それは神を讃える聖なる歌…





Amazing Grace









灰色の寒空の下、冷たい空気の刺すような寒さに司馬は軽い身震いをした

吐く息は真っ白で寒さを視覚で訴える

やはり、コートやマフラーをしても寒いものは寒いのだ

出掛けるのも億劫な日だが、今日に限ってはそういうわけにはいかない

今日はクリスマスイヴなのだ

ようやく苦労の末、猿野の恋人の座を射止めた身としてはこの行事は見逃すことはできない

それに、自分の誕生日でもある

こんな特別の日に一緒に過ごしたいと思うのは当たり前というものだ








司馬には今回、どうしても今日という日に猿野と行きたい場所があった

どう誘おうかと困っていたのだが、猿野からのデートの誘いがあったのは助かった

恋人なのだから断られることなんて滅多にないのだ、簡単に誘えられるだろうと思うのだが、自分ではなかなか言い出せなかった

恥ずかしがり屋という原因の他に、未だに猿野の恋人だという自信が持てていないせいだろう

だから、行きたい場所があるとの自分の申し出を猿野が嬉しそうに「葵が行きたいとこなら俺もそこがいい」と了承してくれたのは嬉しかった








腕時計にちらりと目をやった

まだ十分余裕がある

待ち合わせ時間には間に合いそうだ

胸をなで下ろした








耳元から流れるのは聖歌

最近のもっともお気に入りの曲だ

心が休まる気がする

さすが聖なる歌だ

猿野に逢うと思うだけでドキドキと早鐘のようにうつ心臓の音が、気持ちゆっくりになるような気がする








家から歩いて15分、やっと目的地の教会に着いた

さすが、クリスマスイヴだけあって、いつもは質素な教会も美しく飾られていている

中に入る前にMDの電源をOFFにした

いつもはどうしてもダメだという時以外切らないのだが、やはり今回は特別

もちろん、教会で不謹慎だというのも理由の一つではあるが、一番の理由は『猿野』だ

彼が一緒にいるときに耳を塞いでいるのを嫌がったから

それは彼と交わした最初の約束で

だから律儀に毎回彼の側にいる時は電源を切るのだ

でも、俺としては彼に言われなくてもそうするつもりだったけれど





(だって、猿野の声を生で聞けないなんて嫌だし…)





他でもない、猿野が自分だけに囁いてくれた言葉をどうしてフィルターをかけて聞くだろうか

そんな勿体ない事、俺にできるはずがない

サングラスだけは、どうしても恥ずかしいから許して貰ったけれど











中に入ると神父様が聖書を朗読していた

静寂に満ちた室内に低く心地よい声が響き渡る

席に目をやると既に猿野は来て座っていた

いるかも分からなかったのに迷うことなく簡単に彼を見つけることができた

目が自然と彼に惹きつけられるのだ

ベージュのコートに白いマフラーがとても似合っている

後ろの方の席に座っているのはきっと後からくる俺の為だろう

俺に気づいておらず、朗読に聞き入っている

邪魔をしないように、できるだけ音を立てないように気をつけ、ドキドキしながらそっと彼の側に近寄った





「・・・さ、猿野?」





小声で話しかける

その声で彼は俺に気づき、嬉しそうに微笑んだ

俺は猿野の隣にそっと腰を下ろす





「早かったな。約束の時間までまだあるのに」

「さ、猿野の方こそ・・・、早いじゃない」

「んー。ちょっとな。教会にくるのは久しぶりだから、つい、早く来すぎた」





そういえば、彼はアメリカ帰りなのである

教会にはよく行っていたに違いない





「ここ、いい感じだな。俺、あんまり華美なのとか好きじゃないから、ここは落ち着く。好きかも」





猿野に自分のお気に入りの場所が気に入ってもらえて嬉しい

自分が好きと言われたようで照れてしまう

そんな俺の様子を見て猿野は楽しそうに笑った










聖書の朗読が終わると聖歌隊が入ってきた

彼らに目を向ける

歌いだした曲目は『Amazing Grace』





「これ、俺のね、好きな歌なんだ・・・」





俺と猿野は話を止め静に彼らに見入った





静寂を満たす美しい声のハーモニー

穢れを癒し、聖なる場所へと導いてくれる気がする








Amazing grace! how sweet the sound(驚くほどの恵み、なんと優しい響きか)

That saved a wretch like me(私のようなならず者さえも救われた)

I once was lost, but now am found(かつて私は失われ、いま見出された)

was blind, but now I see.(盲目だったが、今は見える)






闇に押しつぶされそうな俺を救ってくれたのは猿野で

こんな俺を彼は大勢の中から選んでくれた

嬉しかった・・・

彼が光輝いて見えた

闇夜を照らす一筋の光のような存在に







勇気を出して猿野の手をぎゅっと握った

一瞬、驚いた顔をしたが、握り返してくれた

彼の手の温もりが伝わってきて、落ち着く






(温かい…)








Through many dangers, toils, and snares(多くの危険、苦労、誘惑を)

I have already come(私は通ってきた)

'Tis grace hath brought me safe thus far(ここまで私を無事に導いてくれたのは恵み)

And grace will lead me home(そして恵みは私を天国に導いてくれる)








みんなが君を俺から引き剥がそうとしてきた

みんな君の事が好きだから・・・

だから、ここまで俺が無事に君の心を手に入れることが出来たのは奇跡で

全て君が俺を守ってくれたおかげ

そして君は俺を光あふれる場所へと導いてくれた

なんたる幸運なんだろう








The Lord has promised good to me,(主は私によきものを約束された)

His Word my hope secures;(彼の御言葉が私の希望の保証)

He will my shield and portion be,(彼は私の盾であり、分け前)

As long as life endures.(人生の続く限り)








神様は俺に素晴らしいものを与えてくれた

猿野の「好きだよ」という言葉が俺を支えてくれた

彼は俺にとっての全てで

これは、ずっとこの先も変わらないであろう事実

この先、この温もりを俺は離したくない・・・

そう強く思った







歌も終わりに近づいた

そっと猿野を見やると、なんだか悲しそうで、愛しそうで、そして寂しげな表情をしていた

そんな顔を見ていたくなくて、させたくなくて、聖歌が終わるとすぐに猿野の手を引っ張って外に出た














外に出て、急に、自分がいつにないほど積極的な行動をった事に恥ずかしくなった

その事を考えるだけで顔が赤くなるような気がする

とりあえず、寒かったので近くの公園まで行ってコーヒーを買い温まることにした

お互い、あまり言葉を交わさず沈黙する

いつもなら猿野が、無口な俺の分まで会話をしてくれるので少し気まずい





「・・・なんで教会に行きたかったんだ?」





話しかけられた事に少しほっとする





「だって、教会は猿野の、ば、場所でしょ?・・・だから、一緒に、行って、みたかったんだ・・・」





猿野はその俺の言葉に心なしか赤くなった

でも、ちょっと不満そうな表情をした

けれど、自分にはどうしてどんな彼がそんな表情をするのか意味が分からなくて不思議そうに見つめた





「・・・名前!天国って呼べって言っただろ?」

「・・あ・・天、国・・・?」

「うん。・・・俺も、葵と教会に来れて嬉しかった」





恥ずかしくなって顔が熱くなる

火が吹くってこんな感じだろうかと思った

名前を呼び合うのが恋人同士みたいで、・・・て、恋人なんだけれど、未だに慣れない

そんな俺の表情に猿野、いや、天国は楽しそうに、嬉しそうに笑った





「ご褒美にコレ、やるよ!」





そういってポケットから出したのは綺麗に包装された物体

突然のことに驚いて





「今日は誕生日だろ?それに、クリスマスだしな。俺からのプレゼント!気に入ってくれるといいんだけど・・・。」

「・・・あ、ありがとう」




さっそく包みを開ける

中から出てきたのは一枚のMDディスクで、何のだろうと首を傾げた





「葵、音楽好きだろ?中身は・・・まぁ、聞いてからのお楽しみってことで」





そんな彼の様子から内容が気になって、MDプレーヤーを取り出した

中身を入れ替えようとすると、天国は何故か急に慌てて





「わ――!だ、ダメ!!!!今、聞くのは禁止!!一人になったら聞いてくれ!な・・・?」





腕を掴んで、あまりにも必死な様子で見上げてくるものだから、反射的に頷いた





(今聞くのをこんなにも嫌がるなんて、どんな内容なんだろ・・・?)





却って興味が湧いて聞きたくなったが、彼が嫌がる事をしたくないので諦める

別れた後に聞けばいいだけだ

それよりも、今は・・・





「お、俺もね・・、プレゼントが、あるんだ・・・」





気に入ってくれるか心配で、ドキドキしながら差し出す

何軒もお店を回って、何時間も悩んだ挙げ句に決めたものだ





「マジ?嬉しい!ありがとな!」





天国は受け取った後、すぐに包みを開けた

中から出てきたのは革紐にシルバーの十字架がついたストラップ

携帯はいつも離さずに持っているものだし、学校で別れた後の彼との距離を埋める物だから、それに関係するものにしたかったのでこれにしたのだ

恐る恐る反応を窺う





「・・き、気に入って・・くれた・・・?」

「おう。ありがとな!」





そういって、さっそく携帯につけてくれた

ホッと胸をなでおろす

天国は嬉しそうに十字架を手のひらで弄んでいる

それが本当に気に入ってくれていることがよくわかって嬉しい





「・・・さっきは、ど、どうして、あんな表情をしていたの?」

「えっ・・・?」

「さっき、聖歌を聴いている表情が、複雑、そうだったから・・・」

「・・・・」





天国は少し、戸惑った表情を見せた





「言いたくなかったら、無理に、言わなくても、いいよ・・・」

「・・・あの曲。あの曲さ、俺のことみたいだなって思って・・・」

「・・・・・」

「『Amazing Grace』ってさ、愚かな男が主に救われて感謝する歌だろ?俺も、葵に救われたから・・・」





驚いた・・・

自分だけでなく、彼もそんなことを思っていたなんて知らなかったから





「でも・・、でも、俺にとって、救いは、天国、だよ・・・」





それを聞いた天国は驚いたように目を見張り、そして、可笑しそうにくすくすと笑った

どうして笑うのかわからなくて首を傾げる俺をみて、彼は微笑した





「まさか、お互いに同じことを感じていたなんてな」

「うん・・・。」





ほんとだね、と微笑み返した

俺が感じていたように、彼を支える存在であったことが嬉しい

愛しくて、天国をぎゅっと抱きしめた

自分にしては勇気のあるこの行動は、きっと、少しは自信が出てきたからだろう





「天国、好き、だよ・・・」

「うん・・。俺も好き・・・。・・・葵、誕生日おめでと。葵に出逢えて本当に良かった。神様に感謝しなきゃな・・・」

「それを言うなら、俺の方、だよ?天国に、出逢えたんだもの・・・」





お互いに微笑みあって、ついばむような軽いキスを何度か重ねた

なんだか、初めてのキスみたいでドキドキした















別れた後の帰り道、貰ったMDを再生させた

流れ出たのは、美しく荘厳なメロディー





(えっ・・・?)





思わず耳を疑った

それは、先ほど聞いていたあの曲で、しかも・・・





「あ、天国の、声・・・?」





その歌声は、まぐれもなく彼の声だった

自分が彼の声を聞き間違えるはずがない

それに、これで、どうして恥ずかしがったのかの説明がつく

まさか、プレゼントとしてこの曲を、しかも、彼の歌声でもらえると思っていなかっただけに嬉しい

自分だけのために・・・







雪がちらつき始めた

どうりで朝から寒かったはずである

でも、耳元から流れる彼の歌声を繰り返し耳にしながら帰る、自分の心は温かかった

そう、まるで、あの愚か者の男が初めて、主の恵みを感じた時のように・・・









***あとがき。***
めりーくりすます&葵ちゃん、誕生日おめでとーvv
そんな気持ちで、今回書かせて貰いましたv自分にしては頑張った!長い、長いですよ!!(笑)
今回は、お友達のユウさんとの合作!私が葵ちゃん視点で彼女が天国視点なのです。ふふふv豪華で嬉しいですわ。ありがとーvv
聖歌を題材にさせていただきました!本来ならば神様に対する言葉を天国へ気持ちに変えてみたり♪楽しかったです。思い込みで書くのは(オイ)
しかも、さりげに眼鏡猿だったりしますし(笑)あ、眼鏡の描写はないですがね。一応、賢いお猿さんっす☆ふつーにこの設定で書いてて後から慌てて 友達に了承をとってました(死)愛って凄いわ(笑)
にしても、読み返すのが恥ずかしい、甘さぐあいです。酔うよ〜(汗)
こんなものでも、皆様に気に入っていただけたら幸いです。


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