夏の終わりの日差しを浴びて
そして…










wash away a person's sin
















季節は秋にさしかかり、心なしか葉も色を染め始めたが、いまだ残暑厳しかった
今日は空に雲が多かったが、しかし、その雲の切れ間から照りつける太陽の齎す日差しはきつく、日陰から抜け出ればじりじりと肌が焼かれるのがわかった
眩しいその光にナルトは思わず目を細める


「こう暑いと嫌になるわね」


背後からかけられた声にナルトが振り向けば、いのが微笑みながらこちらへと歩み寄っているところだった
暑いという、その単語一つを口にするだけで不快さが増しそうな気がしたナルトはその言葉に返事を口にすることはせず、微かに苦笑することで同意をしめした


「こんな所に来てる暇があるのか?」
「…ナルトがそれを言うわけ?一番忙しい人が」
「だから、こうして息抜きしてんだろ?」
「…だから、この暑い中、私がここにいるのよね」


暗に、どころか遠回りに、しかし、直接的にわざわざお前を探してたのだ、といのは告げていた
いのはどうやらご機嫌があまり麗しくない様子で、微かに声に棘が含まれている
自分を探すのにそんなに時間がかかったのだろうか?
確かに、誰にも行き先を告げずに出てきたのだが、それほど自分を見つける事を困難にした記憶はない
自分がこうしてふらっと消えた時に行く場所など限られていた


「そんなに探したのか?」
「ナルトがここに来るからよ」
「だから?」
「…もう!だからじゃないわよ!ここに来られる人は限られてるもの。シカマルは今、手が離せない仕事中だからって、私も任務中だったのに呼び出しくらって、急いで終らせきたのよ!」
「紫姫として楽勝な任務だったんじゃねーの?」
「そういう事じゃないわよ。確かに、任務は楽勝な類だったけど、距離ある場所にいたにも関わらず、直ぐに帰ってきてあんたを探すのが大変だったって言ってるのよ!」


キッと睨みを利かす鋭い視線に早くもナルトは降伏した
女性の恨みはなるべく買わない方がいいという事がよくわかっているからだ


「悪かった」
「ほんとよ。お付の者も付けずに、しかも行き先も伝えず一人でふらりと消えないでちょうだい!
蒼輝様がどこにもいませーん!って顔面蒼白で泣きながら訴えに来たわよ。もう、一人でふらりと消えてもいい身分じゃないのよ?」
「わかってる」
「じゃぁ…」


なぜ?と問おうとしたのだろう、いのは、しかし、それを最後まで言葉にすることはなかった
恐らく、自分の些細な表情の変化から何か悟ったのだろう
相変わらず、自分の事に関しては一層鋭さを発揮させるようだ
彼女が不安そうな表情に変わったのを見て、その不安を払拭させるようにナルトはくすりと笑った
その笑みにいのは少しの安堵と、そして気づいた事に気づかれた事がわかって、微かに顔を赤く染めた


「相変わらず、ここが好きなのね!」


自分の動揺を隠すためか、慌ててあたふたと当たり障りのないだろうと思った、ぱっと思いついた事を質問するいのが微笑ましい
しかし、それと同時に、その質問のさす内容にナルトの心に再度、小波が立った
すっと上を見上げれば視界に映る空は小さい
それは、此処が森の中だからに過ぎないが、森の中でもぽっかりと開けた場所だからこそ、これだけ見えているとも言えた
かつて白い花を始終咲かせていた木は、あの日から自然の摂理通りに花を咲かせていた
だから、花盛りの春を過ぎて、夏を越し、秋に指しかかったこの季節は、花はなく、その葉を微かに鮮やかな色へと染め始めていた

咲いていない白い花

それは、ナルトに微かに胸の痛みを齎すが、それと同時に穏やかな気持ちも齎す


「昔から、ここは、好きな場所だからな…」
「静かで綺麗な所だもんね」
「あぁ」


気持ちだけは、もう少しこのまま、照りつける日差しを浴びていたかったが、いのが呼びに来た以上そうもいかないようだった
上手くはいかないものだと、ナルトはひっそりと苦笑で口元を歪めた


「いの、そろそろ行かないと危ないぜ」
「え?あ、そうね。きっと苛々と…というより、ハラハラ?しながら待ってるわね」
「違う。否、それも違わないけど、一番の理由はアレ」
「アレ?」


予想外の事に驚いたように目を見開きながら、いのはナルトの指が指し示す方向へと顔を向けた
そこにあったのは…


「…空?」


しかし、その指の先には空以外に見当たるものはなく、思ってた以外の理由など思い付かない
首を傾げつづけるいのに、ナルトは思わず苦笑する
流石に、これは気づかなければいけないだろうという事だったので、それが呆れの意味を込めた笑いになったのは仕方がない事だろう


「違う!…いの、忍ならわからなきゃヤバイぜ?」
「えーっと…、あはは〜、何?」
「空。雲の動きとか良く観察してみろ。もうそろそろ雨が降るぜ」
「え?!でも、晴れてるけど。…あ、ほんとだわ…」


晴れてはいるが、しかし、木々の切れ間から小さく覗く空をよく見れば、少し離れた場所に浮かぶ雲は、どんよりとした鋼色をしていた
雲が流れる速度も早い様子からみると、そう遠くはない時間、一次的であろうが強い雷雨となるだろう
ここ数日も、似たような事ばかりで、今日もだろうかと思っていたが、やはりそうだったようだ


「あぁ、もう!多少、木々が雨避けになっても、木の下じゃ濡れちゃうわ」
「そ。だから、いのは早く帰れ」
「え、ナルトは?そもそも、私はナルトを呼びに来たのよ。ナルトを連れてかえらなきゃ意味ないじゃない」
「俺は、もうちょっとここに居る。…大丈夫。もう少ししたら、帰るし」


まだ、帰れなかった
このままでは、抜け出してここに来た意味がないのだから


「…雨、降るんでしょ?濡れるわよ」


いのがどこか困ったような表情を浮かべていた
呆れたものではないところが、どこか悟っているようで、本当に参る
イノにも、シカマルにも心配をかけたくないからこそ、こうしてそっと出てきたというのに、これでは意味がない
…あぁ、もしかしたらそういう事なのだろうか

シカマルがここにいない理由
いのが呼びにきた理由

なんとなく、直感みたいなもので、推測の域でしかないのに、そうなのだろうという結論がでると、ナルトは思わず苦笑した
人は気分が滅入っている時に独りでいると碌な事を考えないから
シカマルが手が離せない仕事だというのは本当だろう
けれど、それでも、いつもなら無理をしてでも自分が!と迎えに来る彼が来ていないのは、きっとワザとだ
彼はいの以上にこの件に近しい人間だからだ
それでも、自分を独りにしたくなくて、こうしていのに譲ったのだ


「雨が、雨が降るから来たんだ、此処に。雨に少し打たれたかったから…」
「雨、に?」
「――あぁ」


風が強く吹き出した
音さえもかき消すような重く強い、湿気った風
ナルトの背まで長く伸びた金色の髪が、ばさばさと風によって舞い踊る
それを片手で押さえつけながら空を望む
――雨は、嵐は近い


「風邪、引くわよ。嵐が来たときに喜ぶ子供じゃないんだから」


無理矢理明るくしたようないのの声に、ナルトは気づいていない振りをしながら、そうだな、と柔らかに笑った
それは単純で幼稚な考えだった
でも、今は、どうしても…


「いの、雨が降る前に帰れ」
「嫌よ。ナルトも一緒じゃなきゃ」
「帰れ」
「…嫌」


永遠に続いてしまいそうな会話を続ける気力もなく、結局、帰らせる事をナルトは諦めた
会話を強制的に打ち切ると、沈黙を保ったまま、じっと時の経過を待つ


ポツリ

ポツリ…



頬を、肌を打つ天の雫
そして、それは次第に間隔が短くなり、強いものへと変化する

――待ち望んでいた、雨だった


「雨、降っちゃったわね…」


ナルトの耳を静かに打つ、いのの呟きにも似た小さな声に、あぁ、と同じように小さな声で答える
彼女があまり濡れないように木の下にいるのを確認すると、雨に濡れる事を厭う事無く、ナルトは雨が直に当る場所へと進んだ
背後のいのはそれを止めるかどうか躊躇っているようだったが、結局は見守る事にしたようで、その光景を静かに見守っていた
目を瞑り、空を見上げて、その身に雨を浴びた
冷たいと思ったのは一瞬で、その間隔は直ぐに麻痺し、後は唯、無心で浴びる
まるで嵐かのように段々と雨脚は強くなり、スコールかと見間違える程、雨は強く大地を叩き就けるようだった
乾いていた大地にも、見る間に大きな水溜りを作りだしていく
風もびょうびょうと森の木々の間を吹き抜け、木々もざざざざっと大きくざわめくように揺らぎ、それ以外の音など聞こえず、まるでナルトに全てから隔離された場所にいるような感覚をもたらした
そして、ナルトの身体は、服を含め、酷く冷たい雨でびしゃびしゃに濡れていく
それは不快な感触を一緒にもたらし、容赦なくナルトの体温を奪っていった

しかし、ナルトは身動ぎもせず、ただ、ただ、その雨を浴びる

厳かな、それでいて、何か心をうつ光景
その姿は、様子は、まるで祈りを捧げているような、神聖なる儀式を行なう神官に似ていた…


「ナルト…!」


いのの、己を呼ぶ声にナルトはゆったりといのの方へと向き、笑った
無性に不安になって、思わず叫んでしまったという彼女に気にするなというようなそれは、しかし、どこか哀愁を感じさせるものだった

ばしゃん

水溜りの上を勢いよく横切る音が聞こえたかと思うと、胸元にいのの温もりを感じた
そして、しがみつくように、ぎゅっと自分の背へとまわされた、いのの腕は微かに震えていた
ナルトは半ば無意識に彼女を抱き締め返した


「…雨に打たれたかったんだ…」
「どう…して…?」


先ほどは言葉にすることを戸惑った事を、いのは今度は言葉にした
不安で不安でたまらないという表情
自分の愚かな考えの為にそうさせてしまったのだと思うと、ナルトの心はずきりと痛む
しかし、それは、先ほどまで自分を苛ませていた痛みとは違い、優しい痛み

「雨に打たれれば、頭が冷えるかと、変な事考えないだろうと思ったんだ…」
「そう…」


それ以上、言葉は互いに口にする事はなかった
口に、言葉にしてしまえば、余計にこの哀しみと怒りという気持ちが酷くなりそうで、怖かったのだ
――覚悟していた事だ
誰もに好かれるのは難しい事も、それが自分のような人間なら尚更だという事も
その上で、自分は火影という道を選んだはずだった
そのはずなのに…
それでも、この心は傷ついて
人の醜い心に触れる度に、心ない罵声を浴びせられる度に、哀しみと怒りは積って

だから、
まるで嵐かのようなこの雨に打たれれば、忘れるのではないかとそう思ったのだ
地上の汚れを荒いが流すような雨が、彼等の、自分の罪と穢れにも似た醜い気持ちを、しばしの間だけでも、洗い落としてくれるのではないかと
そして、頭を冷やしたかったのだ
冷たい雨に当れば、余計な事を考えなくなるのではないかとそう思ってしまったら、居ても立ってもいられなくて、仕事を放棄して、誰にも告げずにここまで来てしまった

…本当に、愚かな願望

実際にそうなるはずはないのに
そんな事わかっているのに、それでも、足は止まらなかった


「でも…もういい…」


大事なものはいつも傍らにあって
それさえ失わなければ、自分を見失うことはない

何度傷ついても
何度涙を零しても
何度血を流しても

何時だって、こうして、支えようとしてくれる
だから、


「もう、いいんだ……」


雨で罪は洗い清められはしない
けれど、こうして、愚かな事を考えなくなったのだから、効果はあったのだ
本当の、一番の薬は、この腕の中にある彼女と、心配で飛んできたいだろうに我慢してるだろう彼だろうけれど…











雨足は次第に弱くなって、最後には細雨となって、止んだ
雨を運んだ灰色の雲は早々と遠くへと過ぎ去り、白い雲が入れ替わりに遣って来る
その雲と雲の切れ間からは、明るい日の光が差し込み、地上を美しく照らす
…虹はどこかで出ているだろうか?
虹を見て喜ぶ里の子供たちの姿が容易に想像できて、思わずナルトの表情にも笑みが浮かぶ
それは今迄、自分になかったものだった


「いの、帰ろう」
「うん…」


互いにびしょ濡れの姿に苦笑を零していると、ふと視界の端を掠めた水溜りに映るきらきらとした青い空にナルトは目を細めた
雨により濡れた木々も里も、日の光を浴びて、きらきらと輝くように見えた
手を繋いでゆっくりと歩きだす


「怒られるかな…」
「諦めなさいよ。ナルトが悪いんだから」
「…仕方がない。…ま、今回はいのも一緒だから怒りは分散されるしな」
「なっ!」


諦めろ?とにっこりと笑みを零しながら、酷い!と訴えるいのの意見を黙殺して
それでも、この手を離す事はない


「もう、今回だけだからね…!」
「感謝してます、いの様」
「…からかってるのなら、シカマルにある事ない事織り交ぜて話すわよ?」
「あぁ、悪かったから!!」


ごめんなさい、と平謝りしながらも、先ほどまでのしんみりとした空気とは打って変わって賑やかに皆の元へ向かった
心配している人達の元へと
森を抜けた時、見上げた空には大きな虹が一つ掛かっていた










世界は今日も、色鮮やかだった











fin






*****あとがき。*****
こんにちは。お久しぶりの更新になります、いのナルでシカナルいのシリーズの未来設定です!
えー、今回は、「色の名前 花の言葉」の一年後の話となります。そうです、もう彼は火影様ですよ!随所にネタバレみたいなのがありますので、未読の方、色々と意味不明かもしれません。ごめんなさい。
ここ最近のいのちゃんの扱いに(私のね)ちょっと色んな意味でカワイソウなものがあったので、反省とお詫びを込めて書きました。…え、それにしては甘さが足りないって?しまった、せめてでこちゅーぐらい入れたあげれば…(とかいいながらも書き加えはしないのが私)
リベンジではまた今度!(あるのか!?←え)

では、このお話が少しでも皆様に気にいってもらえたなら幸い…。拍手ででもコメントいただけると嬉しいです。

06.09.14「月華の庭」みなみ朱木







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