花氷の音 ―Sample―





Chapter.1


 いつものようにナルトはゆっくりとした歩調で楽しそうな笑顔を浮かべながら、鼻歌交じりに暢気そうに街の中を歩いていた。無論、これはナルトが故意にしている作り笑顔だった。
 正直、ナルトがのほほんと街の中を歩いていれば面倒な事になるのは目に見えていたが、全ては承知の上だった。どっかの誰かではないが、めんどくせぇ事は勘弁だったが、これだけはどうしても仕方なかったのだ。そう、それは買出しという行為だ。人が生きていく上で食物の摂取は避けられぬ行為である。
 それでも、アスマが普段のナルトの食生活の面倒を見てくれるし(意外と奴は料理が上手かった)、イルカ先生も頻繁に一楽へ連れて行ってくれるので、それほど食材を買い足す必要はないのだが、後者はともかく、前者はこっそりと人に見られぬように相手の家に行ったり、自宅へと来て貰ったりとしているので、時々カモフラージュを兼ねて里人に怪しまれないために買出しをせねばならないのである。…忌み嫌われている己は碌な物が買えやしない事は明白なのに、だ。
 しかも今回は、付いてくるのは駄目だと言っているのにも係わらず、シカマルとイノが付いてきていた。しかも、付いてくるだけじゃ飽き足らず、自分の両側を逃さないと言わんばかりに挟み込み、腕までがっちりと組まされていた。
 それでも、裏の世界では名高い、蒼輝と呼ばれる忍であるナルトにとってこの腕を振り切って逃げるのは簡単だ。けれど、その後の騒動と世間に知られている己の実力の事を考えればここは妥協するしかなかったのだ。なんで…というため息は吐き厭きて、今はそれさえも出す気力はなかった。いつもなら人目のつく場所でここまで強引な行動を取りはしないのだが、どうやら先日取ったナルトの行動が未だ尾を引いているようだった。
 仕方がなく、今回も二人の強い押しに負けたナルトは早々と諦めと悟りの境地に達するともちろん荷物はお前が持つんだろうな?と問答無用で笑顔を浮かべてシカマルに約束させる。ついでに買い物籠と大切なサボテンの鉢植えが入った袋までも押し付ければ、凄みの掛かった笑顔にシカマルは素直に諾と返事をして大人しく引き下がった。その様子にナルトは少しだけ胸がすかっする。
 イノはいいのかよ、という小さくナルトの耳元に届いた、少々恨みがましいシカマルの声と煩いわよ、とその言葉に反応し喧嘩越しに言い争うイノの声をナルトは綺麗にスルーする。ちなみに、イノに対して何もしないのはただ単に女性だからだ。戦場では関係ないが、ここはそういった場所ではない。故に性別による贔屓がここにも現れていたのだった。女性には優しくあれ、と幼い頃に言われて育てられた結果だろう。
 話が少し横にそれたので元に戻すが、こうして堂々と人前で、とりわけ街中を3人揃って歩くのは久しぶりだった。ナルトが誰かと仲良くするのをよく思わない連中は多い。自分はともかく誰かを巻き込むのは面倒であり本意ではないので出来るだけ避けているからだ。
 しかし、今回のその久しぶりの3人揃っての行動にやはりと言っていいのか、なんだか嫌な予感がするのは自分の気のせいなのだろうか?とナルトは微かに眉を顰めた。一流の忍にとって勘は時に生死に大きく関わる存在である。幼い頃からそんな世界に身を置き、数多くの死線を潜り抜けてきた蒼輝にとって己の勘が滅多に外れない事をよく知っているからだ。
 そもそも、そんな鋭い勘を持つナルトがなぜ彼等に会い、捕まるような羽目になってしまったのか?それは、朝目を覚まして窓辺を見たら、自分が育てている植物達の一つであるサボテンがとても見事な綺麗な赤い花を咲かせていたからだ。数日前から小さな蕾が出ていた事に気づいていたが、どうやら今日綻んだようだった。嬉しさに思わず笑みが零れた。そして、丁度そこに買出しの予定があり、その序に丁度よいと、最初にイノの家が経営する花屋に寄っていのいちに花を見てもらおうとしたのが最初の原因だった。
そこで見事にどこからか己が店に訪れている事を聞きつけ、帰ってきたイノに捕まり(折角、彼女が外出している時を見計らって訪れたのにも係わらず、小一時間イノについて熱く語る子煩悩な親が離してくれなかったのだ)、奇しくも付いてくるきっかけを自ら作ってしまったのだ。もしこれが己をイノが帰ってくるまで引き止める行為だとしたら思わず後でいのいちに対して復讐してしまうかもしれない。
 ちなみにシカマルに至っては初めから自分が今日は買出しに行くだろう事を予測して事前に商店街の入り口で待っていたのだった。――どこからその情報を仕入れてきたのか、もしくは鋭い観察眼故なのか。その答えは分からないし、まったく知りたくも無いが、一歩間違えばシカマルは犯罪に近いというか、あの銀髪の男に似てきたなと思ったが、自分が彼等に対して持つ好意に大きな埋められない程の差があるのでこれには目を瞑ることにした。もっとも、これがあの男なら見つけた瞬間にボコボコにしていただろうが。しかし、シカマルに関しては、もう今更だ。しつけは初期が肝心だという格言を身にしみて強く痛感している最中だった。
 …それにしても、本当に二人とも無駄に自分の能力を活用しているとナルトは恨みがましく思わずにはいられなかった。普段は出し惜しみするというのに。もちろん、暗部の任務の最中では自身の持てる才能を活用することに躊躇しないのだが、普段はナルトと自身に関わる事以外にその才能をなかなか活用しないのだ。間違っていると思うのはナルトだけではないはずだ。
 確かに、未だ蒼輝という忍とナルトという忍が同一人物だと明かしていないこの現状でナルトが普段の生活の中でドベを演じなければならないのと同じように、彼らだとて中忍や上忍になったばかりの忍にしては少々過ぎる力の持ち主である事を隠す必要性はある。が、それ以上に手を抜いている事は数少ないが知っている者達にとっては明白だった。
 イノは何を考えてなのかよく分からないが、シカマルに至ってはその理由は至極簡単で、誰もがため息雑じりに納得してしまうようなものだ。めんどくせぇ、たったそれだけの理由。しかし、そうなのにも関わらず、先にも述べたように今日のようにナルトに関する事だけは途端やる気を出し、面倒な情報収集、分析などに手間を惜しまないのだ。
 元より素質はあったものの、今の黒月として名を馳せるレベルにまで押し上げるべく特訓させた師匠なる立場としては、やはり初期段階での教育方法に問題があったのかもしれない。否、当初より既にばっちり形成されていたような気がするし…もはや遅すぎる反省ではあるのだが。
 自分を横に挟んで、楽しそうに最近あった出来事を一方的ではあるが話してかけてくるイノと、その話に興味の欠片も少しも見せず、相変わらずダルそうに、けれど少しも腕の力とナルトが逃げないようにと警戒心を解く事無く歩くシカマルの二人に挟まれて、まるで悪い事をして連行されているような形で半ば引きずられるように歩きながらナルトは再度重いため息を零した。
 ナルトは自分でも己自身の事をかなり天上天下唯我独尊というタイプだと思っていたが、二人には適わないような気が最近ひしひしと感じられた。別段競うような事柄でも褒められるような事柄でもないのだが、確実に以前より可愛げのなくなった二人の成長した姿に涙を流したくなる。無論、嬉しがってではない。哀しくなって、だ。
 そして、同時に、同じような気持ちを己に抱いただろう己の保護者面する面々に謝りたいような気持ちを一瞬だけ抱く。あくまで一瞬で、謝るなんてありえねぇ、と即座に否定したのだが。
 この一連のナルトの思考をもし口にしていたのなら、…まぁ、そうでもなけりゃお前の傍らにいれやしねぇよ、とシカマルなら返しただろう。…案外そうかもしれない。己の傍にいるという事は色んな意味で普通のままではいられないという事なのだから。
 思い出すのも億劫な程に、あんなに孤独に人生を歩んでいたのにも係わらず、…もうこの世にいないが三代目のじじぃや、アスマ、イルカ先生が見捨てず、辛抱強く見守ってくれていて、その事に数年なんてようやく気づいたのが第一のきっかけ。そして、シカマルという存在に出会って、この一風変わった性格の持ち主に興味を持って、持たれて、懐に引き入れてしまったのが第二のきっかけ。そして自分にしては珍しいミスを契機にイノに付きまとわれる日々。そんな生活にいつのまにか慣れしまっている自分がいて、ある日なんだかんだと言って3人で過ごす日が多くなっている事に気づいた。そして、今ではイノも暗部の己の班の仲間に入ってしまっていた。それが第三のきっかけで。いつしか、面倒な事になったなと思いつつもそれをどこか何か満たされたように感じてしまっている自分に。もはや苦笑するしかなかった。
 子供の頃、物心つく前から与えられた暴力暴言の数々。体の痛みも心の痛みもそんなものはとっくの昔に麻痺してしまっていた。ただただ、それが過ぎ去るのを凍れる心で待つだけで。信用できるものなどない。何もかもどうでもいいと、全てを諦め、そう思った。思っていたのに。





…と、こんな感じのお話です。最初の方の一部を抜粋で掲載させていただきました。少しも会話部分がない(笑)
基本、シリアスというよりは、しっとり哀しく切ない感じのお話ですが、やさしい話です。
書き直しに至って、シカナルいの要素を大幅に増やしました。一章分は確実に増えてます。わいわいがやがやな三人が大好きです。
尚、スレシカでスレいのです。そこまで関係ないですが。あと、スレですので若干の流血暴力注意という感じなのでお気をつけ下さい。





↑表紙。
FCオフ。A5。36P
表紙絵はナルトです。
成長期を迎えた感じの少年と青年の狭間な感じをイメージ。赤い花が関わってくるので赤い布を持たせてみました。

当サイト特有のシカナルいのシリーズ設定で、時期は第2部の風影救出任務の後ぐらいです。
シカナルいのの仲良し3人組みとサクラの話。バレネタ。
「色の名前 花の言葉」のような展開へとなるかのきっかけともなるような話です。

己自身を偽る事に抵抗などなかった。それを望まれた、己はそれを了承し、今では己もそれを望んだ。
謂れのない暴力。けれど、直ぐに身体は回復するし、ずっと前に凍てた心は傷つくことはない。
例え、彼等がそれに心を痛めたとしてもそれを止めることなどできやしなかった。
――けれど、大切に育てた花が咲いた時その決心は揺らいだ。

的なお話。この話は以前コピー本で発行した「noise」を元に新たに書き直した話でした。
大まかな話の流れは「noise」と一緒ですが、新たなストーリーの追加し、全てに加筆修正を加えましたものです。
でも、基本は同じ設定・コンセプト、同じ流れでした。


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