月華の庭 〜幻想郷の住人〜



ルーン国の端に位置する村、いわゆる田舎と呼ばれるところにその少女は住んでいた。

その少女はごく普通のそこら中にありふれているような少女だった。

髪や目の色も焦げ茶色で、そういう者はこの国中に結構いたし、決して「月の愛し子」などというひたすら目の保養になるような銀の美しさを持つ、珍しい者ではなかった。

だが、彼女はたどり着くことが出来ないと言われている伝説の《月華の庭》にたどり着けた数少ない者の1人だった。

つまり彼女は「月の愛し子」などという特殊な人間などという者ではないのに「月」からの恩恵を承けたという珍しい者なのだ。

彼女にもその出来事は今でも夢の事のように感じている。

なぜなら、それはあまりにも幻想的なことだったから…。

さて、その話は数ヶ月過去へと遡ることになる…



――数ヶ月前


「お婆ちゃん。寝ていてって言ったでしょ!」


家中に響くような声で少女リルは叫んだ。

笑っていれば目がぱっちりとしていているからそれなりに愛らしく感じるだろうに彼女のその顔は怒っていた。


「だって、お前ばかりに働かせちゃ悪いだろう?」


孫に怒られてしゅんと落ち込みながら祖母はおどおどと答えた。

そんな様子を見たリルはくすっと笑って、先ほどとは異なった優しい声で言った。


「そんなことないわ。近所の人だって優しくしてくれるし、働くのは楽しいわ。」

「でもね。お前はまだ16なんだよ?遊びたい年頃じゃないかい。」

「いいえ。私には遊んで過ごすよりも働いてでもお婆ちゃんに元気になって欲しいの。遊んで欲しいと思うなら早く良くなって。」


これは本当にリルの本心だった。

たった1人の身内であるこの祖母を失うぐらいなら一日中働きにでることなどなんでもなかった。

そりゃあ、少しは綺麗な服を着たりして遊びたいなとは思うけどね。

そんなことを考えつつ、いつものように元気良く家を飛び出していった。




「リルちゃん!お婆さんが!!」


それはリルが畑仕事をしているときだった。

隣に住むおばさんが祖母が倒れたということを教えに来てくれたのだった。

数時間前までは元気なはずだった。

―いつものように穏やかに笑っていたのに

―いつものように……

めまぐるしく頭の中を今朝の祖母との光景がまわっていった。

なぜ?!

ショックで立っているのもやっとだという足を無理やり動かして、家まで走っていった。


「お婆ちゃん!!」


リルは乱暴にドアを開けた。


「静かにしてください。」


そんなリルを医者は軽く咎めた。

自分の行動に気づき、リルは小さな声でしかし、迫るように医者に聞いた。


「あの、お婆ちゃんの具合は?大丈夫なんですか?!」


医者はとても言いにくそうだった。


「よく…ないんですか…?」


リルの声が自然と震えた。


「よく…はない。この病気では持った方だと思うが…。」


涙が頬をつたって落ちていく。


「それは…もう…長くないってことですか…?」

「あぁ。」


やっぱり。とリルは思った。

『不治の病』と言われた病気だと分かったときから長くはないと言うことは分かっていたのだ。

でも、生きて欲しかった。

幼い頃に両親を亡くした自分をここまで育ててくれたのは祖母だったから…。


「助かる方法は無いんですか?!」


リルはぐいっと袖で涙を拭いて医者を問いつめた。

無いと言われることは分かっていたが、それでも聞きたかった。

いや、聞かずにはいられなかったのだ。


「ない、ことはない。」


だが、医者の口から漏れたのは予想もしていなかった言葉だった。

リルは目を見張った。

治す方法がある?!


「どうすればいいの?!」


先ほどまで小声でと注意されたばかりだったが、今はそんなことに構ってはいられなかった。

助かるかもしれないんだ…!!

そう思うと自然と力が入った。


「伝説の庭、《月華の庭》にだけ咲くという特別な月下美人の蜜はどんな『不治の病』に効くらしい。」

「《月華の庭》?って、それは伝説じゃぁ…。もしかして、私のことからかっているんですか!」


怒りが湧いてきた。

自分はとても真剣なのに、冗談だったなんて!

だが、医者はそんなリルの心を見透かしたように答えた。

「ないことは、と言っただろう。伝説と言われているが、実際にたどり着けたという噂を効いたことがある。それが本当だったら、もしかしたら…。」


「でも、噂なんでしょ?!」

「だが、本当かもしれない。」


冷静にその疑問の答えを医者は返した。

そこまで冷静に言われるとリルには先ほどまでのように怒ることも出来なかった。

なぜなら自分も心の底から《月華の庭》の存在を否定しているわけではなかったからだ。

伝説といっても、やはりこの月下の国では「月」と関わりの深いと言われているこの庭は神聖な場所として認知されていたからだ。

それに月下美人が咲く季節でもないのに、何故か風に乗って花びらが飛んでくることがあることを知っていたし、自分でもそれを見たことがあるのだ。

だからこそ、この国の人間は伝説だと思いながらも、心の何処かで《月下の庭》は存在することを信じていたのだった。

この目で、《月下の庭》にたどり着いた者を見たわけでもないのに…。


「…高いの?」

「えっ…。」

「何処にある可能性が高いのかって聞いているの!」


医者は突然のリルの発言に目を見張った。


「もしかして行くつもりなのか?!」

「えぇ。だって、お婆ちゃんが助かる可能性はそれしかないんでしょ?」

「まぁ、そうだが…。本当かどうか分からないんだぞ?」

「でも、それしか方法はないの。私には唯一の肉親で、世界中で一番大切な人なんだから。」


焦る医者にリルはキッパリと言い放った。


「で、場所は?大体とか分かんないの?」


リルに問いつめられた医者は素直に吐いた。


「この国の中心地であり、最大の街であるティティアに在るという噂を耳にしたことがある。」


あくまでこれは噂だった。

だが、リルにはこの噂を信じるしかなかった。

そう、これしか方法は無いのだから…。


「ティティアね…。よし、行ってみよう!」


さっそく、リルはタンスからお金や生活必需品を鞄に詰め込んだ。

そして、眠っている祖母にそっと挨拶をした。

祖母のことは隣のおばさんに頼んだ。


「じゃ、おばさん。お婆ちゃんのこと頼みます。」


迷惑を掛けることになるが、快く引き受けてくれたのが幸いだった。

祖母の様態からいって、3,4か月ぐらいまでには《月華の庭》を見つけて自分は帰ってこなければならない。

絶対に見つける!!


「行ってくるね。」


そう気合いをいれてリルは村を後にした。

《月華の庭》がどんな庭なのか。

管理人は本当に全ての銀を持つ「月の愛し子」なのだろうか。

そんなことを想像しながら…。




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