さぁ、始めよう。
勝利の女神の微笑みはどちらに?







missing blue moon









闇は深かった。
月明かりの乏しい夜は常人ならば足取りも覚束ないほどに真っ暗で、特に、今日のような星明りさえも厚い雲に覆われているような天気では尚更だった。
けれどナルトはそんな中でも危なげなどない確かな足取りでその闇の中を疾風の如く突っ切った。
忍である以上、闇は恐ろしいものではない。
それに、確かな実力を持つナルトにとって、この程度の闇は何の支障もなかった。
むしろ濃い闇は姿を隠す最高の条件だ。
ナルトの傍から離れず、言葉を発せば聞き取る事も可能な距離を保ったまま併走するシカマルもそれは同じだった。

任務を終えたばかりの二人は森へと向かった。
二人にとって馴染みの森は木の葉の里の端にある、規模としては極小さくはあるが鬱蒼とした人の手が入っていないような森で、人の侵入を阻むような静けさに満ちていた。
耳に届くのは小さな獣達の鳴き声とそよ風に揺れ、木々が互いをこすり合わせる音だけでそれ以外の気配もなかった。
深夜ならばそれは然程可笑しなことではない。
真夜中に森を訪れる用がある者などあまりいないだろう。
けれど、この森は常にこんな様子だった。

何故なら、この森に入る事ができる人間は酷く限定的だからだ。
もしうっかり立ち入れば迷路のような出口の見えぬ森に遭難は必至で、いつしかこの森は里人から立ち入る事を避けるように『禁忌の森』と呼ばれるようにまでなっている。
それはナルトが幼い頃から今に続いて念入りに施している強力な術によるもので、ナルトが認めた人間の一定条件を満たしている者しか立ち入る事ができないようになっている為だ。
そして、ナルトが認める人間など少なく、こうして気軽に立ち入るのはナルトを除けばシカマルぐらいだった。

――…けれど今は。





「遅かったのね!」


禁忌の森の奥深い場所、何故か綺麗にぽっかりと空を見渡せる程に開けた、小さな白く美しい花を咲かせる大きな樹が一本立っているのが印象的で特徴的なその場所はナルトにとってのこの森の存在意義そのものだった。
数年前までは一人ここで、偽りのうずまきナルトを演じる時と任務以外の時間が許す限りここを訪れていた。
それがいつしかシカマルが共に着いてくるようになって、そして今はどういった訳か彼女という存在まで増えていた。


「…いの…お前ってば…」
「また待ち伏せか? こんな時間までご苦労なことで。根性あるなぁ。…お前、実はストーカーの気質があるんじゃねの? いや、既にストーカーだったか?」
「なんですって!!」


いのの顔が怒りで真っ赤に染め上がった。
人間、本気で怒るとこうも顔色が変わるのかと思わずにはいられないほどの凄まじい様子は百年の恋も冷めかねない恐ろしい表情だ。
しかし、人によっては恐怖で震え上がるその迫力も、いのが怒りを向ける相手がシカマルだったとしてもナルトには通じなかった。
むしろ感じるのはとてつもない疲労感だ。
なにしろ、シカマルといのの二人はチョウジと三人でいる時は仲のいい幼馴染っぷりなのに、自分を挟んだ瞬間に直ぐにこうなるのが常なのだ。
勝手にやってろと言いたくなる様な罵りあいには酷く辟易する思いだった。
幸いにも力のぶつけあいには至ってないが、そうなれば血の雨が降ることは必須だろう。
…考えるだけ恐ろしい。
とりあえず、実力が遥か上であり更にはナルトの、この場合は蒼輝の相棒という立場を手に入れしているシカマルが若干の余裕を持っていのを挑発するに留まっている事でそれだけは事なきを得ていた。
が、そういう心配は今はないにしろ、この状況がナルトにとって愉快なものでは無い事には変わらない。
毎度毎度の光景に軽い頭痛さえ感じてくるようで、いい加減学習してくれと思わずにはいられない。

普段のナルトならば凄みを利かせた微笑でこのくだらない罵りあいを終結させていたのだが、いい加減その行為にも厭き厭きしていた。
何度注意しても治らない為の行為を繰り返す事が嫌にならない人間がどれほどいるのだろうか?
そもそもこの場所で望むのは穏やかな時間だ。
嫌気のさす日常から解放される為にここにいるというのに邪魔をされるのはもうウンザリだった。
――そして、ウンザリだとは言いながらも実力行使でこの場所から追い出せない自分にも。

あの日の自分とは変わりきった自分

絶対に許さないと誓ったあの気持ちは今も変わりはない。
大切なセカイを壊されたあの哀しきを忘れることはできない。
もう何もいらないと思っていた。
あのセカイだけが自分の絶対で、安らぎだった。
だから、失ったあの時全てを拒絶したのに、今の自分にふとした瞬間にやっぱり自分も愚かなモノなのかと嘲笑いたくなる。

…二人の事は嫌いじゃない。
それは真実だ。
圧倒的に嫌いな人間ばかりの中でナルトが嫌いじゃない人間の存在は希少で、そして、その中でも二人は特に希少な分類に入るのは間違いないだろう。
でなければ、この自分がこの場所に立ち入る事を許すはずがないのだから。
いのがこうするようになったのは事故がきっかけだが、それでも本当に厭ならば、ナルトの実力ならば拒めた。
それこそ、記憶ごとごっそり消去しただろう。
そうしていない事がその証拠なのだ。

だから、二度目になるが、嫌いではない。
こんな風に変化してしまった自分に呆れるし罵倒したくなる事もあるが、それでも手放そうとは思わない。

けれど
それでも


「お前ら、学習という言葉を知ってるってば…?」


そう、やはりいい加減怒りという感情をナルトは覚えずにはいられない。
冴え冴えとした笑みを、道化の仮面を取り払った現在は、それこそ周囲が白皙の人形の如き美貌と褒め称える顔に載せる。
当事者でなければうっとりしかねないその笑みも、しかしながらその当事者には美しくも背筋がぞっとする品物であり、震え上がった。
しかし、それは毎度のことだ。
人間は慣れる生き物である。
顔色を悪くしながらも、それでも耐久性が出来てきたのか責任の押し付け合いをしはじめ、次第にそれは再度の口喧嘩へと発展した。

思わず顔が怒りの為に引き攣った。
そして、思わずにはいられない。
自分のこれまでの態度は甘すぎたのだと。
もっと厳しくするべきだったのだ。
彼らのこの行為は己が彼らの思う最悪の手段を実行しないという気持ちを見透かしてる前提になっているのだから。

そこで考える。
果たして何が効果的なのか?
聡明な頭脳はすぐにその答えを弾き出した。
素晴らしいその案に思わず笑みが零れた。


「――黙れ」


とりあえず話しを進める為にはこの言い争いを一度止める必要があり、先ほどよりも鋭く、殺気さえも込めて発せばぴたりと止んだ。
同時に森に住む獣達さえも深と沈まりかえってしまい、森は驚く程に静かになっていた。


「そ、その、だな…」
「ええっと、ね…?」


一呼吸置いて我に返ったのか、己たちの不備を悟ったのか、今度は互いの非難ではなくナルトの機嫌を伺うように焦った表情を浮かべる二人にナルトは笑いかえした。
無論、温かな…ではなく冷笑に他ならない。
それも極寒の、という注釈付きだ。


「俺は『黙れ』と言ったはずだよな…?」


いつもは語尾につけている口癖も抜けた言葉は威力を増して、こくこくと縦に頷く二人の様子を見てナルトは口端を満足げに少しだけ持ち上げた。
しかし、それがまだ常の彼の笑顔ではなく、怒りが覚めやらぬ事を意味していた。


「何度も同じ事を繰り返すのは俺の趣味じゃない。つまらない諍いも辟易している。それを止めるのもウンザリだ。それが俺のいない場所ならまだいい。けど、お前らが喧嘩するのは大抵俺の傍だ。それに俺は、特にこの場所で喧嘩が気に入らない。毎日毎日馬鹿のフリをさせられて、お守までさせられて、その上暗部の仕事までさせられて疲れてる俺から安らぎを取るつもりなのか、お前らは?」
「そんなつもりは…!」
「ない、という事は故意じゃないという意味だな?なら、尚更性質が悪いってばね…? ――いつもなら、そういう奴は俺は即刻見捨ててる」
「「それだけは…!」」


蒼白な表情になった二人の様子に、少し溜飲が降りたナルトは機嫌を少し直した。
しかしいつもならばそこで終らせる話も今回はそうはいかない。


「まぁ、そうは言えどもお前らだ。簡単に見捨てはしないってば」
「「ナルト!!」」


二人はホッとした声を上げるが、しかし、ナルトは表情を変えなかった。
その様子に再び二人の表情は強張った。


「――だから、ゲームをしよう」


そこで初めてナルトは鮮やかに笑った。
それは大輪の花のような美しさは息を呑むほどに美しいが、しかしそれを観賞に浸る気分にはシカマルといのはなれなかった。
なにしろ、自分の笑みの価値とその利用方法を知っているナルトだ。
この笑みが意味する不穏を二人はよく知っている。


「…ゲーム?」
「ど、どういう意味なの?」
「一週間後、俺はある任務で街へ行く。そこでしばらく潜入捜査を行うことになっている。ルールは簡単だ。その俺を見つけられるかどうか、それだけだ。見つけられたら今回の件はなかったことにしてやるってば」
「む、無理だったら…?」


その懸念は強ち間違いではない。
本来のナルトの実力を知っていれば不安にもなるだろう。
そう、と知っていなければ完璧に溶け込み悟られぬよう装えるのがナルトで、以前町娘を装って歩いているところを気づかぬ里の忍に本気でナンパされた事がある、という逸話を持っている人物だ。
ちなみに、なぜ逸話となっているかと言えば、その相手が嫌がる町娘から無理やり唇と奪おうとするような馬鹿で、しばらく再起不能というぐらいに叩きのめされたからだ。
ナニが、かはまぁ…詳しく言わなくても悟ってもらえるだろう。
だから、ナルト自身も見つからないという可能性は考えてあった。

まぁ、ナルトも鬼ではない。
繰り返そう、鬼ではない。
ということで、ある程度懲りたら許す気ではあった。
しかし、それを今言う気は微塵もなかった。


「無理、ねぇ…。そりゃ、その時は…。まぁ、アレだけ俺の事を『好き』だと口を開くたび毎ぐらいに言い張って、まさか、その好きな奴を見つけられない…なんて事はないよなぁ…?」


いい笑顔で更に一微笑で、トドメ。
な、ないです、と縦に頷き言わざるえない彼らに、だよな、と肯定の言葉を返した。
我ながらえげつないと思わなくもないが、まぁ、いい薬になるだろう、うむ。


「俺としても、二人の健闘を祈ってるってばよ? あ、ちなみに、このゲームが終るまではここは立ち入り禁止だから」


えぇ!?という反応の間に素早く印を切る。
周囲を一瞬にして濃い霧が包み込んだかと思うと直ぐに消え去った。
そして、その霧が消えると同時に二人の姿はナルトの前から消えていた。


「さて、俺も久しぶりに気合いれて頑張ってみるってばよ」


その前に火影に念入りな口止めを施すべきだなと用意周到な隙のない下準備に精を出そうと、森の出口へと足を向けた。

ゲームである。
結局、どちらに転んでも許すゲームだ。
だど、試合が終るまでは本気で取り掛かる志だ。

見つけられるのは忍としての誇りに傷がつく。
けれども、見つけられぬのはどこか哀しく恐ろしい。

なんというか、二人へのお仕置きのはずが、結局のところ自分で自分を痛めつけているような行為の気がして思わず苦笑いが零れた。
己一人しか居ぬ静がになったこの場所を、吹きぬけるように一陣の風が吹く。
その風によってはらりと散った数枚の白い花びらが、まるでナルトを慰めるようだったから、少しだけその笑みは暖かいものが交じるようになった。


「やっぱり、ここは蒼輝としては負けるわけにはいかないってばね?」


がんばりなさいよ、と懐かしい声が聞こえたような気がして、今度こそナルトは屈託のない笑みを、月のようと称されるものではなく、それこそ太陽のような笑みを浮かべた。













to be continue....?







*****あとがき。*****
いつも当サイトをご覧くださってありがとうございます。
時折ふらっとメインを変えながらも、よろずなんだ!という志で(けれど信じてくれる人があまりいない/笑)続けて早8年目を迎えることになりました。それもこれも皆様のお陰です。ありがとぷございました!
ということで、久しぶりに、当サイトで多分一番気に入られているであろうシカナルいのシリーズの新作を書いてみました。
相変わらずの二人にナルトさんぶち切れです(笑)でも、時間軸はまだ一部終了付近なので、その後のお話を知っている方にはおわかりでしょう。人間、慣れてしまうもの。痛みも忘れてしまうものなのです(笑)多分、ナルトさんが妥協および慣れるしかなかったのだと(笑)

では、このお話が少しでも皆様に気にいってもらえたなら幸い…。拍手ででもコメントいただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。

09.03.15 「月華の庭」みなみ朱木





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送