乾いた風







悔やんでも悔やみきれないことが何度もあった。

ずっとずっと天化は自分を責め続けていた。



「どうして俺っちはあの時…。」



漆黒の夜空に星が競うように煌めいているなかに天化は独りポツンとたたずんでいた。

誰にも側に居て欲しくなかった。



「また…、また俺っちは守れなかった…。」



その言葉を呟いたかぎり天化は一言も喋らなかった。

長い長い沈黙が辺りを襲う。

冷たい風が髪をなびかせるだけだった…。

天化は自分の手をぼーっと見つめた。

修行に明け暮れる毎日のおかげて手の皮がずいぶん厚くなっている。

努力の成果が現れている手とも言える。

だが、生きるために幾度となく血に濡れた手…。



「…俺っちの手もずいぶん変わったさ。」



ようやくその一言を呟いた。

手一つ見るだけでさまざまな光景を思いださせた。

お袋に手を引かれよく散歩したこと。

親父と手の大きさをくらべっこしたりしたこと。

朝歌での幸せだった日々が…。

だが、もう元には戻れない。

お袋も叔母も強くて憧れだった親父も死んでしまったのだから。

そして師匠も…。

怖かった。

ただひたすら恐怖した。



「何故、俺っちの大切な人ばかりが…。」



大切な人の元を少し離れているだけで、その人たちはどんどん消えていく。



「俺っちは…あと、あとどれくらい大切なものを無くせばいいんだ…。」



仙人になると決めた以上、老いというもので別れるということは覚悟していた。



「けれど…、こんな…こんな別れは予想してなかったさ…。」



震える声でなんとか言葉を紡ぎ終えたと同時に涙が流れた。

今まで流したくても流せなかった涙…。

独りになって初めて流すことが出来た。

天化はそっと自分の顔に触れた。

手が涙に触れた。



「涙がでてるさ…。」



今までは我慢できていただけ、ポロポロと止まらない涙が新鮮な感じだった。

何年も流すことがなかった涙。

多くの大切なものとの引き替えに得た涙だった。

必死にその涙を止めようとしたが無駄だった。



「俺っちはこんなものが欲しくなかったさ…。」



守りたかったのに守りきれなかったことが見せつけられるようで嫌だった。

自分の無能さを嫌でも実感してしまう。

クッ…。

天化は血がにじむほど手を強く握った。

痛くなどなかった。

痛いのは心だった。

大切な誰かが失うことによって痛む自分のココロ。



「何のために…、何のために俺っちは強くなったんだ!」



さらに手に力を入れようとした。

手のことなんかどうでも良かった。

生きることさえ止めたかった。

その時だった…。

ざわっ。

一陣の乾いた風が天化に向かって吹いた。

まるで天化が自分自身を傷つけるのを止めるように。

そして、彼の止まることを知らない涙を止め、乾かすように…。

優しく、暖かい包み込むような風。



「みんな…?」



天化は風に乗って失った大切な人たちの声を聞いたような気がした。



「…生きろって、生きろって言いたかったさ?」



あれだけ止めようとして止められなかった涙が止まって、もう乾いていた。

もう自分を傷つける気など無くなっていた…。



「天化兄ちゃ〜ん!!」



遠くから天祥の声が聞こえた。

天化の姿が見えなくなって淋しくなったのだろう…。



「そうだった…。俺っちにはまだ大切なものがあったさ。」



天祥の声がした方に体を向けた。

ざわっ。

また風が吹いた。

今度は背中を押すように…。



「大丈夫さ。」



天化は風に向かって囁いた。

みんなにこの言葉が届くことを祈って。

一歩、一歩と歩きだす。

もう立ち止まることのないように地を踏みしめながら。











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