月華の庭 〜幻想郷の住人(13)〜









告げられた言葉の意味がわからず、いえ、分かりたくなかったのか、頭が理解しようとしない。


「どう、いう…?」


震えた声で問う自分にラドクリフは穏やかに笑った。
しかし、その瞳は真に微笑んでなどいない。
それが一層、この話の深刻さを垣間見せていて…。


「言葉通りですよ…。リルさん…、貴方にはこの髪の色がどう見えますか?」
「…淡い金色に…」
「では、嘆きの月の色をご存知ですか?」
「…」


――嘆きの月
それは、一定周期で月に現れるある現象、それが現れる期間の月の事を指す。
まるで、嘗て起こった惨劇を嘆くかのように月は冴え冴えとした銀色の月光ではなく、鈍い金にも似た光を放つのだ。
一昔前まで、決して起きなかった現象。
ある日を境に現れた現象で…。


「月の光は決して銀だけではないのです」
「…でも、まさか、そんなことは!」
「いいえ、私のこの髪は、罪の色。嘆きの月の色なのですよ…。決して、太陽神に愛されている証ではないのです」
「しかし、でも、その瞳は紛れも泣く銀で!!愛されている証で!!!そんな、相反することがありえるわけ!!!!」
「ありえるのです」


必死で反論しようとするリルに微笑んでその言葉を止め、彼はゆったりとしてティーカップを傾けた。
その無言の時間がやけに長く感じる。
が、落ち着きなさいと暗にラドクリフが諭しているのだと気付いたリルは深呼吸を一つすると、同じように紅茶に口を付けた。
既に温くなってしまったそれは、しかし安らぐような香りを与えてくれる。
そんな時間が少し続き、落ち着きを取り戻したかと思うとラドクリフの手にしていたカップはコトッと小さな音を立て、元に戻された。


「…この髪は、元は貴方のように茶色だったのですよ」
「え…?」
「この瞳は生まれ持ってのものですが、この髪は私がまだ13、4歳の頃に変化したのです。…彼の女神は、とても慈悲深い。しかし、それゆえに嘆きも深かったのです」


目を細め、何か昔を見つめるような表情をした。
外見は自分よりも幼いこの人は、外見とは裏腹に何倍もの歳を重ねている。
どれだけ遠い過去なのだろうか。
しかし、懐かしむ、というよりは、哀惜の念が垣間見える。


「自分の愛でる人間の犯した大罪。それは彼の人の深い嘆きでした。その大罪を前に、死を選ぼうとする私に、彼の人はそれを許そうとはしなかった。死を持って償うのは楽であり、逃避に他ならない。罪を永久とも思うべき時をかけて償え、と…」
「ヒューメ…」
「そう、真実、それは私自身をさす言葉であり、私の話なのです。…リルさんが聞いたあの物語は、実は、私があの子に聞かせた私自身の話なのですよ。もちろん、私だという事は言いませんでしたが…」
「…いえ、きっと、あの人は気づいてたと思います。ラドクリフ様の事だって。…そう、だから、母は、あんなにも悲しい表情をしてたのね…」
「そう、気づかれていたのですか…。あの子は賢い子でしたからね…。あの話の通り、贖罪の証はこの罪の色に染まった髪と、この体なのです…。不老不死だと、周囲の者は持て囃しますがね…。なぜならば、権力者にとって、お金では買えないもの、それは永遠の命。多くの財産を所持していても、それは自分の死一つで失ってしまう。持っていくことは出来ない。しかし、そんな彼等にとって、私のような身体はまさに奇跡の具現。神に愛された者と。馬鹿なこと…。永遠とも思うべき時間を喜ぶなどとは…。私には皮肉でしかない。周りは先に老い、死にゆき、置いて行かれる事が幸せだと思うなどと…!なにが奇跡か…!!まさに、これは私に与えられた罰だ」
「ラド、クリフ、様…?」


いつもの、おだやかな口調までも忘れたかのように厳しく言い放った。
その表情も酷く厳しい。
普段は笑顔が優しく綺麗な天使の様な人、それだけに彼の憤りの強さが伺える。

もう、きっと、いく人もの死を看取ってきたのだろう…。
必ず、自分は置いていかれる。
それは、なんという辛く悲しい事だろう。
想像もつかない。
気の遠くなる程遠い時間、一人で過ごす事などと、きっと、耐えられないに違いない。


「それに…、この身体は不死ではあるが、不老ではない。少しずつではあるが、老いている。むろん、見た目は変わらぬかもしれないが…、機能は低下してゆく。待つは緩やかな死。いや、それは私にとって開放の時だろう…」


ラドクリフは今はまだ姿を見せぬ月を、しかしその目では捕らえているのか、じっと見つめるように窓の外を望む。
しかし、リルはその衝撃的な内容にショックを隠せず、握った手が振るえるのを感じた。
死が、開放の時だとは、なんて悲しいのだろう。
涙が、つっと頬を伝って落ちた。

この人が、抱える罪、贖罪へねばならぬ罪はどれほどまでに重いのだろうか。
もし、あの人から聞いたあの話が全て偽りの無い、脚色のないものだとして、確かにそれは途方もない大罪であるけれど、彼のこの現状には心が痛む。


「泣かないでください。これは私が償わなければならない事なのです。同情される事ではありません。それに…、大神官として暮らしているので、優遇されているのですよ、これでも」


少し困ったように、しかし勤めて明るい口調で自分の事を茶化すように笑みながら、ラドクリフはリルにハンカチを差し出した。
その時、初めて自分が涙を流している事に気づく。
彼が泣いていないのに、自分が泣くわけにはいかなかった。
きっと、あの人も、彼の前では泣かなかったのだから。
ハンカチを受け取り、涙をごしごしと拭き取った。

見上げれば、いつものように穏やかに笑う姿。
日に透けた淡く金色に光る髪と優しい銀の瞳。
そんな重いものを背負っているなどと、微塵にも感じさせなかった。



何故、彼はこの教会で留まるのだろう?
ここは、自分に罰を与えた神を祀る場所で、
そして、彼はその神に使えていて…。

怨んでいないのだろうか?
死ぬ事が許されないこの現状を。

何故、神はそれを許し、且つ、彼はまだ、その瞳に愛し子の印とも言えるべき銀の瞳を持っているのだろう?

そして、何故、彼は、ラドクリフ様は私のこの事を話したのだろう?
きっと、これは極秘のはずの事で…。

ふと廻るは様々な疑問。

私があの人の、グレイスの娘だから?
でも、それだけではないような気がした。


「なぜ、でしょうね…。そう、ですね。きっと、…私も、貴方が何かを変えるような、そんな気がするからでしょうか。もしかしたら、貴方があの子の娘だというのも偶然ではないのかもしれませんね…」


リルの考えを見透かしたようにその疑問に答えるが、しかし、その言葉は独り言の様でもあった。
その視線はまた、空へと注がれている。


「ラドクリフ、様?」
「リルさん。貴方には力があります。それを覚えていてください」
「え?私は愛し子のような特別な力なんて持ってなんて…」
「確かに、貴方には私のような特別な力はありません。しかし、貴方は純粋で、真直ぐな心の持ち主です。それが、この先、貴方の何よりの力となるでしょう。自分の選ぶ道を信じなさい。決して、後悔しないように…」
「…それは、予言ですか?」


肯定か否定か、綺麗な微笑みで誤魔化される。
まぁ、いずれ分かる事だろう。


「貴方にこれを…」


差し出されたのは、一つのペンダント。
白金で作られているだろうそれは、月で、それも三日月を象ったヘッドが付いている。
その月の表面には模様のように"トゥーダ"の文字が古代語で刻まれていた。

それは、"光"という意味をさす言葉
消滅せし言葉

受け取っていいのかと悩んでいると、首に掛けられる。


「貴方に光の導きがあらんことを…」


その言葉を受けた瞬間、微かにペンダントが光ったような気がしたが、既にその様子は無い。
気のせい、だったのだろうか?
ラドクリフをちらりと見たが、何も気づいていないようだった。
もし、これが演技であり何か知っていたとしても、この様子では教える気はないのだろう。


「なぜ、私にこれを?頂く理由なんて…」


その言葉には答えず、再度、ラドクリフは空を見上げた。
先ほどまでは見えなかったが、白い月が青空に微かに浮かんでいる。
今日も変わり無くその姿は美しい。
その月を見つめる表情はいつにもまして慈悲に満ちた、穏やかな、温かいもので…


「それは貴方に与えられたもの。それに、それは私からではありません」
「え?じゃぁ、誰が?」
「月の華が…」
「…?」


それ以後、ラドクリフは核心に触れるような事を口にする事なく、日は沈んで行く。
もう今日はこれ以上ここにはいられないので、後にする。
結局のところ、何も《月華の庭》について、何も分からなかった。

唯、自分の預かり知らぬところで何かが動いている事だけは感じるのだ。


「早く、村へ帰りたい…。おばあちゃん…」


瞬く間に過ぎ去っていく月日の早さが歯がゆい
何より、何も出来ずにいるだけの自分が悔しかった。
胸元で揺れる月を握り締めた。

トゥーダ、光よ。
叶うならば、この先の我が行く道を照らしたまへ…















「月を与えられし者 月満ちし時 花降り注ぎ 彼の境界を越えん」


贖罪の天使は貴き人と愛しき子を想う













SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送