孤月の浮かぶ森   ―Sample―





T: 鴉の音  より一部抜粋




「…なんだか今日は森が騒がしいってばね」

 もう時刻は真夜中だった。常ならばこの時刻には森の多くの獣たちも眠りにつき、活動するのは僅かな夜行性の獣たちだけで、もっと静かだ。けれど、今宵はそれ以上に騒がしかった。
 森で何か起きたのだろう。それが自分達に関係のない事か、そうではないのかはナルトにはわからない。もしこれが前者ならば歓迎できない事なのだが、けれどもある程度の事は彼で対処できてしまえるので自分が出るまでもない。これまでのように後は任せて目を閉じればいいだけだ。
 そうは思うのに、何故か今宵は酷く落ち着かなかった。何度も寝ようと試みるものの、全て期待を裏切られ、ごろんと無意味に体を寝台の上で転がるだけに終わる。それを数度繰り返して惨敗し、そこでようやく諦めると、ゆっくりと寝台から身体を起こした。
 同時に、部屋に扉を叩く硬質な音が響いた。扉一つ叩く音さえも個性は感じられる。そもそもな話、この屋敷には彼と己しかいないのだが、その聞きなれた音の響きを立てた主は、入室の許可を出す前に静かに室内へと入ってきた。

「――起きていたのか」

 このような時間だというのに夜着ではなくきっちりとした服を纏う男の言葉にナルトは問うような視線を投げかけた。
 それは許可なく入室した事を咎めるものではない。何しろ彼にはその権限が与えられていて、そんな事は二人の間で何の問題にもなりはしないのだから。 咎めたのは、常ならばここに現れる事なく問題の処理を行っているはずの男が今ここに現れた事だ。まだ森は静寂を取り戻していないというのに。 黒茶色の髪をきっちりと頭上で結った男の顔は優しげな顔立ちをしていて、鼻上にある大きな傷さえなければごく普通の里人に見えただろう。普段ならば、という注釈がつくが。今の彼の隙の無い気配では普通には見えまい。

「いつもと違う様子だからな。お前ならば何か気づくことがあるかと思ったんだ」

 やっぱりこちらに来て正解だったな、と己の判断に僅かに口端を持ち上げて言う男――イルカの台詞にナルトは僅かに眉間に皺を寄せる。

「寝ていなかっただろう?」

 常ならばこの程度の騒ぎ、俺に任しているはずだ。寝ようと思えばすぐに寝ていただろうがと続けた。確かに、ナルトはとある理由により、寝られる時にはすぐに寝られるように訓練してあった。反対に起きるのも一瞬だが。ともかく、寝付こうと思ったらものの数秒で、それは子守歌を聞く間もないのが実状だった。
 寝ていないのではなくイルカの気配に目が覚めたのだという顔をしたが、しかし、そんな嘘をイルカはあっさりと看破した。生まれてからずっと己の側にいた男を騙すのはやはり難しかった。もしかしたら、イルカは己以上にナルト自身について詳しいかもしれないと思うことがある程に。 まぁ、イルカの嘘を見抜けるのも同じように側で過ごしてきたナルトなのだから引き分けか。…いや、彼に育てられたという事は過去の色々な事を知られ握られているということで、やはりナルトの方が弱いのだ。

「――…で、何が起きたってば?」
「進入者は関知したんだが、どうもおかしい」
「おかしい?」
「あぁ。数は恐らく一人。今までに何度も刺客を送っては失敗しているわりにその人数とはよっぽどの手練れかと思ったんだが、それにしては…」
「森が騒がしいってばね…。こうも潜入だけで騒がれてはこっちに宣戦布告をしているようなもんだってば。よっぽどの間抜けなのか…それとも自信家なのか…」
「はたまた、まったく見当違いで、間違ってこの森に入ってしまったか、だな…」

 お前はどう判断する?と問うイルカの顔は、その言葉とは裏腹にその返答を既に理解しているものだった。それも、きっとこの部屋を訪れた時に、だ。ますます見透かされているようで気に入らないが、それでも答えを変える気はナルトにはなかった。

「――俺が出るってば」
「畏まりました。では、私はどういたしましょうか?」
「ここで待機を。ただし、他にも進入者がいるようだったら始末しろ」

 先ほどまでの態度とは一転、恭しげに了承の礼をイルカは取った。ナルトも、それに倣って泰然と命を下した。
 ナルトがこの館の主でイルカは臣下だった。臣下と言ってもたった一人しかいない。二人きりでこの屋敷に住んでいる。ましてや己をここまで育てあげたのもこの男だと思えば、そんな堅苦しい関係を保つのも馬鹿らしかった。 しかし、頭の固い男はそんなナルトの考えをある程度までは妥協して砕けた態度を取ってくれるようになったのだが、こういった時だけはその関係の垣根を崩す事を決して許しはしなかったのだ。 それを寂しいと思う気持ちはあったが、それを願う彼の気持ちを思えばこそ、と今度はナルトが妥協したのだ。だから、今この時は明確に主として立っていた。
 すかさず用意された漆黒色の外套を纏い、愛用の武器を受け取ると身につけ、屋敷の窓からひらりと飛び出した。 それなりの高さがあるのだがこの程度の高さなどナルトにとって障害にもなりはしないのだ。その際、視界に映った森の木々の隙間から見えた夜空は森の騒がしさとは無縁だと言うように冴え冴えと浮かぶ月が眩しく美しかった。
 ――今宵、何かが起きる。 そんな予感がした。





…と、こんな感じのお話です。1章の前半部分を抜粋して掲載させていただきました。
全体的にシリアスしっとりなお話です。
サンプルで感じ取れるようににシカナルなんですが、多分にイルカが出張ります。

ひっそりとした森に従者と二人だけで住む怪しげな美貌の主人に一目ぼれするこれまた怪しい男、がコンセプトです(笑)

蒼輝でも黒月でもない、完璧独立もののお話です。おかげでよい一層パラレルなお話になりました。
オリジナル設定、特殊設定が苦手な方はお気をつけください。




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送