月華の庭 〜幻想郷の住人(6)〜





「久しぶりの教会ね…。」


リルは教会の前に立っていた。
市民に開放されたそこは、村にあるソレより比べものにならない程、立派で立ちくらみを起こすかと思うほど豪華な造りだった。
深呼吸を一つし、再度、決心を固め進んだ。
扉からさらに教会の奥に進むとそこには、美しく、一点の曇りもないような水晶で作られた像が立っていた。
月の女神像である。
教会の中は太陽の光がステンドガラスを介して教会に射し込み、不思議な静寂さを醸し出していた。
これが夜の、まして月の美しい夜ならばなおさらであろう。
月教会は夜にこそ、最も美しい姿を見せるように設計されているのだ。
だが、昼間でも十分に美しい教会の姿にリルは思わずため息を零した。



まっすぐ書架に向かうことはしなかった。
怖かったからか、と言えば「違う」とは言いきれない。
だが、祈りたかったのだ。
この焦る思いを、苦しい思いを少しでも癒して欲しかった。
この思いをどうにかしなければ、調べられるものも調べられない、そう思ったのだ。
だから、リルは長い間身じろぎもせず、ずっと椅子に座りこの女神を見つめていた。
不思議と心が落ち着く。
自分と同じように祈りを捧げる人々がいたが、時間がたつにつれ、一人一人と去っていき、とうとう最後に自分一人になり、そろそろ帰ろうかと思った時だった、


「なにをそれほどまでに貴方は祈るのですか…?」


後ろから急に声をかけられて、驚き、振り向いた。

そこには、
金と銀を纏う天使がいた。
いや、人ではあるが、金の髪に銀の瞳をした12、3歳の綺麗な、神聖的な雰囲気を持つ少年だった。
これで服が青の礼服ではなく、白い布を纏っていたならば天使が降り立ったようにしか見えなかっただろう。
今までに見た中で一番の「神に愛されし者」。
銀だけではなく、金までも纏った…。


「あ、貴方は…?」


突然の彼の出現に困惑の声が隠せれなかった。
少年はそんなリルを見て微笑した。


「ここの神官ですよ。リル=アーウィングさん。」


これまた、この容姿にピッタリな、まだ声変わりを迎えていない、ボーイソプラノの声に、丁寧な口調、この歳では持ちようがない、歳を重ねたかのような落ち着きぶりが、ますます天使を連想させ、聞きほれそうになった。
が、彼のその言葉の内容を理解すると同時にさらに困惑した。
初対面なのだ。
名乗った覚えもなければ、今まで出会った記憶もない。
忘れただけか、とも考えたが、これほどの印象深い容姿を簡単に忘れるはずがない。
では、何故、彼は自分の名前を知っているのか…。
考えてみるが答えはでない。
何せ、生まれてこの方、このような町に出てきたことがなかったのである。
すれ違った、という可能性もない。


(それに、噂になるような特技も持ち合わせてもいないし…。)


というか、彼は神官、と言わなかっただろうか…。


(でも、確か、神官って、ほとんど老人じゃなかった、かな…?若い人はまだ見習いだったはずだと…。何故に子供が神官になれるわけ?嘘でしょ…?)


確かに、彼の礼服は神官しか着ることが許されていない物だ。
生地からして違うのだ。
いくら金持ちでも、一般人が、ましてや子供が手に入れて着ることができるものではない。
それに、彼の額に光る、銀の髪留めも神官に支給されるものだ。


(この歳で神官?!)


いや、彼は「愛し子」である。
なにか特別処置でこうなったのかもしれない。
そうらばなっとくできる。


「どうしました?」


よほど変な表情をしていたのだろうか、少年は心配そうにちょこんと首を傾げた。
それまた絵になるような美しい姿である。


(私の周りに現れる人って、何故にこんな容姿に恵まれた人ばかりなのかしら…。)


私の立場がないよ…、などと思わず思考がそれてそんなことを考えてしまう。
軽い現実逃避…?


「あの…。」


彼の何度目かの問いかけにやっと現実に意識を戻した。


「あ、ごめんなさい。えっと、何処かで会ったことがあるかしら?」


彼はその問いに対しては答えず、微笑んだだけだった。
その微笑みは回答を拒絶するもので、もう、聞こうとは思わなかった。
彼が、自ら話そうとしないかぎりは聞くべきではない…。


「…何を、何をそれほどまでに熱心に祈るのです?」


再度、彼は尋ねた。


「あ婆ちゃんが、病気なの…。今流行っている、『不治の病』てやつ。お医者さんもお手上げだって…。だから…、女神様に祈りを捧げているのよ。」


女神像を見上げた。
その顔には優しい、慈悲の微笑みを浮かべている。
なんて心安らぐ気持ちにさせる微笑みだろう…。


「祈りは祈りでしかないのにですか…?」


リルはこの少年の方へ顔を向けた。
その言葉は一見、この教会という場所で、しかも神官という立場が言って良い言葉ではない。
これが他人に聞かれていたら、罰当たりだと罵倒されるに違いない。
女神様に対する侮辱だと、そう、感じるかもしれない。
本当に神官という立場ならば、その身分を剥奪されるかもしれない発言を彼は言ったのだ。
だが、彼も不用意に言ったわけではない。
なぜなら、ここには私と彼しかいないのだから。
私にだからこそ言ったのだろう。
ふざけた様子は彼の表情と声からはそのようなことは微塵も感じ取れなかった。
それもそうである。
事実なのだ。
祈りは祈りでしかない。
毎日、女神に捧げられる莫大な量の祈り、願いを聞き入れることができるはずがない。


「そんなことは、わかってるわ…。でも、私は祈らずにはいられないの…。それに、私にとっての祈りは救い。祈ることで私の心は救われているの。」

もう一度、視線を女神像に向けた。
私は、私の気持ちは彼の女神が癒してくれる。
でも、
女神様は…


「でも、その女神様の心は誰が癒してくれるのでしょうね…。」


その彼の独白のような言葉にハッとした。
彼もまた像を見つめていた。
悲しそうな、愛おしそうな表情で…。
あぁ、だから彼は、あのような言葉を発したのだろうか。
『祈りは祈りでしかない』、と。


「純真な祈りが、女神様の為の祈りが、少しでも癒しとなればいいですね…。」


だから、そう答えた。
それ以外の言葉を私は持ち合わせてなどいなかったのだから…。
だから、それだけを彼に告げて、私は扉に向かって歩き出した。
扉に手をかけたところで、


「そうでした、リルさん。」


当然呼び止められ、振り返った。


「ルティスに、顔を出すようにとお伝えしておいてください。」


知り合いだったのか、と驚いたが、そのまま、うなずいて外へ出ていった。
なんとなく、追求してはいけないような気がしたからだ。

リルは三日月を背に、足早に宿へ向かって歩き出した。



神官の彼は去っていった扉を見つめた。
その表情はとても嬉しそうである。


「貴方なら、彼の人を癒せることができるかもしれませんね…。」


ねぇ?そう思いませんか?
彼は月に向かって微笑んだ。










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