月華の庭 〜幻想郷の住人(5)〜




あのルティスとかいう男と出会った次の日の朝は、ここに来てからの目覚めとしては最も最悪な朝となった。
なぜならあの男が起こしに来たからである。
例え窓の外の天気が晴れであり、さわやかな朝だったとしても気分は台無しである。

「キャーッ!出てってよ!!なんであんたなんかが起こしに来るのよ!まったく朝から縁起の悪いわ。今日、何か不吉な事があったらあんたのせいね!」

「あぁ?何言ってるんだ?俺様が折角起こしに来てやったというのに図々しいんだよ!大体、俺だって何が悲しくてお前なんかを起こしに来なきゃいけないんだよ。…ったく。姉さんが命令するから仕方なく起こしに来てやったら。それに、お前みたいなガキの寝間着姿を見たって嬉しくなんともねーよ。もっと色気のある奴ならともかくな…」

と、チラッとリルの方を見やり、悩ましげに左右に軽く首を振りながら大きなため息を見せつけるように吐いた。

ムカッ

リルの額に青筋が浮かぶ。
確かに、常々色気とかそういうモノとは縁が遠いという体型だという事は思ってはいたが、こいつに指摘されるほどムカツクことはない。
大体、こいつは人によって態度が違いすぎることが気にくわなかった。
昨晩、宿に戻った後に早速ルティスはその歌声を披露していたのだが、集まってくる客に対する態度は出会った時のリルへの態度とは大違いだったのだ。
もちろん、その時のルティスは客だけでなくリルに対しても「聖人のような清らかで美しい笑顔」なんていうシロモノを見せたが、既に本性を見てしまった後ではルティスに対する苛立ちが増しただけである。
つまりこいつは猫(しかもかなり年季の入ったの)を数匹買っているらしい。

「2重人格男のくせに…。」

ボソッとリルは呟いた。
その台詞をルティスが聞き逃すことはなかった。

「あぁ?それの何処が悪いんだよ?俺は夢を与える商売だぜ?サービスだよ、サービス!俺は歌声や竪琴の腕だけでなく顔もいいしな。大抵の奴は俺がニッコリと微笑むだけで泣いて感謝するぞ?なんたって生きる「女神」の奇跡だからな。」

「最低!なんであんななんかみたいな奴にユイ・ユエは与えたのかしら。不公平よね。あんたなんかより性格のいい奴なんかいっぱいいるのに。目でも変になっちゃったのかしらね!」

「…なんだって?」

「だから、目でも変に」

「五月蠅い!黙れ!!俺を悪く言うには構わないが「女神」を悪く言うな!!」

突然の会話を遮るような低く鋭い声にリルは驚いた。
今までに、と言っても出会ってそんなに立ってはいないが、ルティスのそんな声を聞いたことはなかった。
初めて会って喧嘩している時でさえ、かなり不本意だが男にしては高い、綺麗な声だなと思ったぐらいなのだ。

「何、本気に…。」

冗談だと言おうとルティスの顔を見た瞬間、真剣そのものの表情に言葉の続きを言うことが出来なかった。
いつものような人をバカにしたような表情でもなく、猫を被っている時のような「誰もが見惚れる美青年」のような表情でもない、今まで見たことがないルティスがそこには居た。
そんな顔も出来るんだ…。
でも、なんで…?
そう思ったが聞いてはいけない気がした。
何か立ち入ってはいけない領域に踏み込む気がして…。
人間、誰にもそういう領域はある。
私にも‥‥。
そんなリルの戸惑いに気づいたのか、ルティスは気まずそうな表情をした。

「怒鳴って悪かったな…。あまり気にしないでくれ。じゃ、朝食出来てんだから早く来いよ。」

「う、うん…。」

そう返事をするとルティスは逃げるように部屋から去っていった。


ルティスが去って暫くたった後、ぼうっと考え事をしていたが着替えることにした。
持ってきたトランクを開け、数少ない服の中から特別な服を一着取り出した。
青を主とした生地に裾を水色で取ったこの国の礼装である。

「礼装なんでもの着るのも久しぶり‥‥。」

小さい頃はこの服を着たくて仕方なかったが、今はもう何年も着ていない。
お祖母ちゃんは成長するたびに新しいのをこしらえてくれたが、私には着る必要が無かったから‥‥。

「まさか、こういう理由で行くことになるとは思っても見なかったわ。」


――月の明かりがステンドグラスを通し、教会の中を美しく彩った。
   それを浴びながら、数人の美しい女性が鮮やかな青の服を纏い、神に捧げる舞を
   軽やかに踊っている。
   音楽の盛り上がりが最高潮に達したとき、突然曲調が変わった。
   そして踊りの中央にいた美しい銀の髪を持った女性が前に進みでた‥‥。

ハッ

窓の外から聞こえてきた子供の笑い声でリルは現実に引き戻された。
ルティスが呼びに来てからもうだいぶ時間が立ってしまっていることに気づいた。
早く行かないとおかみさんが不審に思っちゃうわ…。
急いで服に袖を通し、それに見合った紐をイメージした装身具を身につけた。

「今日こそは…。」

あそこが、あそこだけが今の私に残された唯一の希望‥‥。

パシッ

顔を両手で叩き、気合いを入れた。
残された時間はもう少ない。
頑張らきゃ!
そして、朝食を食べるために部屋を後にした。


「おはよう、リルちゃん。遅かったね、ルティスはもう出かけちゃったよ。おや、珍しいね。礼服ってことは、今日は教会にでも行くのかい?」

「おはよう、おかみさん。うん。教会が一番可能性が高いでしょ?久しぶりにこーゆー服を着るんだけど、似合ってる??」

「もちろん、似合ってるよ。リルちゃんは青が似合うねぇ。娘が生きていたらこんな感じなのかしらね…。」

「おかみさん…。」

「気にしなくていいんだよ。リルちゃんが居てくれるだけで、娘が生きていたらという気分が味わえて私は嬉しいんだからね。」

そう言ってにっこりと微笑んだおかみさんの顔はとても奇麗に見えた。
お母さんが生きていたらこんな感じなのかな?
そう思いつつも、既に亡くなって何年も立ち、顔立ちも朧気にしか覚えていない懐かしい母の事を思った。
誰よりも優しくて、誰よりも美しかった自慢の母を…。
でも、彼女はもう居ない。
私に残されたのは、もう、お祖母ちゃんしかいないのだ。

「うん。私もお母さんが生きてるみたいで嬉しい

そう言って微笑んだ。 お互いにそれで少しでも心が癒されるのなら、ここに居る数日間でも親子のように仲良く暮らしたい、そう思ったから。

そして、リルは急いで朝食をとり、教会へ向かった。










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