月華の庭 〜幻想郷の住人(8)〜







月教会がとりわけ忙しいのは夜である
それは、夜を司る女神に祈りを捧げるためだ
無論、昼は昼で教会を訪れる参拝者で賑わっていて忙しいのだが、やはり夜は教会にとっては特別な時間帯なのだ
というわけで、リルはルティスと大神官であるラドクリフの都合を考慮し、昼に彼の元へと訪れていた



「よく来てくれたね、ルー」
「あんたが呼んだんだろうが。ったく、俺があんたに会いたくないって知ってて、尚且つ、来なきゃいけないようにしやがる。いい迷惑だ、こっちは」
「私がルーにそんな風に思われてたなんて悲しいね…」



悲痛そうに『輝きの天使』、いな、ラドクリフは顔を歪めた
反対にルーことルティスの表情は嫌なものをみたとでも言うような表情になっていく



「俺はあんたのその顔に騙されないからな」

「騙すだなんて、人聞きの悪い…。騙してなどいませんよ」



にっこりと微笑んだラドクリフに、ルティスは言い返す気力を失ったようだった
もう、どうでもいい、という表情をしている
どうやら、ラドクリフの方が一枚上手だったようだ

(なんとなく、ルティスが会うのを嫌がったのが分かる気がするわ…)

ルティスがまるで子供のように(実際に彼より子供なのだが)あしらわれているのが面白い
自分や女将さんの前でしか決して本性を見せようとはしなかったのに、いつも以上に素の表情をみせている彼に、リルは驚きが隠せなかった

(どんな関係なんだろ…?結構、昔っからの知り合い、て感じだよね…)

そんなことを、じっと二人を見つめながら考えていたら、急にラドクリフがリルを見て微笑んだ
この前とはまた違った、彼のその笑顔に戸惑った
なんだか、懐かしそうに、愛しそうに、悲しそうに微笑んだから



「また、会えましたね…。リルさん…」



やっぱり、この人が私の名前を呼んだのは私の勘違いじゃなかった、そう思った
この人は私の事を知っているのだ



「ラデュ。お前、リルの事知ってたんだな。って、俺の居場所を知ってたなら知ってるか」



ルティスのこの言葉にハッとする
確かに、ルティスとかなり親しいと思われるこの人なら、ルティスの居場所を探したときに知った可能性はある
このような歳で長期滞在しているのだ
噂ぐらいたってたのかもしれない

(なんだ、私の考えすぎか…)

ホッと胸を撫で下ろしたが、しかし、彼が返答は違っていた



「違いますよ…。リルさんの事は、彼女が生まれた時から知ってるんです」

「へ?リル、そうなのか…?」



ルティスが自分を見て、意見を求めたが、私には何も言う事が出来なかった
知らない、のだ
生まれたときから、私は、あの小さな村にいたのだから
こんな凄い人を知り合う切っ掛けなどなにもない



「知らない…。知りません!私、貴方の事さえ知りませんでした。人違いなさってるんじゃありませんか…?」

「いいえ。人違いじゃありません。リルさん。貴方の名前…リルは私が名づけたのですよ。このルーンの古語、光"をさす言葉から…。貴女に、人の心の暗闇を照らすものとなるように…」



確かに、自分の名前は"光"をさすもので、そういう存在になって欲しい、そういう願いから付けられたものだと聞いていた
けれど、ラドクリフに付けてもらったとは聞いたことがない
でも、なぜ、知っているの…?
ただの推測なのだろうか
大神官という立場ならば、古語に詳しいだろう
たまたま偶然当たったとも考えられる



「…彼女は私のことを、フューメ、と呼んでました」



フューメ…
それは、村にのみ代々伝わる、いや、正確に言うなれば、村を治めし者にのみ使うことが許される言葉
遥か昔、女神がもたらしたとされる言葉だった
だが、自分にとっての一番身近な"フューメ"という言葉は、あの人が話してくれた昔話の主人公だった
金髪の銀の目の悲しい少年の…

(金髪…?銀の瞳…?)

それは、まさに、この人を表していて…



「…フューメは、本当に、実在したの…?」



"罪を背負う者"
罪を負い、死ぬことは許されなかった
生きていかねばならぬ事を贖罪とした、悲しい、少年
自分の視線にラドクリフは苦笑した


「あの人のことを知ってるの…?」

「えぇ。彼女は私の養い児でした…。あの才能ゆえに…」


その言葉に、なんだか悲しそうに笑いながら物語を語るあの人の表情が、リルの脳裏から離れなかった…















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