Tout le bleu   ―Sample―





01;もしくは魔王 より一部抜粋




「…相変わらず上手いもんやなぁ」
「――俺の特技の一つだからな。美しいものを追い求める事に妥協はしねぇよ」


 急に背後に感じた気配と掛けられた声にフランシスは飛ばしていた意識を取り戻した。突然のそれに考えていた内容が内容な為に驚きと気まずさでばくばくと強く脈を打っていた。
 けれど、フランシスはそれを微塵にも表には出さず、まるで全ての思考はずっと目の前のものに囚われていましたというように、語り掛けの声に後ろを振り返ること無く視線はそのまま前の物へと固定しそっけなく返答を返した。そして、傍に置いていた絵筆を手に取ると目の前のカンバスに勢いよく一筆入れた。
 しかし絵筆は必死に取り繕うとするフランシスを嘲笑うかのように心に正直で、動揺が現れたように上手く色が載らず、その結果に思わず顔を顰めた。全てが台無しになった気分だった。心の入っていない状態で塗るものではないのだと再度教えられた気がする。
 とりあえず、来客もあったようなので今日はもうこの辺りでお仕舞いにするべきなのだと潔く決断すると筆を再度手放し、そこでようやくくるりと背後を振り返った。


「不法侵入は訴えられたら一発で捕まるぜ?」
「アホか、誰が不法侵入や。俺はちゃんと声かけたでー?」


 俺に落ち度はない、気づかなかったお前が悪いんや、微かに責めるような眼差しに肩を竦めて軽く流すとやれやれという少し呆れたような表情へと変わった。けれど、それも僅かな間の事で直ぐに普通の表情へと戻った。なぜなら、互いに本気の言葉ではないことをよくわかっている上での軽口でいつものお決まりのようなものなのだ。
 そもそも、好きな人の訪問を喜ばぬはずがない。不法侵入万歳という感じだ。もちろん、できれば夜這いとか色気のある方向でお願いしたいところだ。といっても、それは望みすぎだとわかっているので唯の希望というか願望であって、例え理由がご飯を食べさせろとかいうものであっても嬉しいのだ。
 長時間座っていた身体を解すように立ち上がり、軽くストレッチをするとキッチンの方へと向かう。そして数分後にカップを両手にして出てくるとその片方をアントーニョへと差し出した。暖かく香ばしい匂いが周囲に立ち込める。


「おおきにー。お前の入れたコーヒーは美味いから好きやわー」
「俺が入れたコーヒーだからな。俺が自らブレンドした特製コーヒーだ。不味いわけがねぇよ」
「大した自信家やなー。まぁ、お前の美食に対する熱意は認めるわ。実際に美味いしな。前々から美味かったけど、最近のは格別やわー」


 一口飲んで本当に美味しそうな笑みを浮かべるアントーニョのその反応にフランシスは満足を覚えた。ここまでの道のりは実は意外と遠かっただけに感慨深いものさえある。というのも、実はアントーニョが口にしているブレンドは本当に特製といっていいもので、アントーニョの好みに仕上げてあるものだった。
 最初に入れた時から美味しいとは言ってくれたが、彼の家を訪れた時に出してくれた味とは酸味や味の深みが大分違っていたのに気づいたのがきっかけで、それから何度か共にする内に何となく彼のコーヒーの嗜好がわかってきたのだ。それからは、豆の配合やら入れ方を色々と変えて試し、入れる機会があれはすかさず飲ませて反応を確かめては調整し、ようやく今の形になったのだ。
 こうして努力が報われるまでは非常に長かった。正確には定かではないが、想いとほとんど変わらぬ歴史を歩んでいるのではないかと思う。…といっても、コーヒーのように自分の方はまったく進展がみられないのだが。
 と自分の考えに落ち込んで溜息を飲み込むのを誤魔化すように自分もコーヒーを口に運ぶと、何時の間に飲み終わったのかアントーニョはカンバスの前に立って絵をじっと覗き込んでいた。


「これ、次の展覧会に出すやつなん?」
「あぁ――…いや、どうかな。…悩んでるところだ」


 初めは肯定するつもりだったが、否定し、最終的には言葉を濁した。言葉にはっきりと言い表す内に胸の内を燻っていたものが強くなり、気づいた時にはぽろりと零れるようにそう答えていたのだ。
 今描いているのは青色が印象深い絵だった。ニースの碧い海と雲ひとつない晴天の抜けるような美しい青い空を描いた風景画だ。色んな事に疲れていた時にふと久しぶりに立ち寄ったニースの景色がとても印象的で一度描いてみたかったのだ。
 構図も画法も悪くは無いと思うのだが、今一よい出来だと言い切れないのが悩みどころだった。まだ完成はしていないのだから決め付けるのはよくないだろう。けれど、この時点でこんな思いを抱く絵が最終的によい作品になるのだろうかと思うとどうしても悩んでしまうのだ。描き治すのならば時間的に今がぎりぎりだった。
 どうしてそう思うのか、それはもう何となくわかっている。フランシスの描く絵はいつもフランシスの心の鏡のように内面を、喜怒哀楽を映し出す。だから、この景色を望んだ時の心境と、今の現状が映し出されたこの絵がよい出来とはいえないのだろう。


「そうなん? …でも、すっごい綺麗な青色の絵やなー」














Tout le bleu
仏西
A5/36P/500円
FCオフ
表紙絵はあづみさんに頼みました!


…と、こんな感じのお話です。1章の真ん中辺りを抜粋して掲載させていただきました。
 全体的にこういう雰囲気に溢れたお話です。しっとり切ない感じ使用。時折少しだけほのぼの。
 鈍感な西に恋した仏お兄さんが長い年月がたっても告白できず、結局、悪友の立場からどうにも進む事ができず、ぐるぐる悩んで勝手に落ち込む後ろ向きでヘタレてる話(笑)
 ちょっとだけ西←ロマ。個人的には仏⇔西な話なんですが、もしかしたら仏→西にしかもしれない。全体的にしっとり切ない感じです。
 青い絵をテーマにした青春的でどこまでも青い本です。題名が読めない場合は「青い本を!」で(笑)




■□■執筆■□■

みなみ朱木
(c)日ノ花 月ノ花


普段はまったく違うジャンル(鳴門とか復活等WJ系)で活動しています。





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