教えましょう。
sweet cooking!
「と、言うわけで」
天国を横に従え、凪はにこやかに笑った。
「猿野さんが教えてくれますので皆さん気合入れて作りましょうねv」
「ってちょっと待て凪!ソイツが教えるのか?!」
何故か真っ赤になったもみじが凪の横に立つ天国を指差して叫ぶ。
「昨日言ってた『先生』って…」
檜が猫神様をぎゅ、と抱きながら凪を見つめた。
「はい。猿野さんのことです」
にこやかに、凪はそう返した。
昨日の凪曰く。
『明日は私よりもお料理上手な先生もお呼びしますので失敗はないと思ってくれていいです。皆さん安心してくださいねv』
だそうだ。
本日2月13日。
偶々部活のなくなった、放課後の家庭科室にて。
『第一回 鳥居凪主催、猿野天国による野球部女マネ限定バレンタインチョコ作り教室』
が開催されたのだった。
「あ、グラニュー糖は何回かに分けて入れてくださいね」
「こう?」
「そうです。ちょっとした事に手間かけると仕上がりキレイにいきますよ」
「猿野ー!ちょっと来て!」
「はいはい」
作るものによって分かれた班の合間をアドバイスなどしながら回る天国の姿を眺めつつ、もみじはチョコを湯銭にかける手を止めてぼそりと呟いた。
「…先輩たち順応してるし」
「最後だから気合入ってるかも…」
「にしても猿野が料理上手なんて思いもしなかったぜ」
「凪…いつの間に知ったの?」
そう言って凪を見る2人に凪は微笑んで。
「本当に偶然なんですよ。図書館の料理コーナーでばったり会ってしまって…」
夕飯の献立決める為に見てたそうです。
その答えにもみじと檜は再び天国に視線を戻して。
「意外な特技だ」
「…でも料理できる男の人っていい…かも…」
そんな檜の発言にもみじは思わず檜を見つめて。
「…なに?」
「…いや、何でも」
そんな2人に凪は笑って。
「さあ、私たちも進めましょう!」
「そっちはどうですか?凪さん」
「はい。順調ですよv」
と、凪が答えた途端。
「あっつ」
隣で聞こえた声に振り向けば。
「あ、バカ」
天国は熱くなった天板を触ってしまったらしいもみじの手を素早くとると、各机備え付けの水道の蛇口を思いっきり捻って冷水にその手を突っ込ませた。
「冷てぇっ」
「いいから大人しく冷やしてろ。用心に越した事はないんだからな」
痕にでもなったら困るだろ。
有無を言わせぬ口調にもみじは黙り込んで。そんなもみじに天国はふわりと微笑んだ。
「そのまま大人しく冷やしとけよ」
不意打ちの笑みに真っ赤になったもみじが口をパクパクさせて。
またそこが教室の端で教室内の全員が全員天国の表情を見れる場所で。
よくよく見れば唖然と、そしてどこか陶酔とした表情の女マネ軍団。
「ん?」
一瞬時の止まった感覚に天国が教室内を見回せばハッとしたように行動を再開して。
ただし顔はうっすら赤く染めたまま。
人知れず天国の口が笑みの形になった事に気付いたのは直ぐ傍に居てその顔を見上げていた凪ただ一人。
「罪な人」
「何のことっすか?凪さん」
にこりと笑い合ったまま交わす会話は誰にも聞かれる事はなく。
「そっちあとコーティングだけみたいですね。オレ3年の先輩たちのとこ行って来ますね」
何事もなかったように天国はその場を去り、凪も何事もなかったようにもみじと檜に声をかける。
「もみじちゃんはそのままもう暫く水に浸けておいて下さいね。檜ちゃんは私と仕上げに入りましょう」
「ああ、ゴメンな」
「うん。わかったかも…」
そろそろ皆さん仕上げ段階。
「出来た!」
誰かの一言を区切りにそこかしこで完成を知らせる声があがる。
「お疲れ様です。皆さん失敗もなくできたみたいで…。猿野さんを呼んで正解でしたね」
凪はそう言って天国に向けてにこりと笑う。
「お役に立ちましたかね」
そんな天国の言葉に主に3年の女マネからはアタリマエだろ!との声。
「サンキュー、猿野!ホラ、うちらこれで高校生活最後のバレンタインだしさ。気合入れたかったわけよ」
そう言って笑う鶫を筆頭に次々感謝を述べられて。
「じゃあ家帰ってもう一回作って本番に備えて下さいね。自力で作った物の方が相手も喜びますよ」
天国がそう言えば。
「…だそうなので皆さん頑張って下さい」
妙な間に天国は訝しげな表情で。
「じゃあ、これで終わりにしましょうか。猿野さん、わざわざありがとうございます」
「いえ。どうせ暇ですから」
本当に家に帰ってから作るのか不安に思いつつ、天国はチョコの匂いの立ち込めた家庭科室を後にした。
翌日2月14日バレンタインデー当日。
野球部部室の自分のロッカーを開けた天国が雪崩れ落ちるチョコの山に一瞬固まり、それ以上にその光景に絶句して石化してしまった部員(主に動物の名のつくレギュラー陣)を尻目にその明らかに凝ったラッピングとそれぞれ律儀に書かれた差出人の名前に一人クックックッと笑って。
「どうもありがとうございます女マネの皆さん」
そう、小さく呟いた。
結局前日に習って作った物が渡したい相手に渡り、
あれから家に帰って自力で作った力作は、すべて『先生』のロッカーの中。
それらすべて心の篭った授業料+…
「き、昨日の礼だからな!」
もみじはそう言って天国の手に案外可愛くラッピングされたものを押し込み。
「ほんの気持ち…なの」
檜は猫神様の手と一緒にふわふわした布で包まれたそれを渡し。
「昨日はどうも有り難う御座いました。お口に合うといいのですけど…」
凪は自然に可愛くかつシンプルに包装してある箱を渡す。
「…ドーモ」
手の中に3つの贈り物を抱えて天国は苦笑う。
朝の、部活動中の出来事。
ロッカー事件以降予想だにしない出来事に部員一同崩れかけ。
そんな野球部を少し離れた所で見ていた沢松が笑いをこらえるのに必死だったことに気付いたのは鬼ダチである天国と傍観者の監督と渡した張本人の女マネ軍団だけで。
Happy Valentine.
心の篭ったチョコの作り方教えますv
END
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