月華の庭 〜Cry For The Moon〜



僕はときどき月の夢を見る。

それは現実にはないとても素敵な夢。

だけど、何処か寂しい夢。

庭いっぱいに咲き乱れる花に囲まれながら僕は寝ころぶ。

これは現実にはあり得ないこと。

だって、僕のお母さんやお父さんは早くに亡くなってしまって、叔母さんの家で引き取られて暮らしている。

飢えはしないけれど、そこに幸せなんてない。

毎日、朝から晩まで働いているから…。

少しだけ、少しだけ落ち着く時は寝ている時だけだった。

月の光を浴びながら寝るのはとても好きだった。

お母さんにそっと抱かれているような気がするから…。

お父さんの瞳と一緒の銀色の光が綺麗だったから。

優しさをくれる月が大好きで欲しかった。

だから毎日、毎日僕は月に祈るんだ。

「僕にお月様をください。」ってね。

無理だとは分かっていても欲しかったんだ。

お母さんと同じ優しい月でお父さんと同じ綺麗な月がとっても…。

だから、毎回お祈りの後は涙が止まらなかった。

でも、いつの日か月をあげる代わりにって言うように月の夢を見るようになった。

気づくと、いつも僕は月にあるとっても綺麗な庭に僕が立っている。

そこにはたくさんのお花が咲いていた。

それはお父さんの大好きな月下美人っていうお花だった。

僕もそのお花が大好きで、水やりとかも進んでしていた。

そっとまだ咲いていないお花に触れてみた。

そうしたら、僕に「こんにちは。」って言うみたいにふわっと蕾がほころんだ。

だから僕も「こんにちは。」って挨拶したんだ。

僕はお花を踏まないようにいつも気をつけて庭の真ん中(多分だけど…)に行くんだ。

そこには小さな建物があって、そこに置いてあるベンチに座りながら、いつも庭をぼ〜っと眺めているんだ。

すると、小鳥とかが寄ってきたりするから嬉しくなるんだ。

本当にここが好きだった。

でも、もう何度もここに訪れるようになって気づいた。

綺麗だけれどとても寂しい場所なんだって。

花は綺麗だし、鳥も懐いてくれる。

けれど、ただそれだけだった。

月に追い求めていた温もりが無かったんだ。

気づいた途端に涙が溢れ出してきた。

僕が欲しかったのはこんなんじゃない。

ずっと涙が出なくなるんじゃないかってぐらい僕は泣いた。

そうしたら、急に冷たいものが僕に触れた。

それは人の手みたいで、僕はビックリして顔を上げた。

だって、今までにここで人を見た事なんてなかったから…。

顔を上げるとそこには、1人の女の人が立っていた。

今までに見た人の中で一番綺麗な人だっだったから。

それに、その人はこの庭にピッタリと言っていいほど似合う、全身に銀を纏った人だった。

僕はさっきまで泣いていたことなんか忘れて呆然とその女の人を見つめた。


「お姉さん誰…?」


僕は思いきって訪ねてみた。


「この庭の管理人…。」


綺麗で透き通るような声が僕の耳に届いた。

答えてもらったのが嬉しくて、僕は管理人だっていうお姉さんに微笑んだ。


「お姉さん、銀色で綺麗だね。女神様みたい。」


お姉さんはちょっと驚いた顔をしだけれどすぐに、軽くだけれど笑い返してくれた。

そして、僕にこう聞いた。


「どうしてお前は泣いていた?ここは美しく、そして誰もお前を害する者などいないというのに…。」


僕はビクッとした気分になった。

僕にだってこのお姉さんが言ったようにここが素晴らしい場所だってことは分かる。

けれど、さらにお母さんやお父さんが僕にくれた温もりが欲しいなんって贅沢なような気がして言えなかった。

また止まったはずの涙が出てきた。

僕は必死で涙を止めようとしたけれど無理だった。


「どうして、また涙を流す。お前の欲しかった月の代わりにはならぬのか?」


お姉さんは僕の涙を指で拭いながらまた聞いた。


「私はお前の熱い願いを聞き、それを叶えようとした。満足できぬのか?」

「本当に…、本当に僕が欲しかったのは…お父さんやお母さんがくれた温もりだから…。」


僕はとぎれとぎれになりながらもなんとか最後まで言った。

すると、僕の頭を優しく撫ぜていった。


「そうか。お前は月が欲しいと言った。だが、それは叶えられぬ願いだった故、私は夢の間だだけでもとお前をここに呼んだのだが…。」

「ごめんなさい…。」


僕は本当に悪いと思って謝った。


「いや。本当のお前の願いに気づかなかった私のミスだ。本来ならば、これで終わりだが特別にお前の願いをもう一つだけ叶えよう…。」

「本当?!」

「あぁ、何を願う…。」


僕のお願いは決まっていた。

よく考えれば初めから一つだけだったんだ…。


「お父さんとお母さんにもう一度だけ会わせて…。」


たった一度だけでいいから、もう一度二人に抱きしめて欲しかった。

そして、「頑張れ。」って言って欲しかった。

それだけで、この先のどんな辛いことにも耐えていけるような気がしたから…。


「それで良いのか…?」


僕は大きく頷いた。


「では、その願いを叶えよう…。」


お姉さんが虚空に手を差し出すとそこに大きな一匹の銀色の鳥が現れてお姉さんの腕に止まった。

その鳥が美しい声でさえずったと思うと、辺りが輝きだした。

光が収まると、僕は目を擦ったりしながら目を凝らした。

すると、目の前にはお父さんとお母さんがいた。


「…お父さん!!…お母さん!!」


僕は泣きながら二人の元に駆け寄って抱き付いた。

二人からは昔のような温もりが伝わってきた。


「会いたかった…。会いたかったよぉ〜。」


泣きじゃくったからぐしゃぐしゃの顔になっていた。

お父さんは「泣くな。男の子だろう。」って言って、お母さんが「こんなに早くに逝ってしまってゴメンね。」と言って涙を拭いてくれた。

僕は、そのたびに「うん。」って答えるだけだった。

というか、それを答えるだけで精一杯だった。

お姉さんが「もう、時間だ。」と僕たちに告げた。

お父さんとお母さんがもう一度最後に僕をぎゅっと抱きしめてくれた。

そして「頑張れ。いつでも見守っているから。」って言って消えていった。

別れるのは辛かったけれど、一番欲しい言葉が貰えて嬉しかった。

涙が出そうになったけど、お父さんに泣くなって言われたから、必死に堪えた。

お姉さんが「満足したか?」って聞いたから、今までの御礼を込めて自分の最高の笑顔だって自信が持てるくらいのを見せた。

その笑顔を見たお姉さんがどことなく、いつもより少し嬉しそうだったのが僕にも分かった。

お姉さんが僕を戻す前に最後に聞いた。


「まだ、月が欲しいと泣くか?」


僕はその問いに自信満々に答えた。


「泣かない。だって、僕にはもう必要ないから。」


お姉さんは頷き、そして言った。


「お前が強く生きていこうとする限り、私もここから見守ろう…。」


僕は目を見張った。

だって、そんなことを言われるとは思っても見なかったから。


「ありがとう。僕もお姉さんが幸せでいられるように祈ってるから…。」


僕にはこれぐらいしかできないけれど、それでもお姉さんが喜んでくれるだろうということがなんとなく分かっていた。

元の世界に戻りつつある混沌とした意識の中、僕はお姉さんが満面の笑みを浮かべているのが見えたような気がした。

そうだとしたら、あんまり表情を変えないお姉さんをそんな顔にできたのだからなんだか誇りに感じる。

その微笑みが見えたのが嬉しかった。

この先、きっと僕には辛いことが待っているだろう。

でも、大丈夫だと確信できる。

なんたって、僕にはお父さんやお母さん、そして銀の女神様がついているから…。

もう、僕は月が欲しいなんて泣かない。







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