ひやりとした手が心地よかった









秋風












秋風が吹くのを感じ、ぶるりと天国は体を震わせた
早朝の空気の澄んだ時間、外に出ると既に肌寒く、その気温を確かめるように息を吐いた
その息は空気を白く見せる
少し前までは寒くても白くはならなかったのに、もうこんな季節かと天国は一人思う
冷えた手を暖めるようにはぁと息を吐けば、掛けていた眼鏡のガラスが曇った
コレでは前は見えない
仕方がなく眼鏡を外し、曇りが晴れるまで天国はそれをぼんやりと眺めた
思いだせば、今年はそれほど秋の虫の音を聞いた記憶がない
いつのまに、秋を通り越し、冬のような気温になってしまったのだろうか?


「いや、まだ暦上はぎりぎり秋だと思うぞ?木々の葉も紅葉して散り行く季節だ。散り終わってはいないぜ?」
「…沢松」
「なんだ?」
「…なんでもない」


マンションの鍵をかけ終え、自分を追ってきたのであろう沢松は、自分の口にも出していない問いにさらりと答えた
ぼうっと立っていただけなのに、なぜそこまで読まれてしまうのか?
長年の関係がそうさせてしまったのだろうか
実際、天国も沢松の考えそうな事などお見通しだった
…あぁ、よく夫婦にある「アレとってくれ」「はいはい、アレね」で通じ合ってしまうヤツみたいなものか?
まぁ、そんなとこだろう、と天国はガラスが透明に戻った眼鏡を緩慢な動きで装着しなおしながら、そう決定付けた
にしても、今日みたいな日は困るが…
しかし、今は頭を使うのも面倒で対処法など考えるのも億劫だ
殆ど寝ていない頭は睡眠を渇望している
まぁ、それだけの理由ではないが…


「寒い」
「はいはい」


ぶるりと寒気に身を捩じらせた天国に差し出されたのは沢松の手
どうやらこの人肌で暖をとれとの事なんだろう


「…もっと暖かいのがいい。…面積が小さい」
「…文句あるなら寒いままだぞ?」
「ム。…我慢する」


仕方が無いと言ったように沢松の手を取る
自分よりは冷たいそれは、しかし仄かに暖かく、人の温もりだ、と感じさせる
体ではなく、なんだか心が暖かくなって
少し幸せな気分で
なんだか恥ずかしいからそんな事は一言も言わないが
それに、彼ならそんな事ぐらい簡単に悟ってくれる
無論、それ以前にそういう風に感じると分かっているからこその、この行為なのだろうが…


「…お前の方が暖かいな」
「別に、このままでいい…」
「了解。ま、歩けばそのうち暖かくなるだろ。今日は晴れだそうだし、日中は暑くなるぜ?」
「あぁ」


沢松の手が自分を導くように引っ張った
それに天国は大人しく付いて行く
頭はぼんやりで、うつろうつろして


「天国ー。寝るなよ?危ないから」
「ん」


自分の状態を的確に把握して誘導してくれる
だから安心して自分も身を任せていられるんだ




ぴゅーと道を吹き抜く秋風(個人的にはもう冬のような冷たい風)にくしゅんとクシャミが出る
…やばい


「…天国」


ピタリと急に止まった沢松の足取りに天国はビクリ且つおそるおそる立ち止まった


「余りにも普通にしてるから気付かなかったがお前…」
「な、なんだ…?」
「なんで今日は眼鏡してんだ?コンタクトはどうした??あんなにその姿を人に見せるのは嫌がってたのに」
「…あ。今日はちょっと、な。面倒でよ…」
「その為に面倒な事さえも厭わなかったお前がか?」


もう完全に疑っている
抜かった、と気付かれぬよう微かに天国は舌打ちをした
こうなってしまえば、もう沢松には気付かれてしまったも同然で…
学校まで行けばなんとかなると思ったのに、もう遅い


「天国?」


少し鋭く、いつもより幾分低い声音で問うように笑みを浮かべ沢松は天国の名を呼んだ
しかし、その瞳は決して笑っていなくて
働かない頭を無理矢理に動かして対策を練るけれど、もう後の祭り
ガシッと逃げられないように手は握られたままで、額を強制的に押し付けられた
そして一度離し、眉を顰めながら自身の手を天国の額に宛てた
繋がっていた温もりが消え、少し冷えた沢松の手からはひやりとした冷たさが伝わって気持ちがいい


「やっぱり…。熱がある。お前、風邪ひいてるな?」
「えっと、その、…」
「言い訳はいい。ったく、熱があるなら最初っから言え!この馬鹿!!体調が悪いから眼鏡してたんだろ?」
「うっ…」


余りの怒りに朦朧とした頭は反論できない


「…ったく、寝不足で調子が悪いのは分かっていたから気付かなかった。油断した…。悪ぃ」
「べ、別に沢松が悪いわけじゃねぇよ。俺が隠してただけだしさ…」
「いや、この俺がお前の事で見逃すなんて許せねぇ。昨日、俺がお前にもっと厚着させときゃ良かったんだ…。すまねぇ」


悔いるように責めるように言いはなつ沢松
別に風邪ぐらいで大げさな…と言えば、お前の体調管理は俺の管轄だ、と言い切られてしまった
確かに、普段健康的に生きられてるのは沢松のお陰だという事は本当で
だからこそ、ずんと落ち込んだままだ
その彼の姿に天国はふぅと溜息をひとつ零した
溜息さえも微かに熱が籠もっていて辛いのが分かる

あぁ、これだから風邪を引いてしまったと悟られるのが嫌だったのだ

誰よりも、自身の事よりも、俺の事に気を使うのだ、沢松という人間は
それは少し嬉しいのだけれど、何かあった時に自分を責める彼
それが嫌で…

だって、彼のせいじゃない
自分の管理能力のなさが悪いのだ
それぐらいの事で悲しい気分になって欲しくなかった


「あぁ、もう。俺のせいなの。俺が悪い!!だから、落ち込むな!!!」


急に怒り叫んだ影響か、ふらりと軽い眩暈
慌てて沢松に支えられる
あぁ、この身体に憤りさえ感じる


「大丈夫か?」
「あー。平気。寝不足も入ってるからな。ちょっと寝れば大丈夫だ」
「そうか」


青白くなった顔にほっと安堵の表情が浮かぶ


「お前が病人みたいな顔してどうする。…たく、お前は過保護すぎなんだよ」
「そりゃ、お前だからな」
「…」


その言葉には無言で返すと、手を握って家の方へと引き返す


「いいのか?行きたい理由でもあったんじゃないのか?」
「もう、いい。お前にバレたのなら学校になんて行く必要ねぇし。寝る。どうせそのつもりなんだろ?」
「無理矢理にでもな。しかし、よくお分かりで」
「お前の事だからな」
「じゃ、分かってるだろが、治るまでベッドに監禁な」
「…本ぐらい読ませろ。暇になる」
「駄目」
「ケチ」
「なんと言われようとも駄目なものは駄目。治すのが優先。四六時中、俺の監視の目が光ってると思え」
「…わかった」


お前が傍にいてくれるならいいんだ
ほら、人間、風邪をひいて弱ると気弱になるっていうだろ?
そんな風にいい訳をして
ただ、一人で家に彼の帰りを待っているのが嫌なだけなのに
傍にいて欲しいだけ


「治るまで傍にいるよ。当たり前だろ?」
「…あぁ」


それなら退屈しない
寂しくもない
本の世界へと没頭する必要なんてないんだ


「早く帰るぞ」
「ん」


ぎゅっと握り閉められた手
その手から伝わる、ひやりとした冷たさが心地よい
自分の熱が沢松へと伝わって
寒いのだけれど熱いこの体は、少し冷やされて心は暖かかった



秋風から自分を守るように歩く沢松に天国は微かに微笑んだ











fin











***あとがき。***
 モノカキさんに30のお題「冷たい手」より沢猿です。あぁ、拍手用に書いたのに長くなってしまいました。すみません(土下座)短いか長いかのどちらかだ・・・。あわわι
 しかし、当サイトの沢松さんは必要以上に過保護ですね。やっぱ愛ね!!(笑)彼が天国に対して怒る事なんて、こういう事ぐらいしかないような気がします。甘いから☆(笑)久しぶりに眼鏡の表現を書けて楽しかったなぁ。
 風邪には皆様、お気をつけくださいませ。





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