月華の庭 〜幻想郷の住人(11)〜













「姫。聞こえますか。彼があの歌を…」



銀の色を纏う一人の男が、同じく銀の色を纏う、姫と呼ばれた女性にそっと近づいた
たっぷりとした布を使った深い闇の色の服が、彼の銀の長い髪と似合っていて、まるで銀色の月が輝く夜空のようだった
二人とも、絶世と言ってもいい程の美貌の持ち主であった
纏う雰囲気も二人はとても似通っており、血縁者だと言えば誰しもが素直に納得するものがある
彼が白い陶磁器のような手を差し出すと、銀の姫はそれをそっと取り、しなやかな動作でゆっくりと立ち上がった
月明かりを浴びて美しく銀色に輝く髪がさらりと揺れ動く
髪に飾られた白い花がその馨しい芳香を放った
銀の姫は気だるげに伏せた瞼をあげ、彼に視線を向けた



「…彼の歌はあの子にとっても、妾にとっても特別なもの。まして、あの子の歌声ならば妾の元まで届くというもの…。…そう、あの子があの歌を…」
「えぇ。彼が、あの歌を歌うとは本当に珍しいですね…。彼は優しい子ですから…」



彼は穏やかに微笑んだ
姫はその言葉に僅かに口端をあげ答える



「…時は満ち、幸運は彼の者の前に降り注いだ。後は、ただ、月が満ちるまでじゃ…」
「ならば私は、彼女が気付くことを祈りましょう。彼の者に女神の月が現れんことを…」
「お主は甘いな」
「…予感がするのです。彼女が我らに関わる事で、何かが劇的に変わる予感が。ただ、それがよい事か、悪い事かは私には測り知れませんが…。それでも、今は変革の時なのだと。そう、感じるのです」
「…お主がそう感じるのならばそうなのであろう。何者でもない、お主の予感なのだから…」
「はい」




姫は自らの髪を飾っていた花を一本抜きとると、彼に手渡した



「ならば、これをあの者に…」
「ありがとうございます」



彼は優しげに微笑み、それを受け取ると、すっと姿を消した
彼女は虚ろな瞳でそれを見届けると、そっと目を伏せた

風に乗って微かに歌が聞こえる



「もう、いいのじゃ…」



誰もいない、庭に一人佇む彼女は、聞こえる歌声にぽつりと言葉を漏らした
その表情は微かに悲しげに歪んでいた














高く澄んだ音が響き渡った…
まるで極上の美酒を飲んだかのような酩酊感
何も考える事など出来ないほど
そして、竪琴の音はもちろんのこと、歌声はさらに素晴らしかった
まさに天上の歌声
"神に愛されし者"
演奏に集中し、奏で歌う彼の姿は、神がかった神子のようで
ただでさえ美しい彼の容姿を、一層、神秘的な美に魅せたらしめていた

初めはリルもその音色に酔いしれていたが、その歌の内容が脳内に届くと目を大きく見張った
一気に酔いが冷めるようだ




月華よ

隠された庭よ

我らが月の園

天より降りし風花 降り注ぎ

我らを導かん





そう、それは、《月華の庭》の歌
しかし、一般に知られている歌とはまったく違うもので
初めて聞くものだった




祈れ 強き願いを

願え 彼の地を想いを

されば逢おう

貴き人は呟いた





何故、そのような歌を彼が知っているのか?
その歌詞を意味は?
聞きたいことは沢山あった
しかし、ルティスはリルのその視線に気付いてるのか気付いていないのか、切なげに表情を僻ませたまま高らかに歌い続ける
もちろん、リル自身も停める気はなかった
なぜなら、今、彼は私の為に歌ってくれているのだ
彼は私が彼の庭について調べている事も、求めている事も知っていた
ならば、なぜ、彼は早い段階で彼女に教えなかったのか?
答えは簡単だ
容易に教えていいものではないか、または、それほどまでに彼にとってこの歌は大切なものであるかのどちらかだ
この歌を今はただ、真剣に聞くべきなのだ
きっと、この一度しか彼は歌ってくれまい




その銀の瞳は全てを見通す

彼の者の想い届きし時

その手で救いあげん

鍵を示せよ

さればたどり着けるだろう

我が庭に…










言葉はそれで終わった
後はただ、美しい竪琴の音色のみ
いや、その言葉は正しくなかった
美しい音色で語られたのだ

だが、しばらくして、その音色も止んだ













「ありがとう…」



ふぅ、と深呼吸をしたルティスにリルは告げた
彼は少し、複雑そうな表情で笑い返した



「これっきりだ」
「わかってる」



その答えにルティスは今度は満足げに微笑んだ



「ただ、一つだけ、…いや、二つだけ、質問に答えてくれない?」
「…答えれるものなら」
「それで構わない。一つは分からないけれど、もう一つは答えられると思うし」
「…なんだ?」



彼は訝しげに眉を顰めた
せっかく綺麗な顔なのに勿体無い、とぼんやりと心の片隅でそんな事を思う



「あの歌は、何?あぁ、庭を表した歌だってことは私にだって分かってるわよ?私が知りたいのは、私が知っている歌じゃない、その意味」



ルティスの瞳を見つめる
澄んだ雲一つない青空のような美しい双璧
されど、その瞳には微かな陰りと憂いが宿るモノ
彼が、普通の"神に愛されし者"としての生活を送ってきたのではない事を物語る
自分の強い視線に耐えかねたのか、一つ、溜息を零した



「あぁ。お前が察してる通り、みんなが知っている《月華の庭》をより示す歌。彼の歌の第2章だ」
「第、2章?」
「そうだ」
「そんなのがあるなんて知らなかった…。だって、月下の中央図書館にだってそんな資料なかったもの」
「当たり前だ。この存在なんて、一握りしか知らないのだからな」
「え…?」



もう少し詳しい事を知りたかったが、ルティスの表情がそれを拒絶していたのでリルは諦めることにした
これ以上は彼の触れられたくない事だろう



「もう一つの質問…。なんで、歌ってくれたの?あんたは私が彼の庭を探している事を知っていた。それでも教えようとしなかった。なのに、何故…?」
「…なんでだろうな」



ぽつりと呟くようにルティスは答える
月をそっと仰ぐように見つめる



「あぁ、きっと、お前が昔の俺と似てたからだ…」
「…ルティスと?」
「…いや、違うな。お前はあの時の俺より遥かに強いよ。前を向こうとしてるから。泣いてばかりあった俺とはまったくの反対だ…」



何か、遠い過去を懐かしむようにくすっと笑った



「だから、かな…。俺にでは出来なかった事を、お前なら、出来るような気がしたから。…人は弱い。でも、お前は、純粋なる祈りを持つ者だと思うから。それは時として悪に漬け込まれるものでもあるが、お前は強さに変えるだろう。そう思うんだ、俺は」
「・・・」



沈黙が部屋を包んだ
月光に影がさし、ふっと闇が辺りを充満した

長い沈黙を最初に破ったのはルティスだった
立ち上がると、ドアへ向かった



「俺が出来るのはこれだけ。後は、お前の運。いや、強き想い、かな…。…頑張れよ」
「…ありがとう」



再度、お礼を言うとルティスは微笑んだ
扉を開け、出て行く
その瞬間に言葉が聞こえた



「教会は境界でもあるんだ…」
「え…?」



言葉の意味が分からず、問いただそうとしたが、ルティスは何も言っていないとでもいうように、そのまま去って行った
リルはしばし、その場で立ち尽くすのだった











遠くどこかで鳥の羽ばたく音が聞こえた…












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