月華の庭 〜幻想郷の住人(12)〜












『教会は境界でもある』
ルティスの残したその意味深な言葉をリルは反芻した。
なんの境界だというのか?
そして、なんの意味が籠められているのだろうか?
もちろん、彼の事だ。
このタイミングで関係のないことは言わないだろう。
きっと、《月華の庭》に関係のあることで・・・。
しかし、そうと分かっていたとしても、意味が簡単に分かるわけではない。
それに、きっと彼に聞いても教えてくれないだろう。
では…?



「…って、それだけのヒントで分かるはずないでしょ!!」



結局、先ほどまでの悲しい気分など吹き飛んでしまったように大声で叫ぶだけに終わり、その謎はわからないままだった。











「あらら、リルちゃん、どうやら元気が出たようだねぇ」
「ちょっと良すぎやしねぇか?」
「まぁ、それがリルちゃんらしいんだから、いいことじゃないかい?」



部屋からきこえてくる大声に二人は安堵し、笑いながら、といってもルティスの方は苦笑だが、グラスを傾けた。
琥珀色の液体が揺れる。
宿でもあるが、ここは主に夜は酒場として営業している。
この時間はまだ営業時間ではないので二人っきりだった。
カウンター越しにお酒を飲みあう。



「ありがとうね」
「何が?」
「惚けたふりをしても、私にはお見通しだよ。あんたがリルちゃんに何か言ったんだろう?」
「さぁ?」
「ふふ。まぁ、そこがあんたのいいところなんだけどね・・・」



一気に残りの液体を煽りグラスを置くと、氷はカラリと音を立てて崩れ落ちた。
視線を上げると女将さんは妖艶な笑みを湛えていた。
出会った頃より歳をとったといっても、今でも十分若く、美しいままである。
きっと、その辺りの普通の男性なら、ころっといってしまうだろう。
しかし、彼女の事をよく知るルティスにとって、その笑みは、まるでこちらの事を全てを見透かしているように見えた。
彼女とはまだ彼が歳若い頃からの知り合いで、どうしても頭が上がらない部分もあるのだ。
だからだろう、ルティスは気まずそうに視線を逸らすと早々と席を立った。
部屋に戻るのか、と思いきや、向かう方は店の出口の方である。
荷物も重そうだ。
これは、と女将は長年の経験と勘を働かせた。



「もう、行くのかい?あんたにしちゃ、今回はいつもより長い滞在だからねぇ」
「…いや、まだ、俺には見届けなきゃいけないことがあるからな…。ただ、いつも姉さんには世話になりすぎてるからな。そりゃ不味いだろ?ここは大人しく、あいつの所でもいくさ」
「そうかい。…見届けるって、それはリルちゃんの事かい?」
「…どうだろうな。それもある。けど、それよりも…」



その続きはルティスから話される事はなかった。
彼の表情から、なにか深い感情が秘められているのを感じ、彼女も何も問いたださなかったからだ。
娘の面影を重ねてしまうリルと同様、幼い頃からの彼を知っている彼女は彼の事も非常に可愛かった。
それだけではない、彼の苦労も知っていた。
愛でられる存在である為の苦労も、彼の何か心に秘めた想いに縛られていることも・・・。

ただ、願うは彼等の幸せ

それだけで・・・。
それだけなのに、それが酷く難しいのだ。



「じゃ、行くわ。旅立つ時にはまた寄るよ」
「あぁ。そうしておくれ」
「女神のご加護が貴女の上に降り注ぎますように・・・」
「いつも思うんだが、あんたにそう言われるとありがたみがあるね。…愛し子に一層の月の愛を」



そうやって互いに微笑みあって別れた












その頃、リルは思考することに飽いていた。
元来、思ったら即行動するタイプであるためこういう事には慣れていないのだ。



「あぁ、もう、イライラする!ウジウジして悩むのは私の性格じゃないっ!!」



クローゼットをバンと音が立つほど勢いよく開け、礼服を取り出し、袖を通す。
あれだけ着なかった、着る事を拒否しつづけた服であったのに、一度その禁を破ってしまった今となってはなんの抵抗感もなくなってしまった。
それは自分にとっては大切な過去で、触れたくなかったことではあるけれど、それでも、生者とは比べてはならないのだ。
祖母も大切なのだ、自分にとっては。
こうやって改まった服を着るとビシッとした気分になる。
深呼吸をひとつし、気を引き締めた。
教会に関わる事、それならば教会を訪れるのが早い。
元々、教会に用があったのだ。
ただ、それが色々あって伸びていってしまっただけで…。
そして、ラドクリフ様、彼の気になることもあった。

なるようになる、そんなものだ

リルはひらりと膝丈の青色のチェック模様のプリーツスカートを優雅に翻し教会へ向かった。










教会の大きく立派な扉は昼頃の時間帯から常に市井の為に開かれていて、気楽に入れる事ができる。
リルも同じように中へと進み行った。
神殿の中はまだ開け放たれてそれほどでもないからか、人の入りはまばらであった。
どうやら、直ぐに来て正解だったようだ。
しかし、その前にと神像の前まで行き、軽く祈りを捧げ、像を見つめる。
やはり日の下で見ても女神は美しかった。
周りには捧げものだろう花が像を囲っており、好い匂いが辺りを満たしていた。
白亜の像を華やかに囲む花々のなんと美しいだろうか。



「リル、さんでしたよね?」
「え?」



ぼおっとしていた所の突然の呼びかけに驚いて振り返れば、一人の男性の神官の姿があった。
その服装は神官と言っても簡素なもので、ラドクリフとはとても違う。
まだ下級の神官なのだろう。
確か、どこかで見たような記憶が微かにだがあった。
はたして、何処であったか・・・



「えっと、…」
「前に、ルティス様とご一緒にラドクリフ様をお尋ねになった時にご案内させていただいた者です」
「あぁ!!」
「お待ちしておりました」
「え…?約束してましたっけ??」
「いえ、ラドクリフ様が今日、貴女が訪れられると言われましたので」
「ラドクリフ様、が?」



それでも納得いないというリルの表情に気付いたのだろう。
その疑問を彼は笑顔で説明してくれた。



「ラドクリフ様は大神官の地位であられます御方です。そして、神々に愛されし御方でもあります。そのような事は不思議ではありませんよ」
「そう、なん、ですか…?」
「えぇ」



そういうものなのか、と一応納得してみる。
そうこう話している内に、ラドクリフ様の部屋だと言われる場所まで通された。
なるほど、この神殿は月教会の中でも屈指を誇るものの一つではあるが、その中でもなかなか立派そうな部屋だ。
彼の地位の高さがよくわかるというものだ。

ドアをノックしようとすると、中なら入っていいとの声が聞こえた。
どうやら、そこまでお見通しらしい。
そこで連れてきてくれた神官と別れた。
どうやら、二人っきりで話したい事があるそうだ。
なんだろう、とリルは思う。
思い当たる事がいろいろありすぎて、かえって分からなかった。



「失礼します・・・」
「よく来てくれましたね。お待ちしておりました」



いつもと違わず、にっこりと美しい笑みを浮かべるラドクリフに、促されるままにソファーに座った。
そこにはお茶と美味しそうなお菓子が既に用意されていた。



「どうぞ。あ、入れたてですからまだ熱いはずですよ?」



やっぱりこの人は全てを見通しているのだろう。
でなければ暖かいお茶がこんなにタイミング良く用意されているはずなんてないのだから。
とりあえず、この上等なお茶を頂いて一服する。
緊張と驚きで喉が渇いていたのも事実だ。



「よく、分かりましたね。私が来るってこと」
「…そう、ですね。あの子の歌声が聞こえましたから。それに、貴女には月が味方していますので…。私はそれを、その時を待っていたのです」
「あの子って、ルティスの事、ですよね?というか、月って…?」
「えぇ、ルーのアノ歌を聞いたのでしょう?あの子がアレを歌う事など殆ど皆無に等しいのですよ。後の話はそれは私が貴女をお待ちしていた理由です」
「でも、なぜ、ルティスがあの歌を歌ったっていう事を知ってるんですか?あの場所には私しかいなくて…。…あ、ルティスから聞いたんですか??」
「いえ、彼はそんな事を言いはしませんよ。それは…私がこういう状態の者だからであって…。もちろん、あの子の歌声も、アノ歌も特別だから、ということもありますが…」



ラドクリフは少し苦笑しながら自分の髪をちょこんとつまみ上げたのち手を放した。
金色に輝く髪が窓から差し込む光に微かに反射して光る。



「それは「月と太陽の愛し子」だという…?」
「…私がフューメですからです」
「…"罪を背負う者"」
「えぇ。しかし、それは言葉の意味でしかありません。リルさん、貴女はその名を持つ子供の話をご存知でしたよね?」



ゆっくりと話しながら、穏やかに、しかしじっくりと自分を見つめる銀の瞳。
見た目は歳若い子供でしかないのに、この瞳は幾重にも歳を重ねた者がもつ眼差しであった。
なんともない、といったような口振りではあるが、決して冗談で言っているのではない。
これは真剣な話で、重要な事なのだろう事がよく分かる。
ごくり、と思わずリルはつばを飲み込んだ。



「…禁忌の罪を犯した子供が神に罰せられ、永遠に贖罪しつつける…、そういう話なら…」
「そう。私は、その禁忌を犯した子供なんですよ…」
「え…」



その話の展開に、やはりと思ったが、どこかにそんな事はないと思う自分もやはりいたのだろう。
思わず声を出して驚いていた。



「私は太陽神の愛護など受けてはいないのです。これは、罪の証なのですから…」



淡々と驚くべき事実を告げる彼の声が何処か遠くて放しているように聞こえたのだった…


















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