星の海を泳ぐ魚   ―Sample―




 その日、その時、ケリーがその星に降り立ったのは偶然以外の何物でもなかった。偶々燃料が少なくなってきていたし、長期保存用ではない食糧を買い込みもしたくなってきたところで、その補給に丁度手頃な場所だっただけにすぎなかった。
 だから、そこにケリーが立ち寄る事を知っていた人間などいないはずだ。予測できたモノがいるとすれば、長年連れ添っている感応頭脳の相棒、ダイアナ・イレブンズ。通称クレイジー・ダイアンぐらいであろう。
 彼女ならば己の燃料も、貯蓄している食糧の量も把握しているし、相棒であるケリーの思考パターンもよく理解している。寄り道しそうな星ぐらいケリーが提案する前に目星をつけていそうだが、それを外部に漏らすような事をするはずがなかった。


「…どういうことだ、これは…」


 なぜ、そのような事を考えているのかと言えば、現在進行形でケリーの身に非常に不可解な事が起きているからだった。
 事の初めは、先に述べたように、燃料と食糧の補給を兼ねて降り立った星で、目的ついでに観光でもしていこうかとぶらぶらしている最中に起きたのだ。
 都市部は観光を、その他の地域は農業及び、その農業体験を売りとしているようなよくある観光に力を入れている惑星だった。ケリーも観光するといっても、農業体験になど興味はない。都心部を当てもなくぶらぶらしていた。
 健全な家族連れの施設に縁も興味もない。行っても浮くだけだ。かといって、そんな家族連れのお父さん目当ての卑猥な施設にもケリー興味はなかった。
 ケリーはまだ青い若さを感じさせるものの、すらりと背の高く、けれども貧弱になど見えない、無駄な肉が一切ない鋼を絞ったような筋肉がついた鍛えられた体格をしていて、浅黒い肌にシャープな輪郭の非常に整った顔の造りをしている。 切れ長の目に収まる瞳は、琥珀色のグラスに入ったお酒のように光を通して蠱惑的に光っていて、筋の通った高い鼻に、形のよい唇が笑みを僅かに形造るだけで、どこか愛嬌のあるような、けれども底知れぬ迫力を感じさせる美貌と色気があった。
 お陰様で女性には、とりわけこのような繁華街で客を待つようなお姉さま方からの熱烈なアピールは飽きる程に経験していて、不足はしていない。美しく色っぽく装った彼女たちは目にはとても美味しいが、今は抱きたい気分ではなかった。
 何を若いのに枯れた事を、と思うかもしれないが、数日前に付き合っていた女性と別れたばかりだし、今のケリーの精神状態はあまりよいとは言えなくて、そんな気にもなれなかったのだ。
 かといって、何かしたい事があるわけでもなく、裏通りからさらに奥の奥、迷路のような細い道の入り組んだような場所にある、自分と似たような世界に生きる者達が集まるような場所で酒を飲んでいたのだ。その土地でしか飲めないような酒が頻繁に飲めるのはケリーの職業のよいところかもしれない。
 しかし、今回は当たりだった。勘で入った店の品揃いはよく、マスターのセンスも腕もよかった。その上、適度に人が居て賑わっていて、静かに飲んでいるだけで有益な情報を得ることもできた。こういった場所での雑談に耳を澄ましているだけで得られる情報は、デマも多いが、時として有益な情報が含まれているのだ。
 しばらく時間を過ごし満足して店を出ると、ケリーはダイアンの待つ港へ行こうかと足を進めた。しかし、歩いて直ぐに違和感に足を止めた。


――静かすぎる…?


 そう、静かすぎたのだ。いくらここが表通りから遠ざかっているとは言っても僅かに喧噪の声が聞こえていていいはずだった。だからこそ、現在のような人っ子一人いないような静けさは異常だった。動物の気配さえも感じない。


「…ダイアン?」


 何かわかるかと連絡をダイアナと取ろうとするが、しかし、通信機の向こう側も沈黙を保ったままだった。何か強力な妨害装置でも作動しているというのか。
 ちっと舌打ちを一つし、そっと手を腰に下げた銃にやる。気配を探りながら、ゆっくりと足を進めた。
 しかし、そこでまた一つ、異常な事に気づく。明らかに道がおかしいのだ。ケリーは方向音痴ではない。しかも、ケリーは店に入った時とまったく同じルートを逆走していたはずだった。確かに何度か道を曲がった記憶はあるが、間違えた記憶もないのに、歩いても歩いても目的の道へと出ないのだ。
 ――どう考えても、道を間違えていたとしても既に別の通りに出てもおかしくないほど歩いている。なのに、一向にどこかに出る事もなく、変わらず異常に静寂に満ちた場所が続くだけだった。 「いったい、どうなってやがる…」  右目の義眼を通して周囲をゆっくりと見回すが、しかし、左目を通してわかる程度の異常しかわからなかった。予想はついていたが、実際に確認されると思ったよりもがっかりさせられる。
 ちなみに後ろを振り返った時には、いつの間にかあの店の存在は消えていた。確かに先ほどまで実在していて、違和感などなかった現実の出来事なはずなのに、このような異様な体験をさせられると、あれも夢幻のようなものだったのかと不安を抱かせられる。
 ダイアナと連絡は通じない。義眼でも異常の原因が見当たらない、となれば打つ手などほとんどない。いっそのこと銃でもぶっ放してみれば何か変わるだろうかと思ってしまうが、原因がわからない以上、それは最後の手段に取っておくべきなのだろう。


「…とりあえずは、後ろを見るな、前へと進め、かな」


 もしこれが人為的なものならば、この道の先に何かあるのかもしれない。そう結論づけると、ケリーは警戒を続けながらも先ほどよりも速度を上げて道の先へと向かった。




…と、こんな感じのお話です。冒頭を掲載させていただきました。
全体的にしっとりなお話です。
海賊王時代のケリーのお話でですが、一応遠回しな海賊女王本です。
ただ、ほとんど女王は出てきませんので、ケリー本と言った方がいいかもしれません。…誰得。

原作にないオリジナル設定が苦手な方はお気をつけください。




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