はまたとない恵みを与えられたような気がする。
綺麗な青の髪、柔らかい微笑み、優しい声。
隣にいる時間が、俺の至福の時。


The Lord has promised good to me,(主は私によきものを約束された)
His Word my hope secures;(彼の御言葉が私の希望の保証)
He will my shield and portion be,(彼は私の盾であり、分け前)
As long as life endures.(人生の続く限り)


躊躇いがちな葵の言葉。
それは俺にとって何よりも強い保証。
葵は俺を護ってくれて、俺に幸せを与えてくれた。
それは俺が生きていく中で、変わることの無い事実。
そしてこれからも…葵は、俺の全て。


もし、葵に会えなかったら?
葵がココにいること、それ自体が奇跡みたいなもので。
俺の隣にいることなんて、もっと奇跡みたいなことで。
もしかしたら…葵は居なかったのかもしれない。
そんな事を考えて、すぐに頭から打ち消した。

考えるのはやめよう。
今、葵は俺の隣にいる。手を握ってくれる。
それだけでいい。


この男が、神の恩恵に与ったこと。
俺にとって、葵が恩恵だから。
(俺に…似てるのかな、この男は。)

歌が終わると、急に葵が俺の手を引っ張った。
近くに居た人が、不思議そうな顔をして俺達を見ている。
いつにない、葵からの行動。


そのまま公園まで歩いていった。
コーヒーを買って、口をつける。
葵も俺も、あまり喋らない時間が少し続いた。



「…なんで教会に行きたかったんだ?」
訊きたかったこと。
クリスマスだから、というのもあるかもしれないけれど。
たぶん…それだけじゃない。

「だって、教会は猿野の、ば、場所でしょ?…だから、一緒に、行って、みたかったんだ…」


俺の場所…?ああ、名前からか…?
自分の行きついた考えに、ちょっと恥ずかしく感じた。
でも…なーんでいつもこうなのかな?葵は。
ああもう、そんな不思議そうな顔して。忘れてるのか?


「…名前!天国って呼べって言っただろ?」
葵ははっとした顔をして、それから少し赤くなって言った。
「…あ…天、国…?」
うむ。よろしい。
やっぱり名前で呼んでくれた方が嬉しい。

「うん。…俺も、葵と教会に来れて嬉しかった」
俺がそう言うと、葵はますます赤くなった。
葵のこういうところが好き。
楽しいし、見てて面白い。


「ご褒美にコレ、やるよ!」

英字のプリントされた包みを葵に渡す。
中身は…あのディスク。

「今日は誕生日だろ?それに、クリスマスだしな。俺からのプレゼント!気に入ってくれるといいんだけど・・・。」
「・・・あ、ありがとう」

葵はさっそく包みを開けた。
ディスクを見て、表情が変わるのが解る。

「葵、音楽好きだろ?中身は・・・まぁ、聞いてからのお楽しみってことで」
流石に中身を言うのは俺もちょっと恥ずかしい。
気に入ってくれると言いんだけど。俺発音ネイティブだから…聴きにくいかも。

すると葵はMDプレーヤーを出して、中身を入れ替えようとした。
(っだー!!!それはダメだ!俺が恥ずかしい!)

「わ――!だ、ダメ!!!!今、聞くのは禁止!!一人になったら聞いてくれ!な・・・?」

半分俺の剣幕に押されるようにして葵は頷いた。
ああ、絶対不審がられてる気がするぜ…


「お、俺もね…、プレゼントが、あるんだ…」

葵が躊躇いがちに包みを差し出す。
白基調に、銀で結晶のプリントされた包み。

「マジ?嬉しい!ありがとな!」

なんだかどきどきして包みを開ける。
皮紐に銀の十字がついたストラップ。かなり格好イイ。
いいセンスしてるなー、葵って。

葵が恐る恐る俺を見ている。
「…き、気に入って…くれた…?」
「おう。ありがとな!」
格好イイし、なにより葵からのプレゼントだ。
嬉しくって、さっそく携帯につけて十字架を弄ぶ。


「…さっきは、ど、どうして、あんな表情をしていたの?」
「えっ…?」
突然の葵の質問。意味がよくわからなくて聞き返す。
「さっき、聖歌を聴いている表情が、複雑、そうだったから…」
「……」

まったく。葵って、聡いよな、こういうの。
困った顔でもしていたのだろうか、葵がこう続けた。


「言いたくなかったら、無理に、言わなくても、いいよ…」
…ま、別に構わないか。少し、恥ずかしいけどな。
「…あの曲。あの曲さ、俺のことみたいだなって思って…」

「……」
黙って聞くことで、葵は俺に続きを促す。
「『Amazing Grace』ってさ、愚かな男が主に救われて感謝する歌だろ?俺も、葵に救われたから・・・」
俺、馬鹿だし。おちゃらけてるし。それでも、葵はいいって言ってくれてる。
それが、俺にとっての救い。

「でも…、でも、俺にとって、救いは、天国、だよ…」
(…は!?)
何…もしかしてアレか、同じこと思ってたってことか?
葵も、俺も。お互いに同じ思いで…
なんか、どこかで繋がってる感じがして…嬉しい、ってか可笑しいな。

くすくす笑う俺を見て、葵は不思議そうに首を傾げた。
その仕草がまた可愛くて、つい微笑む。


「まさか、お互いに同じことを感じていたなんてな」
「うん…。」

葵も微笑み返した。
ぎゅっと抱きしめられる。
心地良くて暖かい、俺の好きな場所。


「天国、好き、だよ…」
「うん…。俺も好き…。…葵、誕生日おめでと。葵に出逢えて本当に良かった。神様に感謝しなきゃな…」
生まれてきてくれて、本当にありがとう。
今の俺の全て。
「それを言うなら、俺の方、だよ?天国に、出逢えたんだもの…」

ホント。恥ずかしがり屋のクセして。
こういうこと、平気で言うんだもんな。
葵と顔を見合わせて互いに微笑んだ。

ついばむような軽いキスを何度かした。
軽い、優しいキス。
何よりのプレゼント。





「あ、雪…」
葵とわかれた後、雪がちらつき始めた空を見上げる。
今朝と変わらない灰色だったけど、何故か今は少し暖かく感じた。
「ホワイトクリスマス、ってヤツだな」

愛しい愛しいあの人がこの世に生を受けた日。
それは奇しくも主イエスが生まれた日と同じ。
神の子と崇められた主のように、深い慈悲を湛えている彼の人。


世界中の誰よりも、幸せになって。
誰よりも誰よりも、俺の近くにいて。
確かに叶えて? 愛しい人。
俺が望む事は、ただそれだけだから。

「Merry X'mas!Dear Aoi…」










***あとがき。***
司馬君誕生日&クリスマス企画馬猿SSです〜。
お友達のみなみたんとの合同企画ですよパフパフ☆
彼女は司馬君視点で書いてますよ〜
いやー…へっぽこ過ぎて申し訳ないっス(汗)並ぶのが恐れ多い…(笑)

にしても結局ラブラブなんだよなこいつらー(自分で書いといて何を)
この曲はじつは俺も好きです。ゴスペルで歌いました。楽譜まであります。
だから書いていて結構楽しかったです。技量がついていきませんが(血涙)
甘甘ですが、楽しんでいただけたら幸いですvv



***お礼の言葉。***
パフパフ〜☆(便乗犯/笑)
天国視点ありがとーvかっこいいよ!!トキメクよ!!!素敵だーvvv
私の方こそ、申し訳ないですι並ぶのが辛いですよιι
私の小説だけじゃ、よくわからないとこまで立派にホローしてあって感動モノでした☆
というか、あぁ。こーゆー設定だったのね、と納得してましたし(死)
ともかく、こんな素敵小説ありがとでした!



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