月華の庭 〜幻想郷の住人(7)〜





「…誰が何だって?」

「だ〜か〜ら!本教会の神官様が、あんたにたまには顔を出せ、だって言ってるでしょ!!…知り合いなの?」

「……。」



リルは教会から宿に帰ってくるとすぐに、ルティスを捕まえ、先ほどの金と銀の天使の伝言を伝えた。

その言葉に、聞き間違えじゃなかったのかよ…、とルティスは頭を抱えた。

そんなルティスを見てリルは首を傾げる。


(俺にそんなことを言うような知り合いは一人しかいないよな?てことは、つまり…。)



「なぁ、そいつって、金色の髪で銀色の目をした子供だろ?」

「そうだけど…?やっぱり知り合いだったんだ?というか、あの子、本当に神官だったんだぁ…。あんまり若かったから、ちょっと疑っちゃった。」



明るく肯定するリルとは裏腹に、ルティスは肩を落とす。

やっぱり奴か…、そう、ルティスはため息を吐いた。

ため息が出ないはずがない、もちろん、彼が自分を呼びつけたというのもあるが、彼女の無知さに呆れる。



「お前、本当にバカだったんだな。マジで知らないのかよ?そいつは、ラドクリス。
ラドクリス=レグレイシーだよ。通り名は『輝きの天使』。ここまで言えば分かるだろ?」

「え…、えっと…、聞いたことはあるような気がする、かな?あはははは…。」



目線を逸らして笑うリルに、ルティスは突っ込む気も失せたかのように遠くを見つめた。

そんな二人を温かい目(?)で見守っていた女将さんは笑いながら説明してくれた。



「月教会の大神官の御一人さ。輝くように美しい色を纏い、あの愛らしい天使のような容姿からその通り名で親しまれているんだよ。
見目は子供のようだけど、実際のお歳は私よりも上のはずだよ。私の記憶がある限りでは、…ずっとお姿が変わらないからね。」

「え、えぇ〜?!ホントに私より年上なの?というか、変わらないってそんな事…。」



リルは頭を抱えて唸った。

急にそんな信じがたい事を言われてすんなりと納得できるわけがなかった。

神官どころか大神官。

そして、もうかなりの歳…。

どうして簡単に納得できようか。

同じく、ルティスも女将さんの言葉に対して何か考えているようなポーズで沈黙していた。



「てことは…、姉さんの歳は少なくとも……痛っ!姉さん、急にグーで殴るのは止めてくれ!!」

「ルティス…。あんた、私に喧嘩を売るつもりかい?」



ルティスは頭を押さえながら女将さんに訴えた。

だが、女将さんはそんな訴えを聞き流し、にっこりと笑った。

笑っているはずなのだが、猛烈な寒気がルティスを襲った。

冷や汗が背筋を伝う。



「いえ…。滅相もありません…。」

「分かればいいのさ。自分の身が大切ならね…。」



この時、『最強なのはこの人なのかもしれない…』そうリルは確信した、とのちに語った。

まぁ、女性に歳の話はタブーだと知っておきながらも、こんな発言をしたルティスなんぞに、同情などはこれっぽっちもしなかったが…。



「で、まさか、行かないってことはないわよね、ルティス?ラドクリス様があんたに会いたいといっているのに…。」

「うっ…。」

「えぇ?ルティス、まさか神官様の、しかも、大神官様のお願いを無視しようと思ってるの?!信じられない!」

「五月蝿い!こっちにもイロイロと事情があるんだよ!!」



ふん、と拗ねた様に顔を横に背けた。

まったく、これで20過ぎだとは思えない。

普段は冷静沈着な優しい人で通ってるくせに、猫を被っていない本性は子供のようだ。

まぁ、確かに何かイロイロとあるような感じではあったが。

なにせ、あんな危険な発言をするようなお人なのだから…。



「ねぇ、ルティス…?ここに居られるのは誰のおかげだろうねぇ?」



女将さんの声が静かに宿の食堂に響きわたった。



「ね、姉さんのおかげ、かな…?」



びくびくと脅えながらルティスは答えた。

決して、自分の歌の腕前とかなんとかとは言わない。

否、言えなかった。

女将さんの口調は穏やかなのに、何故か逆らってはいけないような気がするのだ。

さっきの歳を尋ねた時と同等の迫力がある。

いつもは優しい人なのに、全然違う雰囲気で、もしかするとこの人はルティス以上の猫飼いなのかも??

そう、リルは思ったが、命はまだ惜しいので止めておいた。

誰でも、自分の命が可愛いのだから…。



「なら、行ってくるんだね。まぁ、今日はもうお勤めの時間でお忙しいだろうから、明日にでも行っておいで。くれぐれも、粗相のないようにね。」

「なっ!」

「嫌、なら別にいいんだよ?ただ、その代わり、今までと同じような扱いを受けると思わないことだね…。ねぇ?ルティス。」

「うっ…。わかった。行けばいいんだろ!行けば!!」



満足そうに微笑む女将さんの隣でルティスはやけになっていた。


(ほんと、どうしてそんなにもルティスはあの天使様に会うのを嫌がるのだろう…。)


不思議に思ったが、まぁ、それは当人達の問題だろうということで考えるのを止めた。

今は、二人が並んだ姿の方に興味があった。

きっと、絵物語の一場面のような美しさに違いない。

それに、彼が大神官で、ルティスの知り合いということならばお話しやすい。

女将さんの言った通り、長く生きているならば《月華の庭》のこともなにか知っているかもしれないのだ。


(明日が楽しみーv)


早く夜が明けないかと胸を高まらせながらリルはそう思った。

窓を開け、空を見上げた。

まだ、夜空の月は高い。

その淡い金色の光を放つ月はあの天使様を思わせた…。

そして、それは彼のあの言葉をリルに思い出させる。


『祈りは祈りでしかない』


彼は今日も祈っているのだろうか?

彼の女神を癒すために…。






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