月華の庭 〜幻想郷の住人(4)〜



あれからひとしきり泣いて、ようやくリルは落ち着きを取り戻した。

もう辺りは暗くなり始めていて、早く宿に帰らねばならなかったが、そうすることが出来なかった。

長時間泣いていたため、目の周りが腫れていたからだ。

自分のことをまるで娘のように可愛がってくれているおかみさんに心配などかけたくなどなかった。

仕方なく、もう少し腫れが落ち着くまで公園で暇を潰すことにした。

空には白銀の月が微かに見えている。

闇夜を照らす月の女王が眠りから覚めかけているのだろうか。

月の女神に遠くで病気と闘っているお婆ちゃんの回復を祈り捧げながらリルはこの時間を過ごした。



どれぐらい時間がたったのだろうか。

すっかり暗くなってしまい、月は夜空に冴え冴えと輝き始めていた。

月の女王 ユイ・ユエの支配する時間である。

そろそろ帰ろうかを考えた時だった。


君のその瞳はなぜ濡れる


ふいに辺りを流れる不思議な歌がリルの耳に入ってきた。

その美しい歌声と共に聞こえる音色は琴だろうか?

その誰しもを魅了するような美しい楽器の音色と甘く透き通るような、それでいて哀愁漂うような歌声にしばしリルは聞き惚れた。


月に向かってなぜ嘆く

君の笑顔は何処へ消えた



足が独りでにその音色の方へ進んでいく。


みなが望は君の笑顔

花ほころぶ笑顔が見たい



「ルーン」では月を誰もが愛している。

それゆえ、月明かりを邪魔しないように外灯は必要最低限しか存在しない。

それも、今日のような月の美しい夜はその外灯の火も極力抑えてある。

そんな暗い中、ほぼ夜空に浮かぶ月明かりだけを頼りにその歌声の音源を探した。


癒しと慈悲の女神は願う


やっと、そこから聞こえるのだろうと思われる場所が検討つき、じっと見てみるとそこには銀髪らしき人がいた。


君の願いを…



「なんだ、お子さまか。」


突然、歌声が止み、男性のものらしき声が聞こえた。

辺りをよく見回したがこの銀髪の人と自分以外ここには誰もいない。


「今、私に向かってお子さまとか言いませんでした?」


ちょっとキレ気味に、だが、知らない上、明らかに相手は年上の人なので一応、丁寧な言葉遣いでその人物に問いかけた。


「あぁ、言ったよ。お子さまが釣れたってな。」


相手はあっさりと肯定した。

やっぱりこいつか!


「ちょっと、初めて会う人に対してそーゆー態度はないんじゃない?それより、貴方そんな長髪なのに男なの?みっともないわね!」


こんな奴に敬語を使う必要など少しも感じなかった。

ムカツクとしか言いようがない。

実際は、腰までの流れるような美しい髪を持つこの男はなかなかの美貌の持ち主で、「月の愛し子」の証拠である銀の美しい髪がそれはそれはとても良く似合っていた。

澄んだ青空のような瞳の色もこれまた美しい。

それに、リルはみっともないと言ったが「月の愛し子」の証拠が髪に出る者がその髪を長く伸ばすことは少なくはないのだ。

かえって、切ろうとしようものなら周りが寄ってたかって止めるように説得するぐらいである。

だが、リルは16にもなって人のことをお子さま呼ばわりする奴をけなすことは有れ、誉める気になどならなかったのだ。


「あん?この美しい銀髪を見てみっともないだと?お前、目が悪いんじゃないか?この俺様を見てうっとりする女性はこの世に山ほどいるんだぜ!第一、お子さまをお子さまと言って何が悪い。けっ!」

「生憎、私は両目とも2.0なの。第一、自分で自分はもてるとかゆう奴ほどもてなかったりするのよねぇ。あんたもそうじゃないの?それに、私の名前はお子さまじゃないわよ!リル=アーウィングっていう立派な名前があるんだから!お子さまって連発しないでくれない?」


銀髪の男がリルを眺めながら面白そうに、にやにやしながら肩をすくめる。


「あ〜。五月蠅い、五月蠅い。コレだからお子さまを相手にするのは嫌なんだよねぇ。それに、俺はあんたなんていう名前じゃねぇ。ルティスだ!覚えておけガキ!」

「なんか言った?おじさん。」


笑顔でおじさんという言葉を強調してやった。

ルティスとかいうこの男の顔が引きつっている。

いい気味だ。

だが、この男も負けているだけではなかった。


「あぁ。言ったさ。ん?あぁ!スマン。俺が悪かった!」


やけに素直にルティスがリルに謝るものだから怪しいものを感じる。

何か変なものを見てしまったような複雑な表情をしているリルに向かってルティスは続けた。


「許せ!まさか、お前が俺の言葉を理解できないほどガキだったとはさすがにこの俺様にも分からなかったぜ。」


と、まぁ、ガキを強調しつつ、大げさに自分を嘆くポーズを取ったりするものだから、それがまたリルの怒りに火をつけた。


「なんですって〜!!」

「なんか文句があるのかよ!!」

「あるに決まってるじゃない!」


ピュピュー!やれやれ!!

大声で怒鳴りあいながら喧嘩をしあっているうちに、周りに人だかりができていた。

本人達は熱中していたので気づかなかったのだ。

この声に煽られて二人の低俗な口論バトルもさらに熱くなる。

その時だった。


「あんたたち、いい加減にお止め!!」


突然、二人の戦いを中断させるほどの大声が辺り一帯に響きわたった。

二人はびっくりして見物人をかきわけて入ってくるその大声の持ち主を見やった。


「お、おかみさん?!」

「姉さん?ど、どうしてこんな所にいるんだよ!」

「えっ?姉さん?もしかして、おかみさん、こんな奴と知り合いなの?!もしかして兄弟とかなんとかだったりしちゃう?!」

「こんな奴とは何だよ!」

「五月蝿いよ!」


おかみさんは大きなため息を一つついた。


「どうしてってねぇ。そりゃぁ、この子、リルちゃんを捜しに来たに決まってるじゃないか。それと、リルちゃん。この子はルティスって言ってねぇ。流れの吟遊詩人だよ。この通り、見目も良いし腕もいいからタダで泊める代わりによく歌を披露してもらうのさ。もうだいぶ長い付き合いだね。」


一気に二人の質問に答え、一息ついた。


「…はぁ。ったくねぇ、なかなかリルちゃんが帰って来ないと思って心配して捜しに来たら人だかりができていて、なんだろうとちょっと除いてみたらリルちゃんとお前さんが大喧嘩してるじゃないかい。こっちは驚いたよ!」


非難がましい視線をリルとルティスにやる。


「いや、ね、だって、此奴が酷いこというからつい…。」

「俺は悪くないぜ?ただ、此奴が人の事を気持ち悪いだのなんだの言うからさぁ〜。」

「ちょっと、なんですって!私はそこまで言って無いじゃない!!人に罪を着せるなんて酷いわよ!貴方それでも人間なの?血が青かったりするんじゃないの?!」

「なんだって!!」

「お止め!」


おかみさんが二人の耳を引っ張ってこの争いを止めた。


「痛っ!つーっ。姉さん、酷いよ!」

「いった〜い!!おかみさん〜。」


二人とも、真っ赤になった耳を押さえながら訴える。


「五月蝿いよ!ったく。リルちゃん、早く家に戻るよ!ルティス、あんたも来るんだよ。どうせうちの宿に来るつもりだったんだろう?」

「どうせって、酷いな〜。まぁ、しばらくよろしくお願いしますわ。」

「はいはい。二人とも行くよ。」


おかみさんは3人の先頭に立ち、見物人を邪魔だよとかきわけながら歩き出した。

リルとルティスも見習ってそれに続く。


「え―?!おかみさん、こいつも泊まるの?最悪〜。」

「あん?俺だってお前の顔なんて宿でまで見たくもねーよ。あぁ、安心しな!頼まれたってお前みたいなガキに手をだしたりする気なんて少しも起こらないからな。」

「なんですって〜!」


相変わらずの低レベルな争いを背にしながらおかみさんはため息をまた一つつき、宿へ向かった。

当分、賑やかになりそうだ。




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