月華の庭 〜幻想郷の住人(3)〜



「姫、気づいておられますか?」


男性のものと思われる声が、この《月華の庭》に響いた。

それは、聞く者全てが聞き惚れるような甘い甘い声だった。

どこから聞こえるのだろうか?

辺りには姫と呼ばれた1人の女性らしい姿と咲き乱れる月下美人の姿しか見あたらなかった。

よく見れば、姫と呼ばれた人物は全ての銀を纏っている。

「月の愛し子」だろうか?

いや、伝説とピッタリと言っていいほど容姿、そして全ての銀を纏っているとことから見て、彼女が管理人と呼ばれる者なのだろう。

なるほど、管理人と呼ぶより「姫」という呼ばれ方の方が彼女に合っていた。

また先ほどの声の持ち主の声がした。


「貴方ほどの者があの声に気づかぬ訳が有りませんでしょうに。」


その問いに答えようとせず、管理人、いや銀の姫は腕を虚空に差し出した。

一羽の鳥が突然現れ、その腕に留まった。

ただの鳥ではなかった。

銀の姫と同じく全ての銀を纏う鳥だったのだ。


「まだ、時が満ちておらぬ…。」


銀の姫は鳥を撫でながら、初めて答えた。

それは全ての感情を捨てたような冷めた、けれど美しい声だった。


「ですが、このままでは到底辿りつくことなど出来ませぬぞ?」


また、先ほどの声がした。

先ほどよりずっと近くに。

そう、声の持ち主はこの銀の鳥だったのだ。


「だが、妾にはどうすることも出来ぬ。」


銀の鳥は腕を離れた。

銀の姫は近くに咲く月下美人を一本摘み、香を嗅ぐように顔に寄せた。


「しかし、彼の者が本当に来る資格があるのなら、月が味方しようぞ。」


その言葉と同時に、手に持っていた月下美人が淡い銀色の光を放ちながら消滅した。

あの花に何が起きたのか?


「確かに。彼の者にその資格が有らんことを…。」


そう言い残して銀の鳥は現れた時と同じように忽然と消えていった。

一陣の風が吹く。

銀の姫は髪を軽く押さえ、先ほどまで銀の鳥が居たところを見つめた。


「行ったか…。」


その声に微かに悲しみの感情がこもっていたような気がした…。






「はぁ、これにも確実な手がかりないみたい〜。」


リルは勢いよく机に突っ伏した。


「アッ!」


思ったより大きな声を出していたらしく、周りを見渡すと冷たい視線を感じる。

そう、ここは月下で一番大きいと言われている図書館だった。

リルはここ最近、この図書館に月華に関する資料がないかと調べに通っていた。

気まずいわ…。

視線を避けようとちょっと体を移動させた瞬間。

ダダダッッ…

体の一部が積み上がっていた本に触れ雪崩を起こした。

またやっちゃった〜!

ただでさえ、机の上には大量の本が積み重なっていて、読み終わっても返しもせず、時々大声を張りあげていた、不審な少女に対する視線は冷たいを通り越して凍りつくという表現の方が似合っていた。

中には貸し出し禁止の貴重な文献もあったらしく、司書などは怒りを通り越して真っ青になっている。

これって、やっぱり…ヤバイ、…よね?

リルは何かを言われる前に本を素早く元の場所に返却し、呆然と突っ立っている司書に「お騒がせしてごめんなさいv」と本を手渡して颯爽と消えていった。



「よかった〜。さすが、こーゆー時の対処はアレが最高ね!」


この場合の、アレとは、先ほどの何もなかったような笑顔とvのことである。

昔から、お騒がせ体質であるリルは、よく“こーゆー事”があり、その内に身に付いた対処法だった。

まったく、迷惑な対処法を覚えたものである。


「にしても、手がかり何処にあるのよ〜。」


国で一番大きい図書館だった。

一冊ぐらい、これかな?という本ぐらい在ったっていいと思っていた。

だが、現実は甘くはなかった。

「月下」と呼ばれるだけの「月」に関する資料は山ほどあったが、《月華の庭》に関する明確な資料はなかったのだ。

明確ということだから、もちろん、一応は在る。

だけど、その内容は誰もが知っているような内容しかなかった。

例えば、



―《月華の庭》

昔から伝わる歌物語であり、これに《月華の庭》は幻想郷として登場する。
その庭の「全ての銀を纏う者」と呼ばれる管理人のみそこに存在し、月の女神ユイ・ユエの愛する月下美人が年中、枯れることなく咲き誇るところから、《月華の庭》は非常に女神に近しい存在なのではないかと推定される。
何処に存在するか、等のことは全て謎に包まれている。



というような具合なのである。


「…確認なんてする時間なんて私にはいらないのよ!」


医者は、もって3、4ヶ月だと言ったのだから…。

もって…。

つまり、場合によってはもっと早まることだってあり得るのだ。

少なくとも、3ヶ月以内には、…いや、出来るだけ早くにお婆ちゃんの元に帰りたい。

だが、どうしても行き帰りに約3週間は掛かってしまう。

つまり、ここに滞在できるのは最大で2ヶ月とちょっとしかないのだ。

なにか当てでもあるのなら十分な日数かもしれない。

けれど、なにも情報がない今、このままでは全然時間が足りなかった。

それにここにはもう2週間は滞在している。

なのに、手がかり一つ手に入らないとはどういうことか。

刻一刻と期限が近づいているというのに。


「クッ…。」


手を思いっきり握りしめた。

爪が手のひらにくいこんでいく。

悔しい!

なにも出来ない自分が…。

肝心な時に何もできないなんて!

今まで生きてこられたのはお婆ちゃんのおかげだというのに!!


「私が代われたらいいのに!どうして、どうしてお婆ちゃんなのよ!!」


ダンッ!

思いっきり壁を叩いた。

手なんて痛くなかった。

病魔に蝕まれている祖母の方が痛いはずだから…。

自分の情けなさに涙がでてきた。

止めよう、止めようと思っても、涙は止まらなかった。

まるで、祖母の病気を告知されても祖母の前で泣かずに笑顔を作ってきた反動のように。

リルにこの涙を止めることは不可能だった…。





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