目覚めの時









「…悟…空…、…悟空!!」



遠くから俺を呼ぶような声がした。

何処からだろう?

俺は辺りを見回してみた。

けれど、誰の姿も見当たらない。

??



「おかしいな〜。気のせいかな?」



一応、もう一度、用心深く辺りを見回してみたが、やっぱり周りには人っ子一人いない。

在るのは辺り一面の花、そして鳥達だけだった。

目には見慣れた風景しか映らない。



「やっぱ、気のせいだよな。うん。」



気がかりだったけど、気のせいだって自分に言い聞かせて納得しようとした。

けれど、どこか心の底ではどうしてか納得できなかった。



「う〜ん?なんか、あの声…。知っているような気がしたんだけどなぁ〜。」



ずっと聞いていたいような心地よい声で、それでいてどこか懐かしい声で…。

聞いているとなんだか変な感じになる。

胸が苦しい。



「あれ?俺、なんでそう思ったんだろう。ずっと此処には一人で居るのに…。」



そう、此処には俺一人しか居ない。

ずっと、ずっと前から…。

いつなのか解らないぐらいずっと前からそれは変わらない真実。

気づいたら自分はここにいた。

何故、自分がここにいるのかさえ自分には解らなかった。

解っていたのは、自分の名前が「孫悟空」ということだけ。

そして知ったのは、ここには自分以外は誰もいないということ。

でも、独りが寂しいなんて感じたことなんかなかった。

だって、気づいたときには俺は独りだったから。

「誰かと一緒は楽しい」を体験したことがなければ、独りが「寂しい」なんて感情は持てないから。

それに、此処は自然がいっぱいで心地よかった。

自分を優しく包み込んでくれるような、そんな気持ちになるようなところだった。

自然は俺に優しい。

決して傷つけないから…。

俺は思いっきり芝生に寝ころんだ。

草の青い臭いと暖かな日差しが心地よい。

そんなこと思いながらごろごろと転がったりしてた。

ぐ〜〜

急に大きな音を立ててお腹がなった。



「お腹が空いたな〜。」



そういえば、今日はまだ何も食べ物を口にしてはいなかったのだ。

なんか、お腹が空いてちょっと切ないかも…。

そんなことをちょっと考えていたら、段々そんな気分になってきた。

これは身を持って体験している事実だから解る。

これが「切ない」んだって。

さっきの「声」を聞いたときに感じたのと、なんだか、似ているような、似てないような変な気持ち。



じゃぁ、さっきのって「切ない」ってものだったのかな?

…。

自分にしてはこれまでに無いというぐらいに真剣に考えたのだが、いくら考えても解らないものは解らなかった。

第一、 悟空にはずっと悩み続けるなどという集中力などというものは持ち合わせていなかった。

悩むのはすぐに止めてお腹を満たしに行ったのだった。








「起きろ、悟空。」



寝ている自分を起こそうとする声が聞こえる。

その声はこの前に聞こえた「声」ととてもよく似た声だった。

眠たい目を擦りながら悟空は声の聞こえた方向に必死に目を凝らした。



「誰?」



悟空は自分を起こした声の持ち主の姿をじっと見つめた。

自分に悲しげで、それでいてどことなく嬉しそうな表情で俺を見つめるその人は金色に輝く太陽なみたいな髪の持ち主だった。

夜なのに月の光と比べたって劣らないぐらい綺麗な髪だなぁって思った。

いつもだったら警戒したりするのに、何故かこの人の前では少しもそんな気にならなかった。

何故だか解らないけれど、この人に会えたということが心の底から嬉しかったのだ。



「この前、俺を呼んだ声っておじさん?」



聞いてみたら、その人はほんの少しだけ懐かしそうな表情をしたように見えた。

でも、そんなことを微塵にも感じさせないような、不機嫌そうな感じでその人は言った。


「違う。」


何が違うのかは解らなかった。

よっぽど困った顔をしていたのだろうか、その人は解りやすいように補足して再度言った。



「お前を呼んだのは俺じゃねぇ。」



じゃぁ誰?て聞こうと思ったけど言葉が出なかった。

なんだか聞いてはダメなような気がした。



「それは、お前を待つ者の声だ。そして、お前の大切な者の声でもある。」



まさかと思った。

だって、俺はずっと此処にいたのだから。

誰にも会ったことなんてなかった。

そう、今、この時まで。



「俺はそんな人知らない。だって、俺はずっと独りだったから。」



俺はその人の目をじっと見つめるとその人はちょっと困ったような顔をした。

だって、本当なんだからしかたがない。

でも…



「…でも、どうしてか解んないけど、あの「声」やおじさんは懐かしいような気がする…。」



悟空のその言葉が言い終わると同時に、突如、辺りに光が充満した。

その眩しさに目を開いていられなくなって、悟空は堅く目を瞑った。

だが、不思議と懐かしい光だった。

光が収まって、目をそっと開いてみると、目の前には小さな星があった。



「やっと、やっと見つかった。」



その人はその小さな星を大切そうに抱きしめ囁き、俺に言った。



「これは、記憶の欠片だ。悟空、お前の記憶の欠片だ。」

「俺の…、記憶の、欠片?」

「そうだ。ここは、お前の心の世界。お前はこれを無くしたが為に記憶を失い、帰れなくなったんだ。」



そう言って、悟空に小さな星を手渡した。

そっと悟空がその星に触れた瞬間、霧散して消え、それと同時に何かに暖かくて優しいものに満たされたような気持ちに包まれた。

目まぐるしく、忘れていた過去の記憶が蘇ってくる。



「っ…。」



涙が溢れ出てきた。



「俺、バカだ…。こんな大切な人や事ばっか忘れるなんて…。」



必死に流れ落ちる涙をぬぐった。

泣いてる場合じゃない。

あの人にお礼を言わなきゃいけないのだ。



「ありがと。忘れててゴメンな。」



この人を前にすると、懐かしい感情でいっぱいになって、また泣きそうになった。



「これは俺の心の中で、本物じゃないってことなんだろうけど。俺は、俺はこんな形でも会えて嬉しかったからな。」

「迷惑かけんじゃねぇよ。」



少し、少しだけ嬉しそうな顔をして、それから、昔みたいに不機嫌そうに言った。

昔に戻ったみたいで嬉しかった。



「もう、戻れ。」



記憶が戻った以上、ここには長くはいられない。

でも、別れたくなかった。

自分には大切な、大切な太陽みたいに導いてくれる人だった。



「お前の大切な者が待ってるだろうが。早く行け!」



そうだった。

大切な者が待ってる。

そう思った瞬間、手足から消えていく。

自分が現実に戻ろうとしていくのが解った。



「俺、忘れないから!」



だが、あの人は首をゆっくりと振った。



「いや、ここでのことは忘れるだろう。そういう風になってる。」



っつ…。

ここに止まろうとするが、もう無理だった。

止める術もなく段々体が消えていく。

「大好きだから!また、会えるって信じてるからな!」

全て消え去ると同時に、最後の言葉がこの世界に響いた。



「…金蝉!」



と…。

そして、この言葉を聞き取ると同時に、彼、金蝉も消えていった。

誰にも見せないような、笑顔と共に…。








「んっ…。」



目が覚めると、自分を心配そうに見つめている八戒の姿があった。



「悟空!気がついたんですね!」

「…はっ…かい?」



ホッとする表情が窺える。



「俺、どうかしてたの?」

「ずっと目覚めなかったんですよ。どんなに起こそうとしても反応がなかったんです。」

「へっ?そうなの?」



自分には全然記憶がない。

本人に自覚がないようだったが、「一応、病人ですから。」と八戒にベッドに寝かされた。



「よっ!やっとお目覚めか〜?」



ごろごろ寝転がってると悟浄がやってきた。

どう見ても1人である。

キョロキョロと見渡してもやっぱり見あたらない。



「三蔵は?」



八戒に聞いてみると、笑いながら「顔を洗いに。」とだけ教えてくれた。

いつもだったら起きている時間なのにおかしいなと思っていたら、悟浄が「奴でも寝れないつーこともあるんだな。弱み握ったぜ!!」なんて言って腹を抱えて笑っていた。

なんで可笑しいのだろうと聞こうとした瞬間。

ガウン ガウン ガウン

銃声が響き渡った。

狙い手はもちろん三蔵であり、獲物はもちろん悟浄である。



「てめぇの笑い声が廊下まで響いてうるせぇんだよ!黙れ、このクソ河童!!」



「怖えぇ〜。」と言いながら手を上げて降参のポーズをとった。

「ふんっ。」と言いながら、大人しくなった悟浄を後目に悟空の所まで来た。



「起きるのが遅せぇんだよ!」



スパァパァーン!!

必殺の武器、ハリセンの豪快な音が鳴り響く。



「痛ったぁ〜。」



涙目になりつつ頭を抱える。



「三蔵、何すんだよ!!」

「俺様より、多く寝るなんて一億万年早ぇんだよ!」



いつもと変わらない日常が此処にはあった。

何故か涙が出てきた。



「悟空、どうかしたんですか?」



泣いている理由が周りには解らず、困った顔つきになる。



「解んない。でも、何故か涙が止まんない。」



三蔵がポンと頭を軽く叩いた。

それだけの動作でなんだか落ち着いてきたような気がした。



「お腹すいたでしょ?何か台所でも借りて作ってきますね。」



八戒は「悟浄はお手伝いをお願いしますね。」と言って、悟浄を引き連れて出ていった。

足跡が遠くなるのを聞き届けてから、三蔵は悟空を強引に眠らせた。



「少し寝ろ。スッキリするかもしれん。ただし、起きろよ!」



そう言う三蔵の目の下にはうっすらと隈ができていた。

もしかして、寝ないでずっとそばにいてくれたのだろうか?



「絶対に起きるから大丈夫。なんたって、八戒の手料理が待ってるしな!」



嬉しそうに笑ってそう言った。

料理の為にってところが妙に説得力があって安心できる。



「お休み〜。」



そう言って、さっそく悟空は寝にかかった。








さっき、目が覚めたとき、悲しかったけれど、嬉しくもあった。

次は、どんな気持ちで目覚めるのだろう?

気持ちがよい目覚めがいいと思う。

いい夢が見れたらそうなるだろうか?

羊を一生懸命に数えながら悟空は眠っていった。

太陽の夢が見たい。

眩しいぐらいの美しい太陽の夢を…。














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