月華の庭 〜幻想郷の住人(9)〜








今でも克明に思い出せる
あの人との思い出を…
綺麗で、優しくて、いつも微笑んでいた
でも、彼女が唯一、悲しそうだったのが"フューメ"の物語を語る時だった
それが子供心にも悲しくって


「あの、人、の…?」
「えぇ」
「な、ぜ…?確かに、特殊な事情はあるわ?でも、貴方ほどの方が、どうして…」


声が震えているのが分かった
もう、あの人のことは乗り越えたはずだった
それでも、思い出すだけで辛くって


「私が、"フューメ"、だからですよ…。私にはあの子のような子を見守る義務があるんです」


"フューメ"、義務…
これ以上は聞いてはいけない、そう思った
いや、分かったというべきか…
この人の背負っているモノは、あの物語が真実ならば巨大で、重くって
私なんかが立ち入っていいものではないのだ

重い沈黙がこの聖堂を支配する
リルも、ラドクリフも、ルティスも、一言も発する事もなく佇んでいた

この沈黙を破ったのはラドクリフだった


「彼女は、幸せそうでしたか…?」
「…えぇ。あの人は、いつも幸せそうでした」
「そうですか…。それだけが心残りでした。私は、あの子の笑顔が好きだったので…」


懐かしむように、そう微笑む彼の表情は慈愛に満ちていて、ステンドガラスの窓から差し込む姿を浴びた姿はそれこそ本当に天使のようだった




「あのさ、水を注すようで悪いんだけどさ、あの人って誰?リルの何だ?」


突然のルティスの言葉に彼に一度も話してなかったことに気づく
まぁ、するつもりがなかったが
ルティスはあの人を時々、彷彿とさせる
こんな、いい性格ではなかったが
だからこそ、彼には伝える気がなかったのかもしれない
過去に囚われているままの私を自覚してしまうから…
ラドクリフの方へ目をやると、どうしましょうか?という表情で
私は意を決めて頷いた


「あの子の名はグレイス。グレイス=アーウィング。稀代の舞姫でした」
「え…。アーウィング?確か、リルも…」
「そうよ、あの人は、私の母よ…」


荘厳な音楽が月教会に鳴り響く中、彼女は軽やかに飛び跳ねた
時に激しく
時に緩やかに
愛しく、せつなく
それは神に捧げる舞
母はまるで蝶のようだった
そう、銀色の美しい蝶
誰もがその舞に見惚れた


「でした…?」
「えぇ。グレイスはもう、10年ほども前に亡くなりました」


そのラドクリフの言葉にやっぱり、と思った
やはり、彼は知っていたのだ
母の死を
当然かもしれない
あの人の立場と、彼の立場ならば


「…病気か?」
「病気、かしらね…」
「かしら…?」
「…強すぎる力は時として害でしかならないのよ」


その強すぎる力は、彼女の体を蝕んだ
大人しく、何もすることなくそのまま余生を過ごせばもっと長く生きられたかもしれない
だが、彼女は舞い続けた
神の、ユイ・ユエの為に…


「あんたを、ルティスと見てると辛いわ…。あんたは長生きいてよね…」


じゃぁ、と言ってその場を立ち去った
ルティスの私を呼び止める声が後ろから聞こえたが、止まる気など起きなかった
もう、当分、彼にも、ラドクリフ様にも、この教会にも会いたくなかった
やらなければならないことを忘れたわけではない
ただ、あと少しだけ、少しだけ、全てを忘れたかった


「かぁ、さま…」


元より細かった彼女の体はより細くなり、その肌の色はとても白くなった
痛々しいほどに
それでも、舞い続けた
宿命だともいうように…

私は未だ母の幻影の囚われたまま
だからこそ、今まで、アレから一度も教会に立ち入ることはしなかったのに


「やっぱり、私には、無理なのかな…?こんな弱いままじゃ、見つけることなんて…」


涙が止め処もなく溢れ出た
彼女の死が未だに受け止めきれない、弱い自分が悔しくて
未だになんにもできない、ダメな自分が悔しくて









「おい。どういう事だ?」


リルのあんな顔なんてみたことなくって
そんな長い付き合いな訳ではない
いつも、元気がありあまってるぐらいの五月蝿い奴としか思ってなくって
でも、あんな、悲しそうな、いまにも泣きそうな表情をするなんてほっとけなかった



「…グレイスは、神の舞姫でした。通り名は『銀の蝶姫』」
「え…。あいつの母親って、まさか…」
「そう。ルーと同じ、美しい、銀の髪を持つ「月の愛し子」でした…。あの子を思い出すんでしょう」


お前も、か?
そんな疑問が出かかったが、辛うじて飲み込んだ
俺が8歳の時、初めて彼に出会った時は、既に1人だった
そして、あいつの母親と同じように、一緒に暮らしていた
いつも、同じ笑顔で、ころころと笑っていたけれど、でも時々、懐かしいような、何かを見つめる瞳で俺を見ていたから
その時、あぁ、こいつもこんな表情ができるんだな、って安心した
お人形みたいな奴だと思ったから
その視線が、俺に向けたものではないのが悲しかったけれど…


「俺は、まだ死なねーよ。死ぬもんか。誰よりも悲しませたくない人を悲しませるからな…」


その俺の言葉に、なんだか泣きそう表情で笑った
もう、かなりの歳だって知っているのに、今の姿の歳相応の表情みたいで


「そう、でしたね…。ルーはまだまだ死ねませんものね」
「あぁ」




暮れ行く空は緋色に染まり、夜の世界の訪れを告げた
微かに姿を見せる細くて白い月がリルと同じように泣いているようで
そんな空を、窓から二人眺めながら、リルと女神の為に祈った
願うのは彼女達の幸せ…















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