|||||  好意のあり方  |||||



 右手には大きめの紙袋、左手には小さめのビニール袋を持って、猿野は私立華武高等学校なる場所へと向かっていた。
「これで俺は地獄から解放される!」
 歓喜の声を上げつつグラウンドに足を踏み入れる。そこでは野球部のレギュラーの面々他多数の者が練習していた。部活を行っているのだから練習をするのは当たり前だが、本日の十二支高校の練習は休みである。自分達が休んでいる時にも華武は練習をしているのかと思うと妙に悔しい。
 内心で歯軋りしながら猿野は屑桐の元へ行き、慣れた様子で声を掛けた。
「おっす! オラ悟空!」
「バカは死ね」
 間髪入れずに返ってきた言葉は鋭い。
「冗談だっつの。一ミクロンもそういうのが通じねぇなぁ、屑桐さんは」
 大袈裟に肩を竦めて見せ、溜息混じりに言うと、睨まれた。
「で、何の用だ?」
 無駄話をするつもりはないとばかりに話を促され、猿野はここ最近で親しくなった者達に目を向けた。
 丁度目が合った久芒を手招きすると、久芒だけでなく、側にいた朱牡丹と、こちらを窺っていたらしい御柳もやって来た。帥仙と墨蓮も呼びたい所なのだが、彼らは一軍のグラウンドにはいないため、後で八手にでも頼んで連れてきてもらおうと猿野は企む。ついでだから、女生徒と遊んでいるだろう桜花も呼んできてもらおう。
「何だべ?」
「もしかしてその手にあるのお土産とか言ったりする気?」
「変なもん寄越すなよ?」
「つーか、何でお前らはこれが土産だって決めつけてんだよ。…間違ってねぇけどさぁ」
 文句を言いつつ紙袋の中に手を突っ込んで、間違ってねぇならいいだろ、という御柳の言葉を聞きながら長方形の薄い箱を取り出す。
「俺からの土産じゃなくて親戚のおばさんからの土産っす。分けて食ってください」
 と、猿野が土産を屑桐に渡すと、横から御柳が覗き込む。箱の表面には達筆な文字が印刷されており、”最中”と書かれてあった。
「何だ。モナカかよ」
「ほう、さすがにさいちゅうとは読まなかったか」
「…もしかして俺の事すっげー馬鹿だと思ってねぇすか? 俺、結構テストの点いいんすよ?」
 普段の御柳の態度を考えればテストの成績は悪そうなものだが、そんな事はない。いつもテストの時には平均点を超えるほどの点を取っている。その代わり、授業態度が悪いため、教師からの評価は低いが。
「そうなんですよキャプテン。こいつ意外にもいい点取るんです。この間の実力テストなんか俺と同じくらいでしたからね」
 屑桐達が御柳の発言を疑っていた時、休憩時間になったらしい墨蓮が顔を見せた。後ろには帥仙もいる。
「おっす、すーさんコンビ。もうちょっとしたら八手さんに呼んできてもらおうと思ってたんだぜ。丁度良かった。土産に最中持ってきたから後でみんなで分けてくれな」
「うん。わざわざありがとな」
「ありがたくもらっとくぜ」
 律儀に礼を述べてから、墨蓮は話を戻した。
「それでですね、何が気に入らないって、真面目に授業受けてる俺と不真面目な御柳が同じくらいの成績っていうのが気に入らないんですよ」
 墨蓮は授業を抜けたりする事なく、毎日真面目に受け、コツコツと努力するタイプだ。それに引き替え、御柳は好き勝手過ごし、テスト前になって気紛れに勉強する程度である。
 両極端な二人なのに、成績は同じくらいだった。墨蓮が腹を立てるのも無理はない。
「俺のやま勘って良く当たるんだよな。運も実力の内ってやつ。墨蓮、悪く思うな」
 そう言いながら笑う御柳が小憎たらしい。テストの事に関して、御柳はここにいる全員を敵に回した。誰一人として口には出さないが、皆内心では、ムカツク、腹が立つ、などと思っていた。
「まぁ…あれだ。こいつはさ、性格悪ぃからテストの点くらい良くねぇと可哀想じゃん? 勘弁してやろうぜ」
 そう言われると、それもそうだ、という気持ちに誰もがなる。皆が皆、どことなく哀れみを感じさせる視線を御柳に向けるようになった。
「何か癪…」
 不満げな御柳の呟きは無視された。
「あ、そうそう。屑桐さんには俺からの土産があったんだった。忘れるとこだったぜ」
 御柳が何か言い出す前に、と猿野は左手に持っていたビニール袋を屑桐に押し付けた。
 中身は少し冷たい。
「何だこれは」
「いやぁ、屑桐さんっつったらやっぱこれだろーって思ってさ」
 ビニール袋から出された物には”くずきりもち”と書かれていた。
「うわぁ…屑さんのもちだべ」
「くずきりもち、ね。こりゃ屑桐の必需品じゃねぇか」
「お前…俺らがやりたくても出来なかった事を良くやった! 褒めてやんぜ!」
 屑桐からの反応はないが、他の者は喜んだ。自分もやりたかったが、屑桐の怒りが恐くて出来なかった、という所なのだろう。猿野の勇気ある行動に皆は拍手をし、万歳三唱をし、胴上げしてやりたい気分だった。
「──猿ガキ」
 その賑やかな雰囲気は、ようやく口を開いた屑桐の低い声によって一瞬にして消え去った。口を閉ざし、誰一人としてその場から動けないでいる。
 呼ばれた猿野は屑桐の声の威圧に体を小さく跳ね上げて硬直した後、ゆっくりと屑桐の方を向いた。
「返事をしろ」
「は、はい…何でございましょう屑桐様」
 平伏すらしそうな態度で聞くと、屑桐はくずきりもちを示しながら問い掛けた。
「貴様は俺を貶すためにこれを買ってきたのか。それとも好意で買ってきたのか。どっちだ?」
 猿野に向けられている視線は限りなく厳しい。視線で射殺さんばかりである。
(ここで”からかうためです”とか言ったら殺される…!)
 本能でそれを察知した猿野は無理矢理に笑みを浮かべた。
「や、やだなぁ、屑桐さん。そんなの好意からのものに決まってるじゃないすか。俺はそれを見るたびに屑桐さんの事を思い出してるんですよって事を是非とも教えたくてですね、それで買ってきたんですよ。はい。ええ、そうです。嘘偽りは一切ございません」
 この場面を時代劇で表すならば、罪人が代官の前に引き出され、裁かれている所だろう。それほどに厳粛な空気がここにはあった。
「そうか、俺への好意からか。ならいい」
 にやり、という擬音が当てはまりそうな不敵な笑みを浮かべた屑桐の目は、獲物を狙う狩人のようだった。
(恐っ)
 いつにない屑桐の威圧を身を以て知った猿野は、俺への好意、という屑桐の言葉を大変なものとして捉えた。
 十二支の者達と同じくらい、華武の者達と懇意にしている猿野は、彼らが自分を嫌っておらず、むしろ好意を持ってくれている事を知っている。その好意が、他の者よりも幾分か強めなのが屑桐と御柳だという事も分かっている。
(ちょっとやぶ蛇だったかもしんねぇ。虎の尾を踏んだ気分だぜ)
 今更何を思っても後の祭りである。屑桐は猿野の言葉に満足げだ。猿野にはその満足感がよく分かる。その場しのぎのもの、自分だけに向けられたものではないもの、そういうものであっても、気になる相手からのものであれば与えられるだけで嬉しいのだ。
(俺だって凪さんからのものなら何だって嬉しいからなぁ)
 どんなものでも、姿を見られるだけでも。
 そこまで考えた猿野は、屑桐の心理が分かるため、照れ臭くなった。自分が好かれていて、相手に影響を与えられる存在なのだと思うと妙に気恥ずかしい。
 誤魔化しがてら頭を掻いて、ここにいない人物を捜した。
 屑桐の纏う雰囲気は既にやわらいでいる。
「なぁ、桜花さんと監督は?」
 桜花はともかくとして、監督までいないというのはどうなのだろう。もっとも、十二支の羊谷はパチンコの新台が出るたびにいなくなるから、菖蒲にケチを付ける事など出来ないが。
「おやっさんなら遊びに行ってる気ー。でももうすぐ来ると思うよ。今日はこの後屑桐さんが投げ込み練習する気だから。そうですよね? 屑桐さん」
「ああ。投げ込み練習の時はキャッチャーが桜花でないと駄目なんでな」
「あー、そっか。そうだよな。あのガタイじゃねぇと投げ込みに耐えらんねぇよなぁ」
 と、感心している所で桜花がグラウンドに入ってきた。噂をすれば何とやら、である。狙っていたのではないかと思えるほどのタイミングの良さだ。
「おお、猿野か。来とったんじゃのぉ。今日は何じゃ?」
 巨体が迫ってくると迫力があるが、猿野は怯む事なく屑桐の手にある土産を示す。
「最中持ってきたんす。この時期になると親戚のおばさんがいっぱい持ってくるんすよ。で、痛まない内にーってなると、毎日それ食わなきゃなんなくて参ってましてー。だからお裾分け。最中地獄はもうごめんだし」
 既に猿野は胸やけがする量食べている。しばらくは最中という物体を見たくないと思うほどに胃の中へと流し込んであるのだ。それでもまだ残っている最中を処理するには、人に配るのが一番手っ取り早い。よって、華武の面々に白羽の矢が立ったのだ。ちなみに、十二支の方にはもう配り済みである。
「そりゃ大変じゃのぉ。わしは最中好きじゃけぇ喜んで食ってやるわい」
「そう言ってくれるとありがたいっす。つか、平等に分けて食ってくださいよ?」
「分かっとる分かっとる」
 とは言うものの、本当かどうか怪しいものだ。猿野は内心疑いつつ、屑桐に最中を分けるよう促した。
「あ、監督の分もちゃんと──」
「余の分はきちんと取ってある故心配はいらぬ」
「っ!?」
 人数分きっちり分けてもらおうと思って口を開いた矢先に出現した人物のせいで、猿野は心臓が止まるかと思った。声すら出ないほどに驚いてしまい、激しく脈打つ心臓部を抑えながら振り向くと、そこには見まがう事なく菖蒲がいた。今までは確かにいなかったのに。
「油断大敵よの」
 ほほほ、と声を上げて笑う菖蒲が不気味に見える。しかし、猿野は敢えて何も追求せずに平静を装い、引きつった笑顔で対応した。
「一本取られちゃいましたねー。…それより、監督の分もあるなら心配いらないっすね」
「……猿野…男の中の男だよ…」
 感服したように墨蓮はそっと猿野の肩に手を置いた。突然の事態にも騒がず、恐怖を振り切って対応した猿野の姿に、皆は感心と尊敬の念を抱いた。
「今ならアタイ、アンドロメダにだって行けそうな気がするわ」
 猿野こと明美はそう言って遠い目をした。
「猿ガキ、アンドロメダはどうでもいい。そんな事より、最中が二つ余る。これはお前が持って返るか?」
「最中はもういいです」
 一秒と置かずに返った返事で、余った最中の争奪戦があわやと始まりそうになったが、猿野の一言で行われなくなった。
「というかですね、それはうほさんにあげてくださいよ」
「……うほさん…?」
 一体それは誰なのか。屑桐にはそんな名前の人物の記憶はなかった。そもそも野球部員なのかどうかさえも謎である。
 首を傾げる屑桐の横で、帥仙がはっとする。
「まさかとは思うけどよ、四方木の事か?」
 野球部員で猿野がうほさんと呼ぶとしたら、この人物としか考えられなかった。四方木が時折、うほ、という声を上げるからだ。
「そうそう! 確かそんな名前! 練習試合の時にファーストにいたうほさん、そういえばそんな名前だったわ。何かうほさんってクロスカントリーの時に危うくペア組みそうになったゴリラみたいな親しさを感じるんだよな」
「クロスカントリー? ゴリラ? 何の事だべ?」
「…うん、まぁ十二支の練習にも色々あるっつー事よ。気にするな。で、話戻すけど、その余った二つはうほさんにやっといてくれな」
「ああ…うん、じゃあ俺が渡しとくよ」
 と、墨蓮が余った二つの最中を受け取った所で、猿野の家に持ってこられた最中は全て処理された事になった。これでやっと猿野は最中から解放されたのである。
「よし! これで俺はもう憂いなく過ごせる! つー訳で、目的も果たした事だし、俺は帰る」
「あ? もう帰んの? まだいいっしょ」
「それがな、今日はちょっと用事があんだわ。また来っからそん時に相手してくれや」
「残念じゃわい。次はもっとゆっくり話せるといいのう」
「余は次はまともに姿を見せるからの」
「…是非そうしてください…」
 心の底から頼んだ猿野は、それじゃ、と言って、軽く会釈して帰っていった。
 その後、猿野から、と最中を渡された四方木は、猿野に感謝すると共に頬を染めたとか染めなかったとか。


「おーおー、俺ってば人気者だなぁおい」
 数日後の猿野の部屋にはいくつもの頂き物があった。折り紙やガムといった、明らかに人物を特定出来る物もあれば、お菓子やジュースもある。もう食べてしまったけれど、アイスもあった。それらは全て最中のお礼としてもらった物だ。律儀にも彼らは全員がお礼返しをしたのである。
「基本的にいい奴らなんだよなー。そういう奴らに好かれる俺はもうスーパースターだな!」
 などと言いながら猿野は照れていた。律儀にお返しをしてくれる事が彼らに好かれている証拠だと思うと、どうしても顔が緩む。不愉快を感じない好意は与えられると嬉しい。
(今度はあいつらと遊びに行きてぇなぁ。んで、あの監督の仮面をひっぺがそう)
 楽しげに計画を進める猿野がまた華武を訪れたのは数日後の事。その日の部活は、猿野と遊ぶために早めに切り上げられたという。


END






 相互の記念品としてみなみさんに捧げますv
 「華武猿で、皆に愛でられてる猿野」というリクエストでしたが…どの辺が華武猿?(聞くな)
 とりあえず華武キャラが出てきて仲良くしてるだけのような気がしますが、私の書く華武猿はこういうものなのだという事にしておいてくださいv
 争奪戦とかやってみようと思ったんですけど、無理でした(あいたた)。
 啀み合う関係を書くより、仲良しほのぼのな話を書く方が好きだという思考が働いて、「お前に猿野は渡さないぜ、バーニング!」(漫画違う)という話が浮かばなかったんですー。
 みなみさん、このようなコメントし辛く何とも言えない話でよろしければお受け取りくださいv
 相互リンクありがとうございます! これからよろしくお願いしますv

相互にこのような素敵なものをいただいうちゃいました!!
もう、なんというか、素敵すぎて言葉が!!
仲良しOK、それがすえさんの持ち味です!!よいところです!!
私もすえさんの仲良しほのぼの大好きなので、もう、素敵すぎですよv
でも、一番のお気に入りポイントが監督の登場シーンて間違ってますかね?(笑)「油断大敵よの」の言葉にときめきました(爆)
そして、私もずっと思っていたくずきりもち!うわぁ。素敵だ。ナイスです、すえさん!!もう、一生付いていきます!!(迷惑)
すーさんコンビまでいるし、いたれりつくせりで幸せでしたv
本当に、こんな素敵な作品、どうもありがとでしたvv



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送