アカイ アカイ シズク
ソレ ハ マルデ アカイ ハナ ノ ヨウ
ソシテ ウツツ ノ ユメ ヲ モタラス…









い雫の夢













今日のナルトはどうもおかしかった。
少し前の、否、出会った当初のナルトに戻ったような錯覚をシカマルは感じていた。
その瞳は蒼く冷たく冴え、何の感情も映さず、そして、壮絶なる死の前に現れる死神のような、まるで人ではない禍々しくも美しい容姿を備えたモノ。
それは、今の彼とはまた少し違った意味で強烈に惹きつけるものだったが、しかし、シカマルは今の彼の方が好ましく思っていただけに、酷く心配になる。
何が、彼にあったのだろうか。
昼に会った時は至って普通で、いつもと変わらない様子で笑っていたというのに…。



任務から一向に帰らぬ彼が、そして、まもなく降るだろう雨の空模様で塗れてはしまわないか心配になって、シカマルは迎えに行く事にした。
幸いにもそれほど遠い距離ではなく、雨が降る前には間に合いそうだった。
…もしかしたら、その時から何か嫌な予感がしていたのかもしれない。
いつもなら、まるで自分のように面倒だと言いながら、素早く任務など終らせて返って来る彼が帰って来ないという事に。
暗部に回される任務であるので決して簡単な任務ではないが、しかし、難しい任務ではない。
特に、彼にとってはまるでお遊戯みたいなレベルだろう。
それなのに、どうして未だ帰って来なくて。
寄り道をしているにしては遅いし、何より、いつもは一人での任務の時は心配する自分に真っ先に顔を出してくれるはずだった。

――それなのに、彼はここにいない。

淡い星の光さえも遮った夜空は任務には適した環境だった。
今か今かと地上に雨を降らせるのを待ち望む雲がどんよりと闇を一層暗く陰鬱にさせていた。
微かに漂ってくる血の臭いの方向へと足を向ける。
その臭いは徐々に濃厚なものへと変化していくのにつれてシカマルは眉を顰めた。
彼らしくない。
この臭いを酷く嫌う彼は、臭いがつかないうちに処分するのが普通だからだ。

濃い血の臭いの先に、彼は立っていた。

彼の存在を認識すると同時に、ぽつりと冷たい雫がシカマルの頬を打った。
とうとう空は耐え切られず、冷たい大粒の雨の涙をぽろぽろと零しだしたのだ。
そして、それは直ぐに強くなり、あっという間に二人を濡らしていった。
声を、ナルトに声をかけようとシカマルは思ったのだ。
しかし、そこには見慣れぬ、そして危うい空気を抱く彼が居て、それを阻んでいた…。



ざぁざぁと降りしきる雨に髪はじっとりと濡れ、金色の髪が濃く鈍く光った。
髪から顔へと伝う雨粒が不快であるだろうに、拭う素振りを少しも見せずにナルトはただただ立っていた。
先ほどから急に振りだした雨によってあっという間にできあがってしまった足元の水溜りには赤いものが混じりだし、みるまに赤い血だまりと化した。

「蒼輝…?」

じっと足元のモノ、数多の屍を何の感情も見せない冷たい双眸で身動ぎもせずに見つめる蒼輝、ナルトの姿に、黒月、シカマルはそっと声をかけた。
その呼び声でようやくナルトはゆったりとであるがシカマルの方へと振り向いたが、しかし、それでもその表情には何の感情を見出す事はできなかった。
虚無を纏った今の彼は、まるで精巧な美しい一体の人形のようだ。


「何て、何て顔してんだよ…」


シカマルの心は酷く動揺していたが、それを綺麗に心の奥底へと隠して、努めて明るく振舞った。
声をかけねばいけない、そう感じるほどの危機感。
ナルトに、壊れる前の、何か不吉な事が起こる前兆のような恐ろしい静かさを感じたのだ。

そこで初めてシカマルは、珍しく彼が血を浴びている事に気づいた。
自分でも珍しく鈍いその反応に、いかにナルトの様子に動揺していたかが解って、苦笑するしかない。
白い、日に焼ける事を知らぬような美しい肌に飛んだ紅いそれは、禍々しく、かつ、より彼を妖艶に魅せた。
まるで人ではないナニカのよう。
正しく、里人が畏怖する九尾の化身のようなそれに、シカマルさえも飲みこまれそうになる。
不用意に近づけば、いくら自分だと言えども、彼の足元に転がる屍のように一瞬にしてバラバラに解体され殺されてしまいそうだった。


「蒼輝…!」


再度、強くナルトへと呼びかけると、ようやく我を取り戻したかのようにビクリと体が揺れた。
少しだけれど、ほんの少しだけれども、こちらへと戻ってきたような気がした。


「こく、げ、つ…?」


ナルトは呟くように己の名を呼んだ。
その事にシカマルは少しホッと胸を撫で下ろしながら、彼の頬にこびり付いた血を外套で拭い落とす。
ごしごしと何度か、既に乾き初めてしつこくなった汚れを拭うと嫌そうに表情を歪めた。
ようやく見えた、らしい表情に、一層シカマルは安堵する。


「ん、綺麗になったぜ?」
「…そう」


それでも尚も無機質なままの声で返事をしたかと思うと、自分でも一度頬を拭うような仕草をみせた。
どうやら、本当に血が無くなったのかを確認したらしく、徐々にではあるが普段通りに、血の通った感情を持った人間のように戻っていく彼のその仕草がどことなく可愛くて少し笑った。
しかし、その笑みを直ぐに引っ込めて見極めようとするような鋭い視線を彼へと向けた。
その気配だけで、彼はビクリと体を硬直させ、表情を消した。
ナルトのその行動だけで、全てが、分かったような気がした。

――強いくせに、弱くて、哀しいぐらいに美しい愛しい彼だから。

そう思った瞬間、シカマルはぎゅっとその体を抱き締めていた。
雨に濡れた体はいつもより一層冷たくて、その体を温めるように、慰めるように胸へと抱く。
襲った衝撃と苦痛に、それでも尚、耐えて、この腕の中の愛しい温もりを逃さぬように。


「バカ。俺はお前を厭わねぇよ。愛してる、から、な…。っ…」


バタリと己へと崩れ落ちるるように倒れ掛かってる人の背中に赤い赤い花が咲いていた。
その瞬間はよく解らなかったが、何かとてつもなく恐ろしくて、哀しくて、辛いという感情がナルトに押し寄せ、恐る恐る、自分の手を見た。
その花はナルトが、無意識に、その手のクナイで咲かせた一輪の花だったという事を悟る。
そして、それでも尚自分を抱き締める人物がシカマルだという事も。
生々しい手に残る感触とその臭いに、まぎれもない、あまりにもな事実を着き付けられ、ナルトは一瞬にして我を取り戻し、クナイを投げ捨てた。
無意識だった、しかし、それでも、彼をこの手で傷つけたという事に代わりはなかった。


「なっ…、シカマル…!」


ぐったりとそれでも自分を抱き締めるシカマルからは、先ほど殺った男のように赤い雫が滴っていた。
忌々しいぐらいに鮮やかな赤。
失えば失うほど、彼自身を失わせる雫だった。
慌ててその血がこれ以上でないように抑えるが、当たり前ではあるが効果はまったくなく、指の隙間から漏れでていく。
これほどまでに自分の能力を忌々しく思ったことはなかった。
いくら自分をしばし失っていたとはいえ、何もこんな時にまで急所を狙って刺さなくてもいいのに…!


「なんで…!」


賢いシカマルの事だ。
自分が危険な状態であった事ぐらい解るはずなのに、それなのに、何故、自分に触れたのか。
それは死を意味するかもしれないのに。
事実、自分は大切な、自分よりも大切な存在である彼を傷つけてしまったのだ。
失ったらと思うと、しかも、自分の手でやったのかと思うと、怖くて、どうしようもなくやるせない。


「…何に傷ついてるんだ、お前は…」
「喋るな…!今、治してやるから…!!」
「お前を嫌う者がいても、それ以上に、俺を大切に思ってる者がいる、それを忘れるなよ…」


幸いにも、咄嗟に致命傷を避けられたのか、シカマルは生きていた。
しかし、この雨にこの血では、何もしなければいずれは死んでしまう。
体を離し、術式を展開しようとさせるナルトを遮り、離れる事を許そうとせずに、シカマルは息は荒く、切れ切れにではあるが優しく言葉を告げる。
慰めるように、愛しげにナルトの髪を梳きながらこめかみにシカマルは唇を落とす。
こんな事をしでかしたのに、彼が齎すどこまでも優しい行為にナルトは泣きそうになった。


「お前が、心ない愚かな奴の言葉で傷つかないぐらい、それ以上に、愛してる…」


だから、傷つくなと、笑う。


「わかったから!だから、だからもう喋るな!動くな…!」
「なら…いい…」


流石にシカマルも限界だったのだろう、微笑んだ後、ぐったりと腕の力は抜け、意識が朦朧としはじめたシカマルの腕からナルトは急いで抜け出す。
シカマルの体温を容赦なく奪い去っていく冷たい雨が忌々しかった。
そして何より、自分が理由で彼を失う事など、絶対に許せなかった。
己の体にはほとんど必要がない為に医療の術にそこまで精通してはいないが、禁術には精通している。
自分の持つ膨大なチャクラとこの術があれば、なんとかなるかもしれない。
雨を遮る木の下へとシカマルの身体を運び、ナルトは印を切った。


「絶対に、助けるから…」







シカマルは薄れゆく朦朧とした意識の中、ナルトだけを見つめていた。
人形みたいだと思った彼ではなく、青ざめ、泣きそうになりながらも必死自分を治療しようとする様子に、自分の今の状態など忘れて、ほっとしていた。
本当は、大好きな笑顔が見たいのだけれど、それは贅沢だろう。
今は、彼があんな状態ではなく、人らしい表情を浮かべてくれるだけで満足だった。
しかも、必死になって自分を助けようとしてくれる姿は不謹慎ながらもなんとなく嬉しくて、そのせいで被った自分の怪我などどうでもよかった。
その事を考えたと同時に、苦笑にも似た思いを抱く。
何故、自分が無謀な真似をしたかを知ったら、きっと、彼は怒るだろう。

――俺以外の誰かが理由でお前が傷つくなんて許せない。

それだけだ、自分を着き動かした想いなど。
彼自身の手でさえ傷ついてなど欲しくなかったし、許せなかった。
ましてや、他人が理由で、昔のように自分を彼の瞳に映してくれないなど、決して認められなんてしない。
そんな彼への執着だけで、自分の傷と引き変えにでも、自分で一杯にしたいという狂気にも似た想いでこんな事をしたのだと知ったら、当分口も聞いてくれないに違いない。
だから、醜いこの想いは自分の中で隠し続けよう、隠しきれなくなるその時まで…。
そんな事を考えながら、シカマルの思考はゆっくりとホワイトアウトしていった。









目が覚めると、見知らぬ白い天井が目に入り、シカマルは一瞬状況が把握できず、数度瞬きを繰り返した。
そして、自分の身に起きた事と恐らくここは病院のベッドの上で、今迄寝ていたのだという事を悟ると、ひとまず身体を起こそうとするが、思ったように身体が動かず、その上、身体が痛みを訴えたので無理する事を諦めた。
己の思うようにいかない身体に顔を顰めると、何気なくシカマルは横へと顔を向けた。

そこには金色の光があった。

窓から日が差し込み、金色の髪を眩しく照らしていた。
静かに眠る彼の目元には隈があり、彼が酷く疲れているのだという事を示していた。
きっと、自分の容態が安定するまで付っきりだったのだろう。
その事に、シカマルはひっそりと笑みをはいた。
すると、気配を察したのか、ぴくりとナルトの身体が動き、重たげな長い金色の睫毛がゆるゆると眠た気に持ち上がり、蒼く美しい瞳が顕になり、視線がかち合った。
その瞳は微かに見開いた後、嬉し気に、そして安堵の感情を移して緩んだ。
…己だけを映して。











醜い感情は赤い雫の夢と共に君の前から消える















fin






*****あとがき。*****
こんにちは。今回はオンラインでは久しぶりじゃない?というぐらい見なかったような気がしなくもない、シカナルです。
えー、初めは唯単に人形のようになったナルトが書きたかっただけの血まみれな話しだったはずなんですが、いつの間にか何故かシカが死にかける昏い話になりびっくりです。つか、途中、本気で彼を殺そうかどうかで悩みました(え)さすがに、それは久しぶりに更新で不味いだろうという事で耐えましたが(じゃなかったら死んでたのか、こいつは…ι)で、最終的には、王道でいってやる…!はははっ!!と復活に頑張りました(笑)
しかし、いつも以上に昏いシカにびっくりです。なんだ、あれか、花本のシカと同一人物なのか?そんな気がします、この執着っぷりは。怖いなぁ、うん…。
久しぶりの更新がこのようなびっくりなシリアスダークですみませんでした!
甘さ7:血1:せつなさ2の予定だったのに、甘さ3:血2:暗さ:3:せつなさ1:腹黒さ1ってどういう事なんだ、自分…(遠い目)

では、このお話が少しでも皆様に気にいってもらえたなら幸い…。拍手ででもコメントいただけると嬉しいです。

06.10.08「月華の庭」みなみ朱木






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