欠片を拾う
それはとても小さなものだけれど
ひとつ ひとつ
大切に拾う
何よりも愛しい欠片だから…









欠片を集めて
















「悔しい」


天国は気に喰わないといったように顔を歪ませた
綺麗な顔にそんな表情は似合わないな、と向かいに座っていた無涯は思った


「何がだ?」
「無涯さんとこうしていることが」
「それの何処に不満がある」


天国はギロリと無涯を見たが、その視線を物ともせず、自分の言葉に疑いのない彼の様子に、諦めに似た嘆息の息を零した
まったく、この人は…


「…はいはい。ありがとうございます」
「…誠意がないぞ」
「ないし」


即答すると、無涯は軽く目を睨んだ
その様子を見て、天国は口の端をにっと持ち上げて愉快そうに笑う
この位の事は許してもらいたいものだ
この俺がこうしてるんだから
否、許さないような許容の狭い男だったら、こうして向かい合ってもいないが






天国が無涯に呼び出された場所は、いつもの喫茶店だった
いつも採算が取れているのだろうかと心配になるような人の少なさではあるが、
天国にとって、煩わしい事がないのでお気に入りの場所だ
もちろん、それだけではない
マスターの寡黙でありながら気の利くところや、美味しい料理や飲み物、店内に流れるジャズなども耳に心地よい店だ
その店でも、常連だけが通される西洋風の庭園に設置してあるテーブル、つまりはオープンテラスに天国と無涯は座っていた
天国は少しは機嫌が治ったものも、未だに気に喰わないとばかりに、だらりと白いテーブルにもたれ、その体勢のまま、器用にティーカップを傾けた
口には紅茶の仄かな渋みが広がる
華やかな香りも美味しい


「行儀が悪いぞ」
「煩いですよ。貴方は俺の母親でもあるまいし」
「確かに違うな。恋人だ」


さらりと当然のように堂々と言うこの度胸に拍手さえ贈りたくなる
まったく、どうして自分はこの人に捕まってしまったのだろうか
不思議で仕方がない
自分はあの閉鎖的な世界で満足していたというのに
何も求めなかった
だから、何も自分に関わって欲しくなかった
アイツ以外を除いては…

なぜ、なぜ俺は、この人を自分の世界にいれてしまったのだろう


「やっぱり、かなりの奇跡だな」
「何がだ?」
「無涯さんが、こうしている事」


その言葉に対して、無涯はさも可笑しそうに笑った
いや、笑ったという表現はあまり正しくない
こいつは何を言ってるのだと言わんばかりに不敵に微笑んだというのが正しい


「何が可笑しいんだ」
「お前が、奇跡なんていう言葉を使うからだ」
「…確かに、そうですね」


思わず、自分も笑った
もちろん、これも楽しいとかそういうものではなく、自嘲の笑みだ
奇跡とは、神に通じる
神を信じない俺が発する言葉とは、確かに可笑しいものだろう


「それにだ」
「何だ?」
「これは偶然じゃない。必然だ」


どうゆう意味だ?という視線で見やる


「俺の努力の成果だ。必然的だろう?」
「どこが?唯、単に俺を追い掛け回しただけじゃねぇか」
「それだけでお前の隣にこうして存在できるわけないだろう?お前はそんな容易な人間だったのか?」
「…違うな」
「だろう?」


そんな容易な人間だったら、どんなに楽に生きられただろう
しかし、それを羨むことはもうないけれど
そんな時期はもう、遠い昔のことだ

そんな想いを悟ったのだろうか、無涯は微かに声を立て笑った


「お前はなかなか俺に心開いてくれなかった。遠ざけようとするばかりで。だが、少しずつ、近づいていけるように、そうなりたい、否、なる。そう思っていたからな。俺は欠片を集めたんだ」
「欠片?」
「あぁ。自分でも中々大した欠片収集家だったと思ったぞ?」


急な比喩表現に普段は結構、直接的に物事を言う人だけに戸惑う


「どういう意味だ?」
「お前が気付かない内に、少しずつ落としていった小さな欠片。それを探して、拾い集めて、その結果、こうして目の前にいられる」


無涯は天国の頬にそっと手を添えた
その突然の無涯の行動に動揺するそぶりもなく、じっと自分の視線を外さずに見返す茶色い瞳
強い意志が宿るその瞳が無涯はとても好きだった
もちろん、それ以外にも好きなところは沢山あった
が、一番彼らしさが出ているこの瞳は無涯のお気に入りだった


「欠片はお前自身の壁の綻び。でも、それもお前の一部だ。だから、俺は天国に近づく為にそれを大切に拾う。残るはお前自身。出来るのはお前自身の想いだ」
「俺の想い?」
「そうだ。お前の拒絶という名の孤独、求めたモノ、願う気持ち。そんな想いだ」
「そんな感情はない」
「お前の場合、自分でも気付かない感情が多い。それが俺には分かった、それだけだ。…お前はその感情を嫌いがるが、俺にはそれさえも愛しい」


そっと、目元に口付ける
天国には無涯が笑っているのが分かった
いつものとは違う、優しい笑み
愛しい者にしか見せない笑みを
あぁ、どうして、この人はこうなんだろうか
絶対に、この人は俺がこの微笑みに弱いことを知ってる
普段、人を嘲笑うかのような笑みしか見せないのに
この人の、優しさに触れる瞬間
仄かに心が暖かくなる
捨てたはずの感情が自分の中で再び息づく


「ほんとに、どうして捕まっちゃったんだか…」
「俺が天国の事を愛してるからだな。愛は偉大だな」
「…そういう寒い言葉をさらりと言うところが嫌いなんだ」
「傷つくな」
「へぇ?俺はそんなに弱い人と付き合っている覚えはありませんが?」


その言葉に無害は軽く目を見張った
何故なら、ようやく付き会えたものも、天国といえば、会うたびに「悔しい」の一言である
その天国がだ
まったく、驚きの一言である


「無涯さんこそ不満があるようですね。いいんですよ?今、すぐ、ここで、別れても」


敏感にその気配を悟ったのだろう
にっこりと、それはそれは大層綺麗に微笑まれる
これは、絶対に怒っている
しかも、ひじょーにだ
なまじ、綺麗な顔をしているだけに迫力は凄まじいものがある
冷や汗がつーっと背中を伝う


「いや、ないぞ?不満など。まったく。あぁ、まったくだ」
「…ふーん、そうですか。ま、いいですけどね」


冷たい目線で見られてタジタジとするが、冗談ですよと笑ったのでホッとする


「そうでした。今日の用事はなんです?ようやく世間は夏休みで部活三昧って時に」
「…気付いていないのか?それとも、ワザと言っているのかそれは?」
「どういう意味です?」
「今日は何の日だ?」
「今日…?別に特別な日でも…。日曜ってくらいで。あぁ、そういえば行きがけに沢松が一緒に食事しようとかは言ってましたけど…」
「…なんだと?で?どうしたんだ」
「どうしたって、しますよ?別に、アイツは身内みたいなもんです。いいじゃないですか、それぐらい。それに、食事なんていまさら…」
「いまさら?なに、お前はあいつとの食事はいまさらなのか?」
「えぇ。…一応、言っておきますけどね。沢松になにかしたらいくら無涯さんでも、覚えておいてくださいよ?アイツの存在は俺にとって大切なんですから」


射殺されるかというような視線
ぞくりとする


「妬けるな」
「アイツの存在を否定する事は、俺を否定するのと同じだ。それが分からない程度なら…」
「分かってる。だからこそ、悔しいだけだ」
「…なら、いいけど」


ふいっと横を向く
途端、ふっと解ける緊張感
どうやら、間違った解答ではなかったようだ


「で、何?」
「ん?」
「だから、用事!」
「あぁ、…おめでとう」
「は?」
「…今日は天国の誕生日だろう?」
「あっ!」
「…やっぱりな。そうだと思っていた。自分の事には無頓着だから」


返す言葉もない、と気まずげに目線をそらす
そんな可愛らしい様子に思わず笑いが零れる


「これを」
「何?」
「気にいるか分からんが」


手渡されたのは小さな箱
なんだろう?と思いつつあけると和菓子数々
花や動物を象ったものから、涼しげなものまで沢山ある
見た目は非常に美味しそうだ


「甘いものが好きなんだろう?」
「…もしかして、これ、無涯さんの手作り?」
「あぁ、そうだが。気に入らなかったか?」
「いや、嬉しい。ありがとうございます」
「喜んでくれたのならいい」


ぶっきらぼうだが、微かに安堵感が滲む声に天国は思わず笑った
おもむろに一つ取り出し、被りつく
まぁ、本当に飲食店で持ち込みはいけないのだろうけれど、今日ぐらい大目に見てくれるだろう
誕生日だし
餡と餅の割合も丁度良く、甘すぎず、なかなかの味だ
朝から無涯さんが仏頂面で、台所で餡や餅とちまちまと格闘していたかと思うだけでも面白いのに
いや、嬉しいかな?
と色々な思いが駆け巡る


「味はどうだ?」
「…今度、作り方を教えてくれませんか?」
「あぁ」


笑いあう
幸せだと感じる

少し前までは考えられない関係
考えられない自分

この人と関わりあう事で落とした欠片
拾い集めたその腕前に感謝しよう
出来るのはお前自身の想いだといった
けれど、今はその欠片はきらきらと輝いて綺麗な想いに変わった


「誕生日おめでとう」
「えぇ。…大好きですよ、無涯さん」


やっぱり、未だに少し悔しいけれど、好きになってしまったんだから、負けは負けだ
いつもは向こうからしかしないけれど、今日は特別だ
そっと、触れるだけの口付けを贈った





貴方が拾い集めた欠片
今も孤独を照らすように光り輝く…












fin











***あとがき。***
きゃーvv天国、誕生日おめでとー!!てことで、天国誕生日祝い小説です☆屑猿です!え、なんでか?それは天国の誕生日だけ組み合わせ自由だからです。書きたいものを書く!!マイブームなんで☆というか、沢と猫相手の誕生日はネタ尽きた(死)
天国さん誕生日小説にも関わらず、最後の方にしか関係ないトコロに思わず泣きそうになりました。これ、祝ってる?みたいな(泣)
ほのぼの屑猿のつもりが、書くにつれて、「Love Tactics」のシリーズの完結編になるしιどうやら、お友達の、何時くっつくの?という言葉が気になっていたようです(笑)にしても、あの関係からぶっ飛んだなぁ。既に付き合ってたヨ(笑)
ちなみに、天国の口調が丁寧だったりぶっきらぼうだったりするのはワザとです。年上で認めてる人には丁寧語を使うんです、うちの天は。でも、うっかり為口になってしまう時があるのが可愛いですv
ではでは、天国さん、誕生日本当におめでとうvv
皆様の心に少しでも留まれば幸い…
04.7.25 「月華の庭」みなみ朱木




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