オルゴール
乱世籐馬
思い出していた。
「さよなら望ちゃん!」
「普賢!!」
自分自身の叫び声も、あふれる閃光と爆音に消され、誰の耳にも届かなかった。
そして今太公望は、金鰲と崑崙の落下地点に立っている。
数年前の、崑崙。
「乙ちゃん。ちょっと相談があるんだけど」
「あれ、普賢?珍しいね、君が相談なんて」
乾元山。普賢は、同じ十二仙の太乙真人のもとに相談に来ていた。
「あのね、乙ちゃんに造って欲しいものがあるんだ。宝貝造りの、その腕を見込んで、さ」
「私の腕を見込んで?どんなものなんだい?」
そういう太乙の机に、普賢は紙を数枚並べた。設計図のようだ。箱状のものが描かれている。
「・・・これは・・・?」
「どれがいいと思う?」
どれがいいといわれても、と太乙は困り果てた。なにを作るのかもわからないのに。
「あ、ごめん。説明してなかったね」
にっこり笑って太乙に耳打ちする。次第に納得してきた太乙は、うんうんとうなずいた。
「うん、わかったよ普賢。で、どんなのにしたらいいんだい?」
「・・・君の九竜神火罩くらい強化してくれると助かるんだけど」
外観は木彫り、絵柄はこんなの、と普賢は次々と矢継ぎ早に太乙に指示する。
「え〜と・・・」
「いいよ、僕が描く。乙ちゃん、絵心ないみたいだから」
普賢はいつも、笑顔で人の気にしていることを言う。そこが普賢だから許せるのであるが。
「こんなのも入れてくれると、もっといいんだけど・・・出来る?」
上目遣いで見上げられた太乙は、思わずうっとうなった。
(か・・・かわいい・・・?)
普賢はもともときゃしゃ華奢で、優しそうな顔つきをしているため、十二仙が酔っ払うと迷惑ながら的となる。
いつもいつも女装をさせられたり、化粧をさせられたり。最近は普賢も場の雰囲気を読み取り、逃げ出すようになっていた(成功したためしはほとんどない)。
だから、こんな風にすまなそうに上目遣いで見上げられると、同じ男でも(かわいい・・・)とか思ってしまうのだ。
「出来ると思うけど。ま、僕の腕にかかればこんなもの・・・」
自慢話を始めようとした太乙を、普賢がさえぎる。
「乙ちゃん、これ、造れる?」
ぱら、と差し出されたその紙をみて、太乙は思わずかたまった。
「い・・・乙ちゃん?」
普賢に声をかけられて、やっと我に返った。
「造ったことはないけど・・・出来ると思う・・・」
「本当!?よかった〜」
ほんわかと、心底うれしそうに微笑う普賢をみて太乙は思った。
(造る、といってよかった・・・)
「僕も出来るかぎりのことは手伝うよ。ほら、僕、器用だから」
うん、と太乙はうなずいた。
「太公望」
声をかけられ、太公望は振り向いた。太乙がそこにいた。
「こんなトコでボーっとして、なにを考えていたの?」
その口調が少し普賢に似ていて、太公望は不覚にも涙を流しそうになった。慌ててそっぽを向く。
「おぬしこそどうしてこんなところにいる?」
「散歩だよ」
きっと背後で相手は微笑んでいるだろうと思いながら、太公望は後ろを振り返った。太乙は手を差し伸べていた。箱が乗っている。
「・・・・・・」
「君にだよ」
つぶやくように言う太乙は、少し淋しそうだった。太公望は受け取ろうとしない。
「・・・・・・普賢からだよ」
びくん、と太公望が反応した。太乙の手に乗っている、木彫りの木箱。フタには桃の花が彫ってある。淡い、春の雰囲気をかもし出す。
「・・・普賢・・・から・・・?」
言われてみると、フタの絵柄は普賢と雰囲気が似ている。それでも太公望は受け取ろうとしない。普賢がどのような意思で、自分にこれを渡そうとしたかが読めなかったからだ。
「・・・数年前に、私と普賢と二人で作ったんだ。九竜神火罩並、仙界最硬の硬さにしておいてよかったよ。傷ひとつついてない」
淋しそうに太乙が言う。十二仙がみんな生きていた頃のことを思い出しているのだろう。
「『君が望ちゃんに渡してもいいと思ったときに渡して』ってさ。そのときは自分で渡したほうがいいんじゃないかな、と思ったんだけど・・・まさかこんなことになるとはね・・・」
太乙は片手で目元をぬぐった。太公望は、少し背の高い太乙を見つめる。
「普賢は、全部、わかってたのかなぁ・・・十二仙が死ぬってこと、自分が死ぬってこと・・・そして・・・」
太乙は声を詰まらせた。太公望の中で、さまざまな思い出がよみがえる。
『僕は、普賢って言うんだ』
『望ちゃん・・・』
『心の奥に、ぎらぎらした刃があるもの・・・』
『争い事は嫌いなんだ』
『話し合いで解決できないかな?』
『僕だって崑崙十二仙なんだよ』
そして
『さよなら望ちゃん!!』
しばらく、ふたりは黙ったままだった。太乙の涙が止まるのを待ち、太公望は箱を手に取った。
「太公望・・・」
フタを開ける。頑丈そうに見えたフタは、意外と軽かった。太乙が苦労して、頑丈で、それでいて軽いフタに・・・箱にしたのだろう。
「あ・・・」
ホログラフィー立体映像が現れた。河が流れている。木がある。草が生えている。そして・・・
「・・・普賢・・・?」
「となりには、君・・・。思い出さないかい?」
思い出す、そのときの光景。元始天尊の黄巾力士を奪い、人間界に降りた、あの頃。あの頃と同じように、自分は釣り針を垂れ、横には普賢がいる。河で泳ぐ魚も、流れる雲も、水の中に見える釣り針も、忠実に再現されている。
少しずつ、雲は動いている。魚は、あの時と同じスピードで泳いでいる。釣り針も、あるかなしかに揺れている。
太乙はこれを造るのに、ずいぶんと神経をすり減らしたことだろう。
そして流れる、懐かしい音楽。
「・・・・・・・・・」
「君が1番好きな唄だって、普賢が言ってたよ」
普賢が口ずさんでいた、この唄。よく耳にする音楽を気にかけ、普賢に尋ねたことがある。
『普賢、その唄はなんだ?』
『憶えやすいから、望ちゃんにも教えてあげるね』
それから必死で憶え、いい唄だと思うようになった。普賢だけが知っていた、太公望の好きな唄。
「・・・いい唄だね」
「ああ・・・・・・」
太乙の言葉にも反応を示さず、珍しいものを見つけた子供のように太公望はオルゴールに夢中になっていた。
流れ出す音楽がゆっくりになったとき、太公望はやっと口を開いた。
「太乙、ネジはどこだ?」
「後ろだよ」
そうか、と太公望は言う。目元には少し、涙が光っていた。無理して作ったような笑顔を太乙に向ける。
「・・・・・・そろそろ、帰るか・・・?」
うん、と太乙はうなずいた。また速くなった音楽を追いかけるように、太公望は歩き出す。
オルゴールの音が、はかなげに、悲しげに、せつなげに響いていた。
Fin
雑談〜
どぉも、乱世藤馬です。プロフィールでありみしゃんが太公望師叔好きだということを知り、急いで送りました。
ずっと前に書いた太公望&普賢+太乙です。お気に召すと幸いです。
ありみです〜。どうもですvありみの大大大好きな望ちゃんの小説で、しかも、とってもせつなくて胸が苦しくな
るような素敵な小説で、読みながら乱舞してました!!もう、ありがたいです〜VvありがとーVv
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