――誰もが君に惑う 惑わしの月 「おかえりなさいませ、ナルト様。ご無事なご様子で何よりです。ところで、どちらに外出されたので…?」 元々高いというよりは低めの声だったが、幼さが抜け、成長期を終えたその声は渋さを増し、誰がどう聞いても青年に相応しい声なのだが、それが今、一層低く発せられているような気がするのはナルトの気のせいだろか。 窓から見事に侵入を果たし、後は証拠隠滅だと思っていた矢先に部屋に灯された灯りで煌々と己の姿を照らしながら、にこやかに笑むその姿につっと背筋に冷たい汗が伝っていくような気がした。 「…シカ、マル…。起きていたんだってば?」 まさかこんな夜更けまで起きているとは計算外だった。主よりも先に起きて仕度を整える彼はいつもならばもう就寝しているはずだというのに。 不利でしかない空気を少しでも変えようと明るく返事を返せば、僅かに目が鋭さを増したように見えた。にもかかわらず口元だけは相変わらず穏やかに上向きに弧を描いていて酷く恐ろしい。 「えぇ。我が主の帰りをまさか寝て迎えるわけにはいきませんので。――危うくその失態を犯しそうにはなりましたが。しかし、ナルト様。何もご自分の屋敷でそのような出入りをされなくとも、堂々と玄関から出入りしてください」 悲しいかな、確かにナルトは彼の主であるはずなのに、その視線にはまったく逆らえそうになかった。本来は自分の屋敷で、そして自室なのにまるで気分は敵地だ。ならば、この危機を脱出する手段として最善なのは…。 情けないがここは敵前逃亡…と思い、即行動しようとした瞬間、その思いは早々と砕かれた。ナルトが動くよりも前にがしっと肩を掴まれたのだ。 「またお出かけですか?」 漆黒の瞳が更に鋭さを増す。…怖い、怖すぎる。まるで空気が凍りつき、氷点下のような気分だった。そうとう頭にきているようだった。 この手を振り払って逃げ出す事は可能だ。主として命じてもいいし、実力にものを言わしてもいい。幾らシカマルの腕が立つといえども未だナルトより秀でるとはいえないのだから。 けれど、それを選択する事は賢明ではないとナルトは判断し、部屋の中央へと歩んだ。背後に訝しげに様子を窺うシカマルの気配を感じてそっと溜息を零した。 本当は彼に一番ばれたくはなかったのだが仕方がない。ここで逃げようとも彼の事だ、追求の手を緩めることはないだろうし、下手すれば自分で真相に迫るだろう。 優秀な頭脳が今まで頼りになると思ったことはあれど、これほど恨むことになるとは思いもしなかった。ともかく、ならば逃げても何もナルトに利となる事はないと結論づけたのだ。 それに何より、己を主と仰ぐのだと忠誠を彼が誓った日からは、びしりと決めた格好が僅かに乱れていたの見つけてしまった、という理由が大きかった。 どうやら自分は相当に彼に心配をかけてしまっていたらしい。安堵の反動の怒りならば受け止めねばならない。 「…わるかったってば」 「それが口先だけでなければいいのですが」 二人以外に周囲に人はおらず、自室な為に容易に他者の介入などありえない場所だというのにも関わらず、従者の態度(…にしては些か大きいかもしれないが)を崩さぬシカマルに不機嫌さを読み取った。 こういう時ぐらいは息が詰まるようなものではなく、以前のように接してほしいのだと懇願したナルトの願いに渋々と諾と頷いてからは人前以外ではこのような態度を取ることなどなくなっていただけに、怒りの度合いがわかるというものだ。 「反省してるってば、だから、その口調はやめてくれ」 「――…次はオレを連れて行くか、せめて一言告げていけ」 少しは誠意が伝わったのか、鋭い気配が僅かに緩むのがわかった。しかし、向けられた言葉にどう反応を返せばいいのか判断に戸惑いナルトは一瞬言葉を呑んだ。 ここは素直に間を置く事無く『諾』と答えるのが正解なのはわかっていた。もちろん、これが何ともない内容ならば行き先を告げる、もしくは連れて行った。けれど、今回の件に関する事はシカマルに関係する事であり、そして今以上にもしかすると怒りかねない内容なだけに、その思いが一瞬の沈黙を生んでしまったのだ。 明らかにそれはナルトの失態。聡いシカマルは僅かな情報から推測し、答えを導く能力が高い。この沈黙もまた貴重な情報になってしまった。 再び鋭くなった双黒の瞳がじろりとナルトを上から下までを観察するように動く。まるで気分はまな板の上の鯉だ。 「…最後にお前を見た時と僅かに装いが変わっているな?」 まさか、と僅かに動揺を覚える。しかし、普段のラフな格好ならば気づけないだろうが、今宵の装いは少々特殊なもので、簡易ではあるが礼装の類に含まれるものだった。特に、昔とは違って背まで伸びた髪を縛る紐は複雑に華やかさを演出するように組まれたものだった。 生来器用なナルトなので手順を一度見れば大体は把握し覚えるので一度解いたそれをもう一度自分の手でやり直す事はできた。それに、布が多く、複雑に着付ける服も同じように出来たので、装いを解くことに関して気にしていなかったのだが…。まさか…。 「脱ぐような事をしたのか?」 ここで素知らぬ振りをすることはできた。そもそも、本当に理解しているかわからない。鎌をかけている可能性は捨てきれない。しかし、ナルトはここで白旗を揚げた。先にも述べたように怒りかねないが、それ以上に今の彼が怖すぎたのだ。目が笑っていなさ過ぎる。このままでは酷い誤解を招いて色々と厄介な事になりそうだったのだ。 「…まぁ、着飾って、酒呑んで、笑ってきたかな…ってば?」 「――…つまりは、女性に変化して、女郎のように着飾って、お酒のお酌をしながら微笑む、という行為をしてきたという事だな? それも、任務ではなく私事で」 「正解だってば」 ははは、と笑ってみるが、シカマルの目は険呑だ。今にもその相手を調べに行って殺してしまいかねない物騒な表情だ。…実際に、以前に任務で似たような事をした時に、後日、その相手の様々な不正が発覚し、地位を失脚した、なんていうエピソードがあったりなんかするだけに洒落にならない。 アレは自業自得であるが、今回の件に関して同じ事をされたらば哀れだ。列記とした対価のようなものであるのでナルトには庇う義務があるだろう。あぁ、本当に全て予想外だ。当初の計画が台無しである。 「シカマル」 懐からある物を取り出すと、シカマルの方へと向かって放り投げた。それは急にでも関わらず上手く彼の手の中に納まった。 「これは…」 「以前からシカマルが欲しがっていた奴だってば? 偶々それを持っている人と知り合って、融通してもらったんだってば。今日はそれを受け取りに行って、そのお礼をしてたんだってば」 それをお前に告げたらサプライズの意味がないだろ? まぁ、予定よりも早くにバレちゃったけど。と苦笑すれば、一転、申し訳なさそうな、けれど喜びがかみ殺しきれぬような複雑な表情をシカマルはつくった。 「まぁ、お前の立場ならオレの姿が消えていたら慌てるのは当然だけどな。だから、内緒で危ない行為をしたわけでも、浮気でもないわけだってばよ。…もう、怒りは解けたってば?」 あぁ、と頷くシカマルにようやくナルトは微笑み返す。せっかくの二人きりの時間にこんな空気はごめんだ。 まるで先ほどの二人の気持ちを表すかのように開いていた二人の隙間をゼロにどちらかともなく詰める。仲直りの証だと降りてくる、二人きりの時だけは恋人でもあるシカマルの唇を受ける為にナルトはそっと瞳を閉じた。 fin *****あとがき。***** 5月のイベントで久しぶりにコピー本を出してみたくて頑張ってみました。が、普通に挫折しました(泣)ということで、無料配布小話という形になったブツです。夏も越したのでせっかくなのでサイトにも載せて見ました。 驚くぐらいにぎりぎり進行でして、時間とページ数が足りなかった為に若干唐突な終わり方な気がしなくもないですがお許しを。変わりに何時もより会話、絡みが大目でした(笑) 王道な主従モノて好物なんですが、夢シリーズを書くにはなんだかなぁと(あれは再録で未来書いたら満足しちゃったらしい)いうことで、まったく新しい設定?いや、読み返すとやっぱり夢設定か?な主従ものに。ちなみに、この名残か「孤月の浮かぶ森」で今度はイルカさんと主従モノになったようです。どんなけ好きなんだ、私(笑) 同志求む、ですよ…! 12.09.15 「月華の庭」 みなみ朱木 |
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