睡蓮の見た夢 ―Sample―





Prorogue.


 細い細い猫の爪跡のような新月が印象的な夜だった。そんな夜の獣さえも寝静まったような頃、二人の黒い衣装に身を包んだ青年達は任務へと精を出していた。
 それはいつもと変わらぬ任務だった。しかし常の任務といっても、表向きのものではなく裏向きのものだ。二人がアカデミーを卒業してから既に何年も経ち、中忍を経て今や立場は上忍になったとは言え、そうそう簡単に経験の浅い忍に回ってくるような類のものではなかった。けれど、二人にとって長年慣れ親しんできたものだった。


「…観念するんだな」


 己の相棒である一人の男が、怪我を負い息絶え絶えの男を追い詰めていた。己はそれを少し離れた場所で静かに見守っていた。先陣に立つのは彼の役目。それを補佐し、背後を護るのが己の、シカマルの役目だからだ。
 万が一の時に飛び出だせるように気は一瞬たりとも抜いていない。一見シカマルはさりげなく立っているだけのように見えるが、足元まで伸びた黒く長い外套で隠れている手は常にクナイにかけられていた。また、黒曜石のように漆黒で光さえも吸収してしまいそうなその印象的な瞳は射抜くように鋭く敵へとなげかけられている。
 そんな中、シカマルの前に立つ相棒の彼の口から零れでたのは静かな夜空に浮かぶ月を映す湖面のような声だった。それは冷たくもあり、どこか温くもりさえも感じるような声だ。しかし、その内容は最後通告。終焉を迎える者への最後の言葉だった。だからこそ、冷たくもあるのだが、そんな運命を  辿る事となった目前の者に対する憐れと慈しみが含まれた声音なのだろう。
 それでも、男にしては高く、女にしては低いその声音は当事者でなければうっとりと耳を傾けて仕舞いたくなるほどの美声だった。


「火影の卑しい飼い犬め!」


 相手の男は強がるように挑発するような侮辱する言葉を吐いたが、しかしそれは彼には少しも通じていないようだった。凪いだ湖面のように怒ることもなく只、静かにその言葉を受け止めている。
 そもそも、彼のその顔は動物を模った――そう、狐だろう――白いお面を身に着けており、相手はその表情を窺い知る事は難しかった。けれど、その光景を見守っていた、これまた黒衣を纏い動物を模した仮面で素顔を覆っているシカマルは彼のその仮面の下の素顔をよく知っていた。
 高く筋の通った鼻梁に柔らかで魅惑的な弧を描く紅唇。長く、少し伏せるだけで愁いを感じさせる睫毛。その睫毛が縁取る二つの瞳は、さながら青玉石のように美しい蒼い月夜を髣髴とさせる。そして、漆黒に外套の頭巾の下に収まる、背中まで長く伸びた髪はまるで冴え冴えと光る月光のように美しいのだ。けれど、先にも述べたように今はその美しい貌は仮面で覆い隠されており、残念でならなかった。
 そんな己の長年の相棒である彼、ナルトはここ数年ですっかり少年の域を脱していた容姿へと変貌を遂げていた。もちろん、それは他ならず己もだが、己の成長以上に彼のそれは色んな改革を秘めたものだった。
 白く細い手足がより一層すらりと伸び、背丈もぐんと伸びた。青年へと成長した彼は愛らしいと評されたその姿からいつの間にか麗しいという表現がぴったりになってしまった。
 それに伴って、以前はドベで昔あったあの出来事を知るものに忌み嫌われる存在であったのにも関わらず、今では一部の狂信めいた者を除いてはかつての火影に似た麗しい彼の存在を受け入れるようになったのだ。
 恐ろしい化け物を封じた英雄の子。そのように里人に受け止められるようになったことは、彼の表の生活に劇的な変化をもたらしたのだ。…ほんの少しの心に残る蟠りさえ気にしなければそれは確かにナルトにも、里にさえも良い変化だっただろう。
 存在は受け入れられた。けれど、それでもまだこうして本来のナルトを知る数少ない存在以外の前では己を偽ったまま生きる事を選んでいた。今更、全てが偽りだったと告げるのは問題を起こすだけで愚かな事だからだ。
 それに、いくら今が受け入れられているからと言って過去にあった事を忘れられるはずもなかった。…忘れるには辛すぎる過去だ。けれど、忘れず一生少しも忘れず抱えて生きるのも辛い。どうにもならぬものだった。

――フッ

 小さく漏れ出た笑い声はシンと静まった闇夜に予想外に大きく響いたようだった。その声に反応して男の身体はびくりと怯えるように揺らいだ。
 仮面の下に隠れる相貌がどのようなものであるかだけではない。長い付き合いで合い脳であるシカマルにはナルトが今はどのような表情をしているのかも手に取るようにわかった。恐らく、先ほどの声音とは違い、絶対零度の微笑みを浮かべているに違いなかった。まさに当代最強の忍と呼ばれる蒼輝に相応しい笑みを。


「残念ながら…まったく反論の言葉など持ち合わせていないってばね」


 言葉だけの意味を純粋に汲み取るのならば、それは彼自身の痛いところをずばり言い当て指摘したというように取れるだろう。しかし、彼が発した言葉には微塵も不快さも怒りも悲しみも何もなかった。むしろ、何を当たり前の事を今更口にするのだというようなものに近いだろう。
そもそも、忍という時点でその国に、その里に属従を誓うという事である。特に己達のような上忍という立場とは別に、裏では暗部、火影直属の部隊に  属している者にとってそれは紛れもない真実だ。飼い犬、どうしてその言葉に否定などできようか。
 そう、シカマルも彼、ナルトも暗部に所属していた。今、二人が身に纏う足元まで延びた黒い外套と白い鎧、そして動物を模した白に紅い模様が刻まれた仮面がその証である。ナルトは蒼輝。シカマルは黒月という暗部名を持ち、今や知らぬものは忍にはいないだろう名売れの忍だった。


「だから、お前自身には何の恨みもないが死んでもらう」


 それは一瞬だった。言い終えた瞬間の、返答をする機会も、もしかしたらその言葉さえも理解する暇もなかっただろう程の早業で男の首に幾重にも絡みつかせた細い鋼糸をくいっと手前へとナルトは引き寄せた。それだけで男の首と胴体は鋭く磨がれた鋼糸によって綺麗にスパッと二つに分断された。 そう、絞殺ではない。断ち斬ったのだ。
 相変わらずのナルトの鋼糸の腕前には惚れ惚れとするものがあった。ナルトの腕に填められた細い銀色腕輪から引き出された鋼糸は一見簡単そうに見える武器だが不便な事が多く扱いが難しい武器であった。接近戦には向かないし、事前にトラップとして仕掛けておくだけならばともかく、隙を付いて悟られる事なく対象物に絡ませ、一瞬にして殺すには、鋼糸を自分の身体の一部のように自由自在に動かせられるぐらいの相当の腕がいるのだ。それを、ナルトのように接近戦にまで堂々と利用できるぐらいになるには努力以上に才能がいるだろう。


「相変わらず見事だな。この距離で血飛沫一つ浴びねぇなんて」
「嫌いだからな」
「だからって出来るかどうかは別ものだろ?つーか、血が好きな奴なんて変態だけだろうが」
「確かに。…血なんて、この臭いだけで充分だってば」


 誰にも見られる危険性がなくなった為だろうナルトは、ヴィンと鋼糸を震わせ血曇りを飛ばしてから腕輪へと収納した後、邪魔だったと言わんばかりに仮面を取りはずしながら、その秀麗な相貌を微かに歪ませていた。
 事切れた死体の周囲からは血の不快な臭いが漂っている。咽返るようなその臭いはシカマルでさえいつまでたっても慣れない。この手は何度も血を浴びた。もう覚えきれぬほどの敵を愛刀で切り払った。それでも、その後の結末の跡に酔いしれる事はない。彼らのこの姿はいつか迎えるだろう己の姿だ。
 ナルトは手馴れた動作で印を結ぶと、周囲は一瞬大きな蒼い炎に包まれた。まるで蒼輝の瞳の色のような美しい炎は瞬く間に屍を燃やし、それは灰と化し、微風に吹かれ跡形も無く消えてしまった。屍があったその場所には跡一つ残されていない。地に吸い込まれたはずの血さえ綺麗に浄化さるように消えていた。


「――虚しいな」
「黒月?」
「どれほど国に里に忠誠を誓おうとも、こうして人権など無いが如くに簡単に命を散らすちり紙の如くな存在に扱われる。時として屍さえも残されることは許さやしない」
「何を、今更だろう?それが、忍だ。特に俺達暗部は汚い事も平気で行う火影の手足たる存在だ。ベッドの上で穏やかに誰かに看取られながら老衰で死ぬなんてことほぼ有り得ないに等しい。そうと分かっていてお前はこの道を選んだんだろ?」


 そう、いくらシカマルが代々忍の名家の家系に生まれているとはいえ、無理に暗部させる事はない。上忍という表立った働きをするだけで十分だ。だから、結局選ぶのは自分なのだ。


「あぁ、俺はな。だけど、お前は…?」


 シカマルはその道を選んだ理由など至極簡単なものだ。蒼輝が、ナルトが暗部だったからに他ならない。常に側にいたかったのだ。少しでも支えになりたかった。誰よりもこの世で一番大切な存在だ。いつしか消える命ならば、彼の側で彼の為に使いたかったからだ。
 一方的だったシカマルのナルトへの想いは、何の奇跡かこうして実って、傍にあることを誰よりも許された。互いに一緒に行動することで生まれる感情を、温もりを誰よりも分かち合う存在だった。傍にあることが叶うならば不満はない。けれど…。


「お前自身がこの道を望んだのか?」


 ナルトは何不自由なく愛されて育てられるだろう環境に生まれたはずだった。けれど、九尾という存在によって大きく歪められてしまった。その先は…あまり口にもしたくない事ばかりだ。いくら三代目の保護下にあったとはいえ、その瞳が始終ナルトに向けられる事は叶わない。謂れの無い暴力、罵り、数え切れないほどの幼い子供へと向けられた非道な怒りの矛先は彼の生活を悲惨なものにしたのだ。
 しかし、そんな生活を三代目に隠し続けられるはずがなかった。いくら周囲が三代目にばれぬ様にその場限りで取り繕ったとしても、そのような不自然な行為などいつしか綻びが出始め、発見されるというものだからだ。
 期間にして約三年。見方によっては短いかもしれない期間であるが、子供の人格を形成する大切な時期だと考えれば長すぎるぐらいの期間だった。その間の経験でナルトはすっかり人間不信に陥り、己を偽る事を始めてしまったのだ。
 決して三代目に全ての責任があるとは言わない。真に責められるべきは実害を加えた者達である。里を纏める立場であり、かつ、九尾の事件の混乱の収拾に走り回っていた時期であった。時折顔を見に行くぐらいしかできなかったのだから仕方が無い面もあろう。けれど…けれどだ、幾ら多忙であったからといって、微妙な立場である事がはっきりとしているナルトを人にまかせっきりにした事はシカマルにとって容易に許せる事ではなかった。
それに、幾ら老いたといってもプロフェッサーとまで言わしめた立志伝中の人物である。偽りに敏感でなければならないのに、見抜くまでなんと間が空いた事か。


「…他にお前に選択肢がなかっただけじゃないのか?」


 彼がそんな環境の中で生き残るためには強くなるしかなかった。不幸中の幸いとはこういうことを言うのだろう。九尾の器となった為に身体は普通の人間よりも強靭になっていた。ある程度の傷や毒ならしばらくすれば癒されてしまう。けれど、それだとて万全という訳ではない。例えば先ほどの屍のように首と胴体を切り離されればあっけなく死んでしまうような存在なのだ。


「――そんな事はないってば」


 一瞬だけ空いた空白の時間、それだけで十分だった。分かっているのだ、ナルトも。けれど、解りたくないだけで。気づいていない方が楽だから。
 彼が生き残る為に強くなればなるほど、それは周囲に恐怖を与える存在になる。だからこそ、より彼は畏怖される存在となり、普段はドベを演じていたのだ。後ろめたい事ばかりの連中にとって、ナルトは復讐を何よりも恐れる人物なのだから。
 深刻な事態に陥った火影が暗部に入る事を勧めた理由も、ナルトが素直に入った理由もそのようなものなのだろう。里の為に、そんな大儀からではなく、ただ、なるべく面倒なくより確実に生き残るための手段の一つだ。中枢部の人間に対し、ナルトに反抗する意志はなく、里に忠誠を誓う、どんな汚い命令でも火影の命令に従う手足の如き存在だという事を認識させる、という為の。








…と、こんな感じで始まるお話です。
夢という単語がタイトルに入ってますが「夢シリーズ」ものではありません。完全独立設定です。
ちなみに、序章なので基本設定の説明系の文になっております。(でも、これは序章の途中まで載せてます)
次の章から本格的にこの本の話が始まります。が、ナルトさんがほぼ別人格なので、こんな感じのナルトさんを求めないでください。
ふんわり笑顔なナルトさんと甲斐甲斐しいシカマルさん(依存系)と男前な綱手様が印象的な話です(笑)
尚、簡単にこの本の説明を一言ですませるなら「
記憶喪失ネタ」です。(ネタバレなので、気になる人だけ反転お願いします)
基本、シリアスというかせつない、というか、そんな感じです。個人的にでも甘いと信じてます(笑)





↑表紙。
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表紙絵はナルトとシカマルです。睡蓮の咲く池で過ごす一時というイメージ。近未来なので髪長ナルトさん。

近未来を舞台としたお話。主にシカマル視点でのシリアス話です。
久しぶりに恋人設定でした。(という程いちゃいちゃな描写はないですが/え)

あの日、どうして無理にでも付いて行かなかったのだろうか。
シカマルは深く後悔した。白い部屋白いリネンに身じろぐ事無く人形のように横たわるナルトの痛ましい姿に動揺を隠せなかった。そして、シカマルを動揺させる理由はそれだけでは済まなかった。どうして、彼にばかり…!しかし、それは考えようによっては僥倖だった。何が最善の道か。空虚だと嘆く彼と叶わぬ夢を見ていたアイツの幸せを思うからこそ分からなかった。
な感じの内容でした。ちなみに、綱手様がかなり出張ります。
所謂記憶喪失ネタでしたので、ほぼ別人なナルトさんとそれに関して悶々とする周囲の話でした。敬語ナルトに酷く違和感!(笑)





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