ぽたりと琥珀色の双眸より落ちた雫は、月の光を受けてきらりと光った




















ザーザーと降りしきる強い雨が窓ガラスを勢いよく打ち、音を立てていた
まるで台風の日みたいだとツナは荒い息を整えながら頭の片隅でそんな事を考えていた
全身ずぶ濡れの濡れ鼠のような惨状
冷たい雨雫に濡れた場所は色濃く変化している
日の光を浴びれば琥珀色にさえ見えるツナの髪も今やローアンバーの色だ
制服はもう夏服へと衣替えしており、ベストも羽織っていない情況だった為にぺたりと肌に張り付き中の肌色を透かせて見せていた


「あぁ、もう最悪だよ」


傘を持ち歩いていない自分が悪い
いつもなら用意周到な母親が注意を呼びかけてくれるのだが生憎彼女は今日はいなかった
騒がしいチビ達もいない
ついでに、あの物騒な家庭教師さまも
商店街で当たったくじ引きの一等賞、温泉旅行へと今朝早くから旅立っていってしまったのだ
…ツナ一人を置いて
何故だと訴えたが、返ってきたのは納得のいくものではなく一発の銃弾
けれどそれは確かに言葉よりも確実にツナの反論の意思を摘み取った
卑怯だ
学校あるものねぇとのほほんと同意した母親も酷い
一日、二日休んだって…まぁ、今回は三泊四日という長い期間ではあるが、元より地を張っているような成績に影響なんてしないのに

けれど、一つだけいいことがあった
一緒に行けなかったことと同等の、否、それ以上の価値のあることだ、ツナにとっては
嬉しさに高揚し、ふわふわした気持ちで身体は満たされる
雨の冷たさなど忘れてしまうほどに
それを教えられた昨日の夜からこんな状態で学校では京子ちゃんや花、獄寺君や山本君まで心配させてしまった
だって、嬉しくて仕方がないのだ

髪に吸い取られた水分つっーと頬を伝って流れていく
身体全体が雨で重く、不快な気分にさせられる
荒い息がなんとか少し落ち着いてので、ツナは早く中へ入ろうとしたが、しかし、あまりにもびしょ濡れな身体にその一歩を踏み出すのを躊躇った
この状態で踏み入れれば廊下が無残な状態になるのは目に見えている
いつもならば母親の名を呼べばタオルを持って飛んでくるのに、それを期待することもできなかった

どうしよう、と途方にくれる
けれど、ぐだぐだと悩んでいる間に時間は無意味に過ぎていってしまう
そんな余裕は今のツナにはなかった
――早く準備をしなければ!
そっと、けれど迷いを振り払って、走って風呂場まで行き被害を減らそうと決意して力強く一歩足を踏み出した
その瞬間、ツナの視界は白いふわりとしたものに塞がれた


「うわぁ!!」


悲鳴と共に思わず前のめりした身体を後ろへと倒してその正体のわからぬ襲撃から身を交わそうとするが、水分を吸った靴下がそのツナの行動を妨げた
つるりと滑る足
ツナの運動能力では軌道修正を施す暇がないのは明確で、受身さえ上手くとれるかわからなかった
危ない、と思わず目を閉じて衝撃をただ待った
けれど、その衝撃はいつまでたっても来ない
倒れるその途中、ツナの片腕を力強く引っ張る手に後ろへと落ちかけた身体は前へと戻され、その勢いのまま、今度は前へと倒れたからだ
何、なんなんだ??!
と動揺している内に、固い、けれど床よりは温もりも弾力もあるものへとぼふっとブツかって、ツナの前後への運動は終了した
それでも、一連の事にツナの頭の中はパニックで真っ白だった


「危ねぇなぁ゛〜!」
「…え?」


そんなツナの耳元に届いたのはツナが知っている声だった
そして、待ち望んでいた声だ
まさかと思ったが、その証拠だと言う様にツナの前を覆う白いものの他に視界に銀色が目に入った
こんなにも長く、綺麗な銀色の髪の持ち主など一人しかツナは知らない


「スクアーロ!?」


慌てて視界を塞ぐ白いものを押しのけて上を向けば、美しい顔がツナを見下ろしていた
何ヶ月ぶりだろうか
長いこと顔を見ていなかったが、彼の端整な顔は少しも変わっていない


「久しぶりだぜぇ」


にこり、というよりはニタリといった方が正しいかもしれない、彼らしい笑み
間違いない、スクアーロだ
驚きに目を見開いたまま立ち尽くすツナを他所に、スクアーロは落ちてしまった白いものの正体、バスタオルを拾うとツナの頭に再度被せた


「えっ、えっ、何!?」
「風邪引くだろぉぉ!ちゃんと乾かせぇ!!」


乱雑に、けれどツナを傷つけることのない力でタオルを動かし水気を吸い取る
その動きに翻弄されつつも、序所に驚きから解き放たれ、寧ろ嬉しくなってツナは抵抗することなくその行為を大人しく受けた
そして、ひとしきり拭くことで満足したのか、ようやく手を止め、ツナの頭からタオルを取ったスクアーロと漸くツナはまともに向き合った


「どうしたの!?今日の夜遅くの予定じゃなかった??」


そうだ、スクアーロが来るのは当初からの予定で少しも驚くことではない
今日から四日間のリボーンが居ない間のツナの護衛を務めてくれるのがスクアーロなのだから
大人しくツナが留守番を選んだのもそれがあったからだ
初めはふざけるなと思ったが、リボーンのしたり顔でいいのか?と出されたその話に、素直に「いってらっしゃい」と笑顔で答えてしまうぐらいに嬉しい提案だった
だって、イタリアと日本だ
遠距離だ
嫌になるぐらいの長時間を飛行機で飛んでようやく辿り着く距離をそんなに簡単に行き来できない
四日間は長いが、イタリアにいる者を呼び寄せるほど長い期間とはいえない
それを日本にいるボンゴレメンバーではなくイタリアにいるスクアーロを呼びよせてくれるなんて、諸手をあげて歓迎したいぐらいだ
実際に、ありがとう商店街!ありがとうリボーン!!と思わず商店街の方へと向かって手を合わせて拝んでしまった
…なんでオレが商店街の次なんだ?と心の声を読んだリボーンに不満顔で銃口を向けられたが

思わず話が逸れたが、そんな用件で呼び寄せられたスクアーロは売れっ子(?)の暗殺部隊ヴァリアーの剣士だ
相変わらず任務に忙しいらしく、ツナは事前に早くて到着は今日の夜遅くになると聞かされていたのだ
だから、雨の中、いつもならば学校でゆったりと雨宿りでもして帰るかというところを、雨に濡れるのを厭わず急いで帰ったのだ
早く帰ってスクアーロを盛大に出迎える用意をしよう、と


「仕事が早く終わったんだぁ! チケットも事前に手配していたのより前のにキャンセルが出たから乗ったんだぜぇ」


それらは努力のいる事で、チケットに至っては数時間も前から小まめにチェックしなければいけない
――だから、それは、つまり…


「オレの為?」
「あ、あ、当たり前だぁぁ!!」


顔を真っ赤に染め上げて、ふいっとそっぽを向いて唸るように叫ぶスクアーロにツナは同じように頬を染めあげた
ここにリボーンがいれば銃弾一つぶっ放し、いちゃつくんなら他所でやれ、このバッカップルが!と言っただろうが、何度も言うように生憎、今宵は誰もいない
つっこむ者がいない状況では二人は碌にまともな言葉を発する事無く、ただひたすらに照れているだけだ
が、さすがにそれを数分も続けていればその状況も終わる
雨で冷えた身体でくしゅんとくしゃみしたツナにスクアーロが慌てて事前に用意周到に準備してあった温かい風呂へと放り込むことで遠距離恋愛中の久しぶりの恋人同士の再会の挨拶が終わった







ペタペタとフローリングの上の歩く足音にスクアーロは机の上に料理を並べていた手を止めて振り返った
足音だけでも、これからマフィアの、ましてやイタリア随一の巨大ファミリーの頂点に立とうという人間にはまるで見えない彼に思わず笑みを零す

そんな彼を愛しいと思ったのは少し前だった
想いはスクアーロ自身が驚くほど素早く増大し、直ぐにいっぱいになってしまって、気づいたら溢れ出していた
あの日もこんな雨脚の強い日だった
日本に呼ばれた理由も似ていた
自分で言うのもなんだが、ヴァリアーの中でも比較的マトモな思考回路の持ち主だからだろう、故に選ばれた臨時の護衛だった
最初は、ザンザスの因縁もあってツナに対してよい感情を持っていなかった
二人の間に横たわるのは重い沈黙で、怯えたような泣きそうなような目をしながらも、なんとか笑顔を作って気を使うツナに苛立ちさえ感じていた

それなのに、今では恋人という関係にまで発展したというのは驚きでしかない








あの日、ようやくあがった雨
雲と雲の隙間からは月が覗いていた

護衛、と言っても特別なにかするほどの事もなかった
行き帰りは守護者がついていて、見張る心配ない
休暇中のようにごろりと家の中で寛いでいたぐらいだ
時折、感じる不穏な、けれど強者のものではない気配の持ち主を手持ち無沙汰解消に相手したぐらいで
しかし、あの日は雨で、そのせいかそういった輩も姿を見せなかった
ほとんど会話を交わす事無く重い空気のまま食事を口にし、風呂へと入り、互いに就寝についたが、いつもよりも疲労していないのか、スクアーロにはいっこうに眠気が襲ってこなかった
それでも少しだけ眠気を感じていると、家の中で誰かが動く気配を感じて、剣を手にその気配の持ち主の元へと足音を消して向かった

けれど、そこにいたのはツナだった

何をしているのだと声をかけようとしたが、それは寸前で止められた
出来なかったのだ
夜の闇が部屋の中を満たしていて、灯りは一切なかった
光源と言えるのは、ようやく雨が上がった空の雲の切れ間から時折姿を現す月の光だけだ
そんな静かな、薄暗い中で彼の頬だけがうっすら月明かりを浴びて照っていた
それが涙だと気づいたのはそれを見たほんの少し後だった
涙だと思い至るよりもまず、スクアーロの脳裏を占めたのは「キレイ」という言葉だった
何を、と思う
相手は自分が忠誠を誓うボスの敵である存在なのだというのに
しかも、普段は情けない冴えない顔ばかりの、劣るところばかり目に付くガキだ
それなのに
――それなのに、目が離せない自分がいた

声を押し殺すように
静かに
僅かな間だけ顔を出す月を見上げながら
涙を堪えていた
堪えきれずに雫となって零れ落ちる瞬間、一瞬だけ光を帯びてきらりと輝く
まるで流れ星のようだった

スクアーロ自身、己に詩の素質など皆無で似合わないと思っている
けれど、その瞬間に浮かび上がってくるのは、ただただ、彼を賛辞する使い古されたような陳腐な程に美しい言葉ばかりだった

ふと、彼が振り向いた
琥珀色の瞳が己を映して、驚愕に目を見開いたが、直ぐに泣くようにくしゃりと歪め、スクアーロへと背を向けてしまった
どうするべきなのか
…本当ならば、見なかった振りをして去るべきだったのかもしれない
けれど、その時のスクアーロにはそんな答えが思いつかなかった

綺麗で
儚くて
美しい

いつもとも、そして彼が死ぬ気の炎を宿した時とも違う、見たことも無い静かな、まるで湖面のように凪いだ、そして底まで見えないような空気を抱いていた
だからこそ、消えてしまいそうで、夢だったかのように思えてならなかったからこそ、立ち去る事が出来なかった
話しかけることさえもできずに、ただただ、その小さな背中を立ち尽くすように見ていた


「ねぇ、スクアーロさん…」


どのぐらい時が経過したのだろうか
職業的に体内時計が鋭敏なはずなのに、今は麻痺していているようで、それさえも曖昧だ


「…なんだぁ…」


静かにぽつりと呟くように、己の名を呼ぶツナの声に、スクアーロは戸惑いを覚えつつも答えた
平静を装ったつもりだったのに、若干掠れた声しか出なかったような気がする
雲によって翳り始めた月を見上げたまま、こちらへと向く事無くツナは口元を歪めたようだった
よう、であって、本当にそうだったかはスクアーロにはわからない
顔は背を向けているせいでよく見えない
ただ、窓ガラスにうっすらと反射して見える姿から伺うことしかできなかった


「――どうしたら、そんなに強く、在れるんですか?」
「強く?」
「…オレは全然強くなくて、それなのに十代目だとか言われて、いつの間にかそのせいでみんなを騒動に捲き込んじゃって…。争いは嫌いなのに、誰かが傷つくのなんて見たくないのに、弱いから止めることなんてできなくて…。逃げたいと思うけれど、逃げられない。――だって、オレは、みんながオレを守ろうとして傷つくことを知ってるから…」


泣く寸前のような声だった
何かに耐えて耐えて、けれど耐え切れずに崩壊する寸前のような声


「――その気になりゃ、お前は強いだろがぁ。ボスに勝ったんだからよぉ!」
「そう、ですね…」


本当は、何の強さかなんてわかっていた
求めている答えが己が口にした答えとは違う事も
けれど、スクアーロはそれを言葉にしなかった
意地、だったのかもしれない
負けないと信じていた主と、そして己の敗北に対しての
敗北した人間に対して吐かれる弱音など、本来嫌味でしかないのだから

けれど、ツナから返ってきた短い返事を聞いて直ぐに後悔した
ガラスに映った顔が笑みに歪んでいたからだ
そう、歪んでいたという表現が正しいのだろう
いつものように笑おうとして、けれど何かを失敗してまって、どこか歪さを感じさせるような笑みだった

大空
彼の属性のままの笑顔を浮かべる彼の、そんな表情はスクアーロの心をぐさりと刺し貫く
そんな表情をこれ以上見たくなくて
周囲の存在を大切に思い、守りたいのだと願いながらも、けれどその願い故に頼るべき者などなく孤独だというような表情をさせたくなかった

ぐっと拳にして握った己の手の存在にスクアーロは気づいた
何を耐えているというのか
ゆっくりと拳を開きながら、自問自答し、そしてその答えは深く考えるまでもなく既にさっきから出ていた
嫌、なのだ
いつもの情けない顔でもいいから、そんな負の表情して欲しくなかった
自分以外の理由で涙なんてみたくない

その感情が何かなんて、悩むほどスクアーロは幼い子供ではなかった
気づかなければ耐えられたのかもしれない
けれど、気づいてしまった今では、もう歯止めが利かなかった
思わず苦笑がもれる
まさか、自分が、この子供に対してこんな感情を抱くなんて…

数歩の間合い
さっきまでは随分遠く果てしないように感じた距離を、たった数歩でスクアーロは埋めた
足音を立てない、暗殺者特有の歩き
今回、意識してやった事ではないが、そのお陰で難なく捕らえることができた
距離を詰めて、ツナが気づくその瞬間、スクアーロはその小さな身体をぎゅっと抱きしめたのだ


「なっ!」


ツナは驚きに身体を硬直させ、そして腕から逃れようともがくように暴れた
けれど、スクアーロの力の方が強く、それを全力で拒んだ
しばらくして疲れで力を抜いた瞬間を見計らって、スクアーロは少しだけその腕の力を抜いて、ツナの身体を自分の方へと向けると、押さえるのではなく、捕らえるのではなく、包み込むようにツナの身体を抱きしめた
その行動にツナが何を感じ取ったのかはスクアーロにはわからないが、一切の抵抗を止め、大人しくツナはスクアーロに抱きかかえられるままになっていた

――小さな身体だ
頭がスクアーロの肩ぐらいまでしかなく、スクアーロの腕にすっぽりと収まってしまうほどだ
己のボスの体躯と比べれば余計に小さく頼りなく感じられた
基本的に小柄が多い日本人ということ、そしてまだ歳若く、身体の発達が終わっていないのもあるだろう
けれど、その肩に乗っている重さはそんな事を考慮もしてくれないのだ
決して望んだわけではない
嫌だとさえ言っていた
それなのに、彼はその重さを背負おうと、向き合おうとしているのだ
誰も背負うことのできない重く苦しい、得られるものに利を見出せていないのに

それを強さではないというのならば何を強さというのだろうか

結局、能力が拮抗している場合に最後の勝敗の決め手は心の強さだというのに
力などいくらでも簡単に鍛えることができる
それ以上に難しいのは心なのだから、今の彼はそれで十分だ


「――泣くなぁ」
「泣いてなんか…」
「嘘つけぇ」


確かに、今、彼の両目には涙の姿はなかった
けれど、僅かに濡れて乾いたせいか、肌が引き攣った跡が見れてとれる
容易には消すことのできない証拠だ
スクアーロはその跡を、乾いているとわかっていて拭うように指の腹で何度も優しく拭う動作をした
その動作でツナの表情が先ほどよりも泣きそうに歪む

あぁ、だから、そんな表情をさせたいわけじゃないというのに
けれど、それが自分によって引き出された表情だというのならば、然程苦々しい想いを抱かないのだから、スクアーロも大概だ


「…自分が弱い人間だと自覚している奴は自分が思うほど弱くねぇぞぉ。お前はそれを知っているんだろぉ?自分という存在の価値を解ってるんだろうぉ?それさえ知っていれば大丈夫だぁ。大体、力さえあれば何でも自分が思うようにできるわけじゃねぇ。ボスのようにな。お前は、それを知っているから、勝てたんだぁ。…だから、お前は弱くないぞぉ」
「でも…」
「お前がこれから背負うものは確かにお前には重いだろうよぉ。だが、お前以外に背負えるものがいないのも事実だぁ。それを背負う強さが今以上に必要なのもなぁ。でも、強さってのは一朝一夕で身につけられるもんじゃねぇ。だから、その気持ちを忘れずに、徐々に強さを身につければ十分だぁ。お前が欲しいと思う強さはそういう類だぞぉ。それに、お前以外に背負えないと言ったが、それを軽くできるように支えることはできるんだぜぇ。それは守護者だけに言える事じゃねぇ。あのアルコバレーノや九世だってそうだぁ。
――オレもなぁ」


だから、隠れて泣くことなんてないのだと、そう言葉を付け加えてスクアーロは抱きとめていた片手をまるで子供をあやすようにぽんぽんと優しく二度叩いた
ツナの身体が微かに震えた
くしゃりと表情が歪む
そして、じんわりと滲み出してきた涙は、徐々に球体になって盛り上がり、表面張力が耐えられなくなり、頬を伝って零れ落ちた


「ほら、泣いてるじゃねぇかぁ」
「スクアーロさんが、泣かせたんです…!」


馬鹿、とか酷いと訴えるツナにスクアーロは嫣然と笑った
そして、ぼすりと抗議にスクアーロの胸を叩く、けれどちっとも傷みの伴わない手を奪い取った
一人で静かに泣いてるよりも、こうして怒りながらも自分の前で泣いてくれる方がよっぽどいい


「元気でたかぁ?」


その言葉にツナはぴたりとスクアーロから手を取り戻そうとする動きを止めて、目を見開いた
そこの大きな瞳から更に涙を零すと俯いてしまう
どうしたのか、と伺えば、怒るのでもなく、悲しむのではなく、口元に小さな笑みを浮かべてた
その唇が、確かに『ありがとう』と刻んだのをスクアーロは見逃す事無く読み取った






そんなきっかけだった
スクアーロはその時既に自分の感情をばっちり自覚してしまった
そして、ツナは恐らくその時はじめて、それまではザンザスの部下という括りにしか入っていなかったスクアーロという人間をまともに意識したに違いない
それ以来、スクアーロは積極的にツナを構ったし、ツナも弱い自分を一度曝け出してしまったのがよかったのか、スクアーロに対してよそよそしかった態度が遠慮が無くなり、二人の距離は一気に縮まった
残った日数は、初めはなんでこんなにと思っていたのに、あの日からは少なすぎると感じるほどに
それからは、何分イタリアと日本という遠距離だ
メールや電話を毎日のように交わし、時折、長めの休日が取れるような時は日本へと逢いにいった
今までのスクアーロの来るもの拒まず、去るものは追わず的な恋愛遍歴を知る者にとっては異例の光景にどうしたのかと驚かれる程にスクアーロは頑張った
そして何度目かの邂逅の時、一緒に出かけた先で、何気ない会話中にツナの事を可愛い、好きだと強く思った瞬間、その勢いのままに思わず告白していたのだ
顔を真っ赤に染め上げて、オレも、という言葉と共にこくりと縦に頷かれた時には嬉しくて思わす抱きついていた
きっと、あの時の嬉しさと感動をスクアーロは一生忘れないだろう





「スクアーロ?」
「温まったかぁ?」


うん、という言葉と共に駆け寄ってくる愛らしい恋人にスクアーロは相貌を崩した
恋人となってからも月日は一年以上経過し、彼があの時望んでいた強さも、幾分か身についているようだった
普段はまったくそんな片鱗を見せないが、やるときはやる男に成長している


「よく頭は乾かせぇ!」


これでは雨に濡れて帰ってきた時と同じ状況だ
ぽたりと垂れる雫に呆れつつも、時間が勿体無くてと言ってのけるツナにスクアーロは諸手を挙げた
この可愛い生き物は確実に己よりは強い
それでも、手間がかかる奴だと文句を口にしながらもドライヤー片手に丁寧に乾かしていく

乾ききっていない髪から流れ落ちた雫が、ツナの頬を伝って落ちた
まるで涙のように
背後から見たその光景にあの日のツナを重ね思いながら、けれど、今は嬉しそうに鼻歌を歌いながら心地よさそうに目を瞑るツナにスクアーロは優しい笑みを一つ零す
そして、ツナの名前を呼び、振り向いた彼の目尻にすかさず唇を落として、今度は意味深に刻んだ


「――お前を泣かした責任は取るぜぇ」
















fin






*****あとがき。*****
 こんにちは。スクツナです。前回はツナちゃんだったので今回はツナです。いや、まぁ、どっちでもいいんだけどなんとなくで!
 題名から出来た話なのですが、最初のテンションでは題名どおりにならなくてどうしようと思いつつも突き進んでいったら途中どうしようかと思う展開になって泣きました。
 お陰さまで、いっそもっと頑張ってこれオフにしようかと思うほどには当サイト掲載の短編では一番の大作です。げっそり。
 あまりにもスクが基本的にいい目にあってるので、苦労性な彼も好きvな私としてはそろそろ…と思わずにはいられません(笑)でも、ツナが可愛くてしかたがないスクが大好きです。ヘタレ推奨なんですが…あれ?なんかこのスクかっこよくない?と思う不思議。この話の裏ではヘタレな行動も取ってるはずなんですが(笑)でも、恋は盲目。どんなスクを見てもツナには「スクアーロかっこいい」で乙女な目してるはず!
なお、題名の読み方は「つきしずく」です。

 では、このお話が少しでも皆様に気にいってもらえたなら幸い…。拍手ででもコメントいただけると嬉しいです。

08.07.06「月華の庭」みなみ朱木





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