月光












漆黒の空に浮かぶ月

貴方は月の光を浴びる

それは幻想のように美しい光景

そして前だけを見続けようとする君の眼差しは

貫き通すと決めた僕の決心を揺らがす

花喃、許してくれますか?

貴方に誓った約束を破ることを

僕は新しく守りたいものを見つけてしまったんだ

この月光のように僕の闇を照らす君のことを…












今夜は雲一つない夜空だ。

漆黒の空を月がぼんやりと照らしている。

そして星々はそれと競うように夜空に瞬いていた。



今夜、三蔵達一行はある村の宿で夜を過ごすことになった。

個室のせいか、かすかに聞こえてくる寝息以外は静かなものである。

八戒は何度も寝ようと試みたが寝ることが出来なかった。

窓からは月光が差し込んでくる。

その光を受けながら、八戒は目を閉じた。

瞼に焼き付いたように八百鼡の姿が離れない。

その姿は月光が僕に安らぎを与えてくれるように何故かホッとする。

八戒は夜空に孤高に輝く月を見つめながら呟いた。




「貴方のことを好きに、いや、愛してしまったのだろうか。」




呟いた瞬間、脳裏に花喃の姿が鮮やかに蘇った。

僕を見つめる優しく、甘い眼差し。

そして、僕と花喃の人生をも変えたあの悲劇が。

守れなかった大切な人。

この手が血で染まろうともかまわなかったのに…。




「こんな僕を許して貰えないでしょうね。」




分かっていたはずだったのに。

もう誰かを愛することなんて許されないってことは…。




「なのに、私の心は貴方に捕らわれたままだ…。」




八戒は苦笑いをしたあと、ぼんやりと月を眺めながら寝転がっていた八戒はふと、ベッドから起きあがった。

折角の綺麗な夜空なのにこのまま寝てしまうのは勿体ないような気がしたのだ。




「散歩もたまには良いかもしれませんね。」




八戒は月に導かれるままに外へ向かった。












そのころ、八百鼡は夜空を見上げていた。

思い浮かべるのは八戒のことである。

顔を思い浮かべるだけで胸が苦しくなる。




「あの人のことを好きになってしまったのかしら。」




自分に自問するが答えが返ってはこない。

ふうっ…。

何度も口から溜め息がこぼれる。




「紅亥児さまに、あの御方に一生付いていくって決めたのに…。」




自分の意志はそれほど強くなかったのだろうか?

あの時、紅亥児様に助けられた時、私は命さえ厭わないと決めたというのに。

なのに、今私の頭の中はあの人のことでいっぱいだ…。

相手は倒すべき敵であるというのに。

八百鼡は悲しくなってきた。

諦めなかければいけないのに…。

こんな想いを持っていてはいけないのに…。

それでも、あの人のことが気になる。

やはり恋なのかもしれない。

そう考えた瞬間、涙が出そうになる。

あの人は敵だから…。




「こんな顔をみんなの前に見せることは出来ないわね。」




少し、頭でも冷やそうかと思い八百鼡は森の中に足を進めた。









八百鼡は月明かりだけを頼りに気の向くまま歩いていた。

ただの時間つぶしなのだから。

すると、向こうから誰かの気配がした。

見知った、自分の心の中を占める愛おしい人の。

分かった瞬間、さっきまでの自分の迷いなど吹き飛んでいて、知らぬ間にいつものように声を掛けていた。




「今晩和。月が美しく見える夜ですね。」




八戒は驚いたように目を見張っている。




「八百鼡さん?!」




八戒が驚くのも無理はなかった。

夢かと…。

想いすぎて、自分は夢を見ているのかと思ったのだ。




「夢、じゃないんですよね?」

「はい。本物の私です。」




八戒の目の前にはいつもと変わらない八百鼡がいた。

そう、笑顔の似合う彼女が…。

八百鼡はいつもと違う八戒に気づいた。




「どうか、なさったんですか?」

「えっ?」

「いつもより、思い悩んだ顔をしていますけど…。」




見破られるとは思わなかった。

それも、会った回数の少ない八百鼡にである。




「ばれちゃいましたか。分かんないと思ったんですけどねぇ。」




少し困ったように八戒は笑った。

八百鼡は自分を静かにじっと見つめていた。

それに気づき、八戒は覚悟を決めた。




「今日は色々と考えさせられる一日ですね…。八百鼡さん。僕にはとても大切な人がいたんです。」

「いた、ですか?」

「はい。花喃…いえ、彼女は僕の目の前で死にましたから。」

「えっ…。」




八百鼡は少しホッとしている自分が居ることに気づいた。

そして、こんな自分が醜いと思った。

“彼は不幸なのに、彼女が死んだことを喜んでいる自分がいる”

自分はそんな残酷な者ではなかったはずなのに…。




「僕は、彼女のためなら自分の手が血で染まろうとも構わなかったのに、守れなかった…。守れなかったんです…。」




八戒は下を向いたまま微かに肩を震わせていた。

それを見た八百鼡は彼女が羨ましいと思った。

彼女はずっと彼の心に刻みつけられていて決して忘れられないだろうから。

私には今、彼を慰めることしか出来ないから…。




「泣かないでください。きっと彼女はそんなこと望んではいなかったと思います。貴方が自分の手を血だらけにしてまで助けて欲しいなどと…。」




そんな八百鼡の言葉に八戒は顔を上げた。

すると、八百鼡と夜空の月光が重なって見えた。

夜空を照らす月の月光を浴びながら微笑む八百鼡は八戒の目には自分の持つ闇を照らす月の女神のように映った。


“綺麗だ”


そう思った瞬間八戒は胸の鼓動が段々速くなっていくのを感じた。

だが、彼女を愛することは花喃を裏切ることになる…。




「私は彼女を二度裏切るのでしょうね。とても許してくれそうにもないです。」




八戒は虚空を見つめ呟くように言った。

その言葉の意味が八百鼡には分からなかった。

八戒は視線を八百鼡に戻すと、おもむろに八百鼡の髪を掴みキスをした。




「えっ…。」




突然の八戒の奇怪な行動に八百鼡の口から驚きの声が漏れる。

その言葉をよそに八戒は八百鼡に言った。




「僕は貴方を愛し始めてしまったんです。でもそれは、彼女を一生愛し続けるという約束を破ることになってしまう…。それが、僕には辛い…。」




その言葉を言う八戒はとても辛そうで、悲しそうだった。

八百鼡はそんな八戒の顔を見て自分も辛く、悲しくなった。

貴方のことが好きで、貴方も私のことを想ってくれているのにどうしてこんなにも辛いのかしら…。




「すみません。こんなことを急に告白されても困るだけですよね。忘れてください。」




八百鼡のそんな気持ちに気づいてか、八戒は急いで謝った。

その言葉に八百鼡は慌てて否定した。




「そんなことないです!私も!私も…貴方のことが好きだから…。」




そして、一息吐いてさらに続けた。




「彼女は怒ってないと思います。だって、私だったら幸せになって欲しいですから。だから、同じ貴方を好きになったその方も気持ちが同じだと思うんです。」




八戒は目を見張った。

自分と同じで、この人も僕のことを好きだったんだという驚きと、花喃が許してくれているという言葉に…。

心がすっと軽くなったような気がした。

言ったのは八百鼡で花喃ではないが、今は1人でもそう言ってくれたことで心の奥でつかえていたものが取れたような気がしたのだ。




「ありがとうございます。僕はきっと誰かにそう言って欲しかったのかもしれません。」




八戒は最高の笑顔を彼女に贈った。

そんな八戒を見た八百鼡も嬉しそうに笑顔になったが、すぐに顔を曇らせた。




「でも、私たちは今は敵同士…。この想いは今は邪魔なんでしょうね…。」




一緒にいつまでも居たいけれど、それは許されなことが八百鼡にはとても悔しい。




「はい。でも、もし全てが終わったときに二人でこのように逢えたらいいですね…。」




お互いに今は大切な仲間がいるから。

だから、この想いは今は邪魔なだけだから…。

全てが終わったときにと八戒は願う。




「いつか、全てが終わったときに…。」




八百鼡もその言葉をかみしめるように呟いた。




「はい。全てが終わったときに。」




せめて、笑顔で今は別れようと八戒は思った。

悲しい顔では今度会ったときに戦うことができないから…。

二人は軽く唇を重ねた。




「体、お大事に…。」

「八百鼡さんも…。」




お互いに微笑みあい、僕たちは別れた。

そして、正反対の道を進んで行った。








叶うならば、全てが終わったときにお互いに笑顔で逢いたい。

だから、僕たちを引き合わせてくれたこの月に願う。

君と大切な仲間の幸せ、そして花喃のこと…。

今は笑顔で僕たちを見守ってくれたらいいなと思う。

身勝手な願いかもしないけれど…。















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