Honey sugar & little spice   ―Sample―





*それは己だけでなく*


 たった一つの出来事で運命など簡単に劇的な変化を起こす事を綱吉は知った。
 否、そんな事はリボーンと出合った時点で身を持って知っていた。けれど、これはそこからの更に分岐であって、そして綱吉にとってはあの日リボーンによって告げられ劇的に変えられてしまった運命と同じぐらい重要な事だった。


 避けよう、と意識するよりも前に身体が動いていた。ビュンと一発の銃弾が聞こえたと思ったのとほぼ同時に、まるで焼かれるような鋭い痛みを感じて、思わず綱吉は唸り声にも似た声を上げた。
 痛い。怖い。哀しい。そして目の前の者への、強い怒り。色んな感情が綱吉の中を駆け巡った。己の服を切り裂き、致命傷を貫く予定だったのだろうが綱吉が避けた為に浅く肌を傷つけるだけに終わった銃弾は後ろのコンクリートの壁に音と立てて当たり埋まっていった。
 己へと明確に向けられた強い殺意。黒服の、まるで喪服のような死を連想させる服を纏った男が綱吉へチッと舌打ちをするように忌々しげな表情を向けた。手間をかけさせやがってという感情を隠すこともしていない。
 何故、こんな目に遭わなくてはならないのか。概ね平和だと称される、銃の所持さえも普通ではないはずなのに、綱吉の目の前には黒光りする拳銃の銃口が向けられていた。
 普通ではまず遭遇しない情況だ。たまたま見られては不味い場所に己が居た為の始末、ではなく、己の殺害が初めからの目的。不運だったのは今ではなく、そもそもの己という存在の始まり、生まれだ。何故って、それは綱吉がイタリアン・マフィアでも屈指の巨大マフィアであり、それだけでは留まらず世界的にも有名なコングロマリットを形成する巨大財閥であるボンゴレの初代の血統を受け継ぐ者だからだ。
 ただ初代と同じの血の流れを引くだけならば、綱吉以外にも存在する。けれど、真実な意味で正しく受け継いだ人間は片手もいないのだ。奇しくも綱吉はその少数の方に属する貴重な人間に含まれており、それが原因で狙われる事になったのだ。――今、こうして風前の灯のような状態になっている。
 後ろには灰色のコンクリートのビルの壁。ビルとビルの隙間の狭く細い道は他に抜け出る道などなく行き止り状態だった。逃げ場などない。抜け出せる唯一の場所は目の前に己へと銃口を向ける男が立ち塞いでいた。
 今までの経験が生きたのか、追いかけられていると珍しく気づいたのまではよかった。けれどそれを巻く能力が綱吉には欠けていて、更に追っ手は綱吉よりも優秀だった。気づいたらまるで導かれるように人気のない退路を絶たれたような場所へと追い込まれていたのだ。
 そして、そこに先ほどの一発の銃弾が発せられる音。唯でさえ怖かったのに、その銃弾が止めとなってとうとう綱吉の腰が抜けた。ひんやりとする無機質な壁をずるずると伝うようにして地面へと座り込む。足も震えて力が少しも入らない。きっと、ここに退路があってもこの足は役に立たなかっただろう。
 思わず綱吉の両の目からは大粒の涙がぽろぽろと溢れ出てきた。今まで散々、我慢した。イタリアに住んでいた時も、日本に来た時も色んな事を我慢させられた。こんな格好嫌だったのに、どうしてもお願いだと懇願されたから、自分の為でもあるのだと周り中から何度も言い含められて、嫌だったけれどもしたのだ。悪気があってついた嘘ではない、けれど友人の疑う事無く接してくれる顔を見ると心が痛んだ。なのに、結局は無理なのだ。逃れなれないのだ。どこまで行っても、何をしても。
 もう、駄目だと思った。逃げ道はない。逃げ切る自信もない。一度目の銃弾は運よく外れたが、綱吉の運動能力でこの先も避けきれるのは無理だ。最初の銃弾が掠りこそすれ、致命的な怪我を負う事無く避けられたのは奇跡に近い。
 未だ己の能力を自分で自由自在に使いこなせぬ綱吉は自分ではなく誰かのピンチかリボーンの支援さえなければ敵を倒す能力などないのだ。綱吉の能力はいつだって自分よりも他者の為に働くのだ。だからこんな自分の絶体絶命のピンチにだって死ぬ気になれないのだ。なんて可笑しな事実か。所詮、ボンゴレの血を引く証でもある超直感なんてあったって己には宝の持ち腐れにしかすぎないのだ。


「へぇ、まさか泣くとはねぇ…。見た目からしてチビでひょろひょろだしよ、抵抗もねぇし、標的の写真見た時も思ったが本当にお前、あのボンゴレの次期ボス候補なのかぁ? なんとも、あの凶暴で有名なザンザスと違って情けねぇなぁ。そんなお前があいつを抑えて一番の後継者候補とは…ボンゴレもよっぽどあの男をボスにしたくないんだな。――それとも、ボンゴレもお前みたいな奴を選ぶ程に見る目がなくなったのか。まぁ、どっちにしてもお前はとばっちりだな。カワイソウに。恨むならそいつらを恨みな」


 にやけ顔で笑う男は、綱吉が逃げられない、逃げることのできないのが十分わかっているのだろう。今度こそ狙いを外さぬように、ゆったりと狙いを定めて綱吉に銃口を向けると引き金に指をかけた。
 綱吉の脳内に鳴り響くのは騒がしい警鐘の音。けれど綱吉にはどうすることもできない。イタリアで己の身を守ってくれたおじい様の厳つい顔だけでも優しい部下達も、従兄弟も、友人達も日本にはいない。よく一緒に登下校を共にする山本や獄寺も今日は個々の用事で一緒に帰っていなかった。己の家庭教師であり護衛であるはずのリボーンもおじい様からの頼まれごとを片付けると出掛けていた。もはや助けを期待することもできない。色々な偶然が重なり合ってできた隙への殺し屋の襲撃は不運としか言いようがなかった。
 おしゃべりはこのぐらいだ、と笑う。あぁ、もう時間なのだ。震える膝には尚も力は入らない。見せ付けるように動く指にもう駄目だと、その瞬間綱吉は強く目を閉ざした。――まもなく聞こえるのは終焉を告げる音だと怯えながら。
 けれど、聞こえたのは銃声ではなく、何かを強く殴る音と呻き声、続いて、どさりと地面に何か大きなモノが倒れる音だった。いつまでたってもこない衝撃に、綱吉は不安になって恐る恐る両の瞼を持ち上げた。


「――え…?」


 目の前にはさっきまで見下ろすように立っていたあの男の姿はなかった。その代わりにいたのは、漆黒を纏うヒト。知らないヒトではない。闇夜のような髪に、光さえも吸い込んでしまうような黒曜石色の瞳。風に靡くのは肩に無造作に羽織った学ラン。そして、彼の立場を表す『風紀委員』を示す腕章。そんな知り合いは綱吉には一人しかいない。


「ヒ、ヒバリ、さん…?」


 予想外の事態に、予想外の人物の登場。綱吉は驚きのあまり涙をひっこめ、呆然と彼の顔を見上げた。雲雀の手元には紅く染まったトンファーが握られていて、更にその下にはあの男が頭を紅く染めて倒れていた。それが意味する事なんて一つしかない。颯爽と現れ綱吉がもう駄目だと思った相手をいとも簡単に打ちのめしたのはこのヒトだ。


「大丈夫?」


 天下の風紀委員長さまからそう尋ねられて、一層混乱した綱吉はとりあえずコクコクと勢いよく首を縦に振った。そう、と返答する雲雀の、いつも涼やかな…否、不機嫌そうか愉快そうな表情しか見たことのない雲雀の焦った表情と、そして安堵したかのような表情に綱吉は思わずぽかんとした。
 コレは誰だ? だって、こんな表情見たことがなかった。自分の状態なんて忘れて、むしろ雲雀に対して大丈夫なのかと思ってしまう程だ。例えば、何か悪いものを食べて中ったんじゃないのか、とか、頭打ったとか、そういう類で。アノ雲雀が己を助けてくれて、尚且つ、心配とかありえなさすぎる。もしかして、オカシイのは自分の方で、余りにもピンチすぎて幻覚でも見てしまっているのではないかと真剣に考えてしまう。
 そんな綱吉の考えを見抜いたのか、雲雀は秀麗な貌を歪ませた。酷く苛立ったような、けれどそれ以外の感情も含まれているような表情に、とりあえず機嫌は悪化したようだと察した綱吉は思わず後退さった。一回咬まれるぐらいで済めばいいのだがと思わずにはいられない。いくら助けてもらっても、彼に咬み殺されれば意味がない。本末転倒な話だ。
 いや、そもそも助けて貰っておいてここまで失礼な事を考える自分が悪いのだろう。感謝は凄くしている。心から。まるで雲雀はヒロインのピンチに現れるヒーローのようだった。涙混じりの瞳のままに彼を見上げた瞬間、認めた姿に安堵と共に素直にかっこいいと思った。
 前から身を持って強いという事を認識はしていたが、改めてこの人は強いのだと思い知らされた。ただ、余りにも彼の登場が予想外で、それからの行動や表情も見たことのないものばかりでびっくりして思考がおかしな方向へずれていってしまっただけで。





…と、こんな感じではじまるお話です。一章の最初の部分を掲載させていただきました。
最初はこんな感じですが、以後は平穏そのもの(?!)なラブストーリーです。この場面だけではわかりませんが、綱吉はツナ子(つまり女の子)ですので苦手だという方要注意です。
 いつも朱木の書く話はほのぼのそして切ない感じですが、今回はどっちかというと「ちょっと面白い(色んな意味で)そしてちょっと切なさもはいっちゃったりなんかして…」みたいなお話なので、ノリがちょっと違うかもです。
個人的には普段書かない人が頑張ってラブコメ(風味)頑張ってみました、みたいな感じです。





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