茨と剣   ―Sample―





01;剣の主


 ツナは教会の鐘の音が鳴ったのを聞き、それまで忙しなく動かしていた手を止めて顔を上げた。いつの間にか仕事に没頭するあまりに時間が大分経過していたようだった。気づけば時計の針は三時間以上も進んでいて思わず苦笑が漏れた。
 マホガニーで出来た重厚感を漂わせながらも猫足で優美な曲線を描く机は、女性であるツナの為にあるような気品ある造りになっていたが、その上に広がっている書類の量が余りにも多くでその雰囲気を台無しにしていた。机の上に積みあがった書類の束の殆どはもう目を通し終わっている。目に見える成果をツナは満足気に確認し、再度手元に目を落とした。その書類を最後まで目を通しサインをし、山の天辺に積み重ねると、ようやく万年筆から手を離した。
 そのタイミングを見計らったように、扉を静かに叩く音がする。許可を告げると静かに開かれた扉の向こうには銀色の男が立っていて、滑らかな動作でツナが居る執務室へと入ってきた。
 銀色というのは何も派手な色の服装を身に纏っているというわけではない。かっちりとした黒いスーツに全身を身に包んだ男の腰程まで伸びた長い白銀色の髪の事だ。
 上流階級のお嬢様に負けぬほどに長く癖一つない美しい銀糸は、今は首元で白い紐で一括りにされていた。癖のある髪の毛を持つツナにとってはそれは妬ましいぐらいに美しい髪で、きっとそれはツナだけではなく世の中の女性の多くはそう思うはずだと思っている。事実、女中達が羨望の目で見ている事をツナは知っていた。勿論、そういう意味だけの視線ではない事も。
 ツナよりも八歳年上の彼は二十歳を超えてから然程立っていないまだ若々しい青年だ。口調や態度に粗野な部分があるが、それも親しいものの前だけで、取り繕うと思えば上品に取り繕える。また、賢くて強い。何でも器用にこなすが、特に剣の才能に優れている男だった。それだけでも女性を惹き付ける要素に溢れているのに、極め付けに彼は美形だった。若干目が鋭いのが難点だが、それを除けば整った顔立ちをしていて、どこか色気さえも感じる相貌をしていた。
 そんな彼の手には銀の盆が乗っていた。その上には白磁に青い色彩で美しい花々描かれているカップとソーサーが一客載っていて、その横には美味しそうなお菓子が置かれている。それらを目に留めてツナは笑みを湛えた。


「さすがはスクアーロ。タイミングがいい。丁度ある程度のキリがついて休憩しようかと思ってたんだ」
「そりゃぁよかったぜぇ」


 スクアーロはツナに笑い返しながら、手馴れた手つきで書類の広がった机の上をテキパキと片付け、スペースを空けると、ティーセットを並べ始める。無駄な動きも無駄な音を立てることなく動くスクアーロの様だけ見れば彼はそれが本職のように見えた。しかし、彼はツナの家の給仕でも執事でもなかった。
 入れられたカプチーノの芳しい香りが室内に満ちる。飲まなくても分かる。ツナの好みばっちりの甘い甘い味になっているだろう。白いクリーム状のミルクの上には可愛らしくハートが描かれていた。相変わらず器用で芸が細かいと感心すると同時にどういう顔をしてこれを描いているのかと想像するだけで笑えた。

「なんだぁ゛ぁ?」
「何でもないよ。相変わらずスクアーロの入れたカプチーノは美味しそうだなって思っただけ。あれ、今日のデザートは自家製?」
「ザンザスのところへ行ったときにルッスーリアにお前にって持たされたんだぁ!」
「――…そう。だから微かに髪が濡れてたのか。ザン兄様も相変わらずだなぁ。まぁ、それは何時もの事だからともかく、後でルッスちゃんにお礼を言わないとだね」

 スクアーロの言葉にツナは微かに表情を歪めたが、それは一瞬の事で直ぐに笑みを浮かべ常の調子で返した。胸がしくりと茨の棘に指されたように痛む。けれど、その傷みには今やすっかり慣れてしまっていて、何もなかったように平然と流した。流さなければならなかった。
 しかし、幾ら慣れてしまっても痛いものは痛い。じんわりと傷ついた心からは血が流れるのだ。今日はもう書類に手はつかないだろうなと心の中で自嘲する。幸いなのは今日遣らねばならぬ仕事は殆ど終っていて、緊急のものはない。残りを明日に回しても支障がない事だろう。
 お皿に綺麗に盛られたクッキーをぱくぱくと口に頬張り、カプチーノで胃へと流し込んだ。どちらも絶品の味なのに、哀しいぐらいに今は味がしない。申し訳ない気持ちになりながらツナは早々と完食すると椅子から立ち上がった。
 表情には気づかなかったようだったが、一連のツナの行動にスクアーロは何事かと訝しむ視線を投げかけていたが綺麗に黙殺し、隣のプライベートルームへと入って白いコートを手に再び執務室へと戻った。

「ツナ?」
「街へ行く。車を回して」
「これからかぁ? まだ終ってないんだろぉ、怒られるぜぇ?」
「問題ない。ここ数日は大人しくここに篭って書類を片付けたんだ。いい加減、煮詰まっちゃう。…気に入らないようなら一人で行くけど?」

 返答を待たずにツナはコートを着ると扉へと向かう。普通のお嬢様ならばこの発言は虚勢にしかならないだろう。けれど、ツナは『普通』ではない。ある程度の事はなんでも自分一人でこなせる。それに、いくら警備が厳重になされた屋敷であろうとも、ツナならば見咎められずに抜け出すのも容易い。
 それが分かっているスクアーロは慌ててツナの後ろを追ってきた。己に振り回されている様子に少しだけツナの心の痛みは和らぐのだ。

「う゛ぉ゛ぉ゛ぉい! アホかぁ! ツナを一人で行かせられるわけないだろぉがぁ! 一体お前はオレを何だと思ってるんだぁ!」
「剣。――私の剣だよ、スクアーロは」






…と、こんな感じではじまるお話です。一章の最初の部分を掲載させていただきました。
全体的にこういう雰囲気に溢れたラブストーリーです。しっとり切ない感じ、けれど目指せハッピーエンド&王道になってます。

年齢は原作ぐらい。年齢さも。多少は年齢設定は上かもしれないけれど、数年程度のずれです。
綱吉は幼い頃からイタリア育ち。日本には数回行ったことあるぐらいな感じ(本編にまったく関係はない)
ということで、舞台もイタで、日本人いません。

ツナ女体で、一応スレツナ…というよりボスツナ?なツナ様です。
特殊設定が苦手な方はお気をつけください。




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